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第一四話 サマドゾ辺境伯

「面を上げーい!!」


 ゴマウン帝国の皇帝の間には皇帝ラボンク・ゴマウン一世と、マヨゾリ・サマドゾ辺境伯がいた。

 辺境伯は皇帝に呼び出されたのだ。年齢は辺境伯が三〇歳で日焼けした山男に見える。整った髪型に黒ひげを生やしていた。山賊のお頭と呼ばれてもおかしくない。


 一方で皇帝は二六歳で色白のひょろ長い青年であった。箸より重い物を持ったことがなさそうな感じで、乳母に日傘のお坊ちゃんのようである。

 じゃらじゃらとした服にマントを着ているが、どうにも迫力負けしていた。


「サマドゾ辺境伯よ。余がそなたを呼んだ理由はわかるな?」


 ラボンクはとても偉そうに口を開いた。


「はい。我が妻バガニルとその子供たちを帝都に呼べとのことですね。その件は無理だと申し上げましたが」

「ええい! なぜ無理なのだ! 余の命令が訊けないのか!!」


 まるで子供が癇癪を起しているみたいだ。皇帝の威厳が全くない。


「皇帝陛下の命令でも無理です。なぜなら皇帝陛下の兄弟は他所の領地に養子となるか、嫁ぐように法律で定められております。そして皇帝の就任式はもちろんのこと、葬儀にも参加できないのです。それは本人はもちろんのこと、その子供たちにも当てはまります。例外は三代目、孫からですね。これは先代ではなく、初代皇帝陛下が定めたものです。法を変えるには貴族たちの投票が必要になります」


 サマドゾ辺境伯が説明した。これは初代ゴマウン皇帝、ゴロスリが決めたことだ。

 当時、ゴマウン帝国は王国だった。東にあるゴスミテ領に王都があった。現在はゴロスリの弟の子孫であるゴスミテ侯爵が収めている。そこは百年前に魔王によって滅ぼされた。城は魔王の邪気によって魔石の塊と化したのだ。現在は魔石鉱山として帝国の資金源となっている。魔石は魔法道具の材料となり、暗い部屋に灯りをつけ、料理の時はすぐに火を点火し、食材は冷気がこもる箱に収められた。


 ちなみにゴスミテ侯爵はここにいる。出っ歯でヤギひげを生やした嫌味そうな男だ。トニターニ・ゴスミテといい、ラボンクと同年代で、皇帝陛下の腰ぎんちゃくと呼ばれている。


 現在、ゴマウン帝国の帝都はカホンワ王国があった。当時のゴマウン王はカホンワ王国を乗っ取り、自分の国に組み込んだのだ。そしてその子孫は男爵に身を落とされた。それが先週、謀反の疑いをかけられ、滅ぼされたカホンワ男爵であった。


 だがゴマウン王の娘、ゴロスリが父親と兄たちを弑逆しいぎゃくした。そして生き残った十歳のカホンワ王子と電撃結婚し、その長男が二代目皇帝となり、次男はカホンワ男爵となったのである。

 つまりラボンク皇帝はカホンワ王家の血を引いているのだ。


 ゴロスリは皇帝になった後、自分が薨去こうきょしても通常運転できるように、法の設備を強化した。

 特に継承権に力を入れていた。皇帝が即位したら、他の兄弟は養子になるか、嫁ぐか城を追い出される。そして一生帝都へ足を踏み入れることは許されない。法律を変えるには貴族たちの投票が大半を占めねばならないのだが、ラボンクは二回やって、二回とも失敗していた。


「ええい! 余は皇帝だぞ、偉いんだぞ!! 余が良いといっておるのだ。なぜ血を分けた姉上と会えないのだ、甥を養子にできないのだ!! お前は帝国に弓を引く気か!!」

「シェーッシェッシェッシェ。そうだじょ、皇帝陛下の言う通り!!」


 まるで駄々っ子であった。ゴスミテ侯爵も揉み手をしながら乗っかかって嫌味を言う。サマドゾ辺境伯はまったく慌てず、丁寧に説明する。


「私も妻と子供たちを陛下の前に立たせたいのです。ですが法律は破ってはなりません。それに我が息子を養子にするなどありえません。陛下はまだ若い。皇妃様との間で子供ができる可能性はあります」


「黙れ!! そもそも余を差し置いて後継ぎを作るとは何事だ! 皇妃であるバヤカロに申し訳ないと思わんのか!! だからこそ姉上はバヤカロの前で謝罪に来るべきなのだ!!」


「シェーッシェッシェッシェ! そうですじょ、そうですじょ! 皇帝陛下は偉大なのです!!」


 まったく支離滅裂であった。トニターニは虎の威を借りる狐である。彼自身は正室ユフルワの間に子供を成しているが、ラボンクはそれを無視していた。

 トニターニはサマドゾ辺境伯に向けて親指を立てた。しかし例え相手が皇帝でもこんな滅茶苦茶な命令を貴族が聞く必要はない。

 ラボンクは今まで沈黙を守っていたオサジン執政官が押さえつけ、謁見は終わった。


 ☆


「まったく陛下にも困ったものだな……」


 サマドゾ辺境伯はぼやいた。皇帝のせいで彼は自分の領地に帰ることができない。ここのところ毎日のように呼び出され、愚にもつかない罵声を浴びせられるのだ。

 もっとも領地の心配はしていない。愛しの妻であるバガニルが自分に代わって運営しているから。

 彼女は夫を立てて、目立たずに過ごしていた。騒動のタネは事前に摘み取るため、彼女の功績は称えられない。それでも領民はバガニルの優秀さを知っていた。早く帰って彼女をねぎらってやりたい。双子の子供たちにも会いたかった。


 あとは弟のサリョドだ。彼はオカマだが花級の冒険者でアルジサマという魔獣をパートナーにしている。

 アルジサマは人に変身することができ、サリョドの間に双子の男女をもうけていた。

 姉のナイメヌと弟のケダンも父親と同じ花級の冒険者だ。サマドゾ領は魔物が強い。タコイメ辺りはまだ弱いが、西にあるハボラテの森は花級でも簡単に命を落とす危険地域だ。

 サリョド一家が厄介な魔物たちを倒してくれるだろうし、領地に必要なものを買い付けてくれるだろう。


「だが帰るのはまだだ。近いうちに陛下は何かをやらかす。それはカホンワ男爵領でも証明されたからな」


 ダコイク・カホンワ男爵。丸くてふんわりとした白髭の老人だ。だが外見は好々爺に見えても中身は熾烈である。敵対する者には容赦なくその手に持った剣を血で濡らすなど厭わない。むしろスパイなどを見せしめに辱め、生きたままくし刺しにしてその躯を晒すなどしている。

 領民も暗愚の皇帝から自分たちを守ってくれる賢王として讃えていた。そのカホンワ男爵はロウスノ将軍によって滅ぼされてしまう。


 だがカホンワ男爵夫妻が一方的に蹂躙されたとは思わない。夫人は罠魔法の達人で、領地には無数の罠が仕掛けられていた。

 ロウスノ将軍の配下はカホンワ家に略奪を働こうとしたが、金目のものはすでになく、あるのは夫人の仕掛けた毒の矢に糞の付いた槍であった。

 さらには屋敷をまるごと爆破され、男爵夫妻の遺体は木っ端みじんになっている。

 ロウスノ将軍は惨めな死にざまを遂げたとして、帝都では笑いものになっていた。


 カホンワ男爵をただの無能な老人と決めつけたラボンクのミスである。

 

「しかし彼はどこに行ったのだ。我が義弟、ゲディスよ……」


 ゲディスは先代皇帝の次男で、ラボンクの弟だ。六歳でカホンワ男爵の養子となり、今日に至る。

 カホンワ男爵の英才教育を受けた彼が巻き添えになって死ぬわけがない。サマドゾ辺境伯は信じている。


「それにしても皇帝陛下は皇妃ばかり愛しているな……。側室をまったく作らないことも他の貴族に対して風当たりが強くなるのに……。やはりバガニルの予測通りとなっていくな」


 辺境伯は深い溜息を吐くのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとゲティスの出生が明らかに! というか人物名や地名の語源を 考えるだけで、変な笑いが出てきます。 ある意味突き抜けたネーミングセンスと思います。
[一言] 今回は帝都の情勢ですね。
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