第27話 キョヤス王子が 颯爽と登場した
「ひどいよ……、どうしてパパがこんなひどい目に遭うの?」
ブッラは泣いていた。目の前にはベッドの上でゲディスが寝息を立てている。かなり披露しており、ぐったりしていた。ここはゲディスたちが借りた船室だ。
双子の妹であるクーパルとともに、父親であるゲディスの看病を続けている。
クーパルは水が入った洗面器で、タオルを絞っている。彼女たちは寝込んだゲディスを一晩近く交代しながら看病をしていたのだ。
「泣くんじゃないわよブッラ。めそめそされるとこっちの気分のくさくさするわ」
「!? クーパルは悔しくないの!! パパをひどい目に遭わせたキラウンたちに何も感じないの!!」
ブッラが目を見開き泣きながら叫ぶ。そのクーパルは鬼のような表情になっていた。
「報復するに決まっているでしょう? お父様に屈辱を与えたあいつらには死ぬほど恐ろしい目に遭わせてやるわ。泣いてもあいつらを殺せないでしょう?」
クーパルの言葉にブッラははっとした。泣いても意味がない、キラウンたちを探し出し報復しなくてはならないのだ。
「お父様に対して卑猥な行為をしたキラウン……、必ず報いを与えてやりますわ。それはわたくしたち二人で成し遂げますわよ」
「うん!!」
そう言って双子は手を取り合い、誓いを立てた。
☆
船は二日後にキャコタ王国へ到着した。二人は簡易ゴーレムを着こんで人間に化けたゲディスと伴い、船を降りる。
ゲディスは意識を取り戻したが、どこかふらふらしていた。体力が低下しているのだろう。病人のように足取りが怪しい。
ブッラが右側、クーパルが左側についてゲディスを支えていた。周囲はこの奇妙な三人に対して好奇心のまなざしを向けている。
銀髪褐色で肉感的な美女が二人、それを小太りの冴えない男と付き添っているのだ。しかも二人は主人に仕えるメイドのような態度を取っている。
もっとも二人はそんな視線など無視していた。大事なのはゲディスであり、周りの評価などどうでもいいのだ。
二人が目にしたキャコタ王国は目を見張るものがあった。基本界では奇々怪々な常識離れした世界だったが、キャコタ王国は整頓された美しい国であった。
基本的に石造りの家が並んでいるが、三階建ての建物が目立つ。さらに街中には街路樹や街路灯が並んでおり、自然と文明が調和していた。
カラフルな異国の衣装を着たものが大勢歩いており、荷物を積んだ馬車が走っていた。
さらに馬のいない馬車が走っている。魔導自動車と言って、魔導エンジンで走っているのだ。
もっとも一般国民には使えず、王侯貴族が所有している。農地を治めているところは耕運機や大型魔導自動車などを使っており、他国と比べて物流が圧倒的に大きい。
ブッラとクーパルは初めて見るキャコタの町並みを見て、感動していた。基本界も大変すばらしいが、この国もなかなかである。
しかし感心してばかりはいられない。早くゲディスが休める場所を探さなくてはならないのだ。
ゲディスは小声で冒険者ギルドへ行くことを勧めていた。あそこなら医療施設もあり、ギルドが経営する宿屋もある。
さっそく冒険者ギルドへ向かおうとしたが、目の前に数人の男たちが取り囲んだ。どれも品のない顔をしており、胸当てを身に着け、剣や槍を手にしていた。どうやら冒険者らしいがなぜブッラたちを取り囲むのかよくわからない。
全員ブッラたちの身体を舐めまわすように眺めており、嫌悪感が湧く。立ち振る舞いは山賊のように野蛮で町の中より山の住人に見えた。
ブッラたちは彼等を避けて通り過ぎようとしたが、男たちは邪魔をする。ブッラが睨みつけても引くことなくへらへら笑っていた。
「邪魔です。どいてください」
「だめだね。お前たちは俺たちと一緒についてきてもらうぜ」
「なんであなたたちについていかなくてはならないのかしら? わたくしたちは用事がありますので」
クーパルが毅然とした態度をとるが男たちはゲラゲラ笑い始めた。
その様子を見てブッラ達は怪訝な顔になる。
「ひゃっはっは!! 隠してもダメだぜ! お前らが賞金首のブッラとクーパルだってのはばれてんだよ!! そこの男も人の皮を被ったゲディスだって知ってるんだぜ!!」
赤いモヒカン頭の男が叫んだ。それを聞いて周りの通行人たちが一斉にゲディスたちを見た。
その目は爛爛と赤く輝いており、欲に憑りつかれた魔物になっていた。
「お前らを殺せば金貨一万枚もらえるんだよ!! けどなぁそこのウッドエルフ共は別だ!! お前らは好事家に売れば山ほどの宝をもらえるんだぜ!! その前に俺たちが味見をするけどなぁ!!」
男たちはゲラゲラ笑っていた。周囲の人間も降って湧いた儲け話に武器を手にする者が出てきた。
「あの小太りの男を殺せば、お金になるのか……」
「あんな美女二人を侍らせているなんて許せねぇよ……」
「へっへっへ……、王侯貴族を殺せるなんて最高だぜ!!」
冒険者たちだけでなく、周囲の人間たちも言動がおかしくなっている。ゲディスはまだふらふらしており、頭がよく働かない。もっともブッラとクーパルならこの程度の人間たちなど目ではないはずだ。
「ふん、ブッラたちの邪魔をするなんて身の程知らずだね!!」
ブッラは収容呪文で剣を取り出す。さすがに街中で殺生沙汰を起こすつもりはない。ある程度脅しをするだけだ。
ブッラは剣を振ろうとした。しかし剣は取り上げられた。モヒカン男がいつの間にか手にしている。男は赤い手袋をはめていた。
ブッラは呆気にとられたが、次の瞬間、彼女の身体は屈強な男の腕に収まっていた。ブッラは何をされたのか理解できなかった。男の手にも赤い手袋が嵌めてある。
クーパルも茫然としていたが、杖を構える前に男たちが背後に回り、彼女を地面に押さえつけた。
豊かな乳房が地面に押されて苦しんでいる。二人とも自分が何をされたのか、わからずにいる。
「ひゃっはっは!! あいつからもらった魔道具はすげぇなぁ!! 手を伸ばしただけでほしいものを引っ張り出せるんだからなぁ!!」
モヒカン男は狂ったように喜んでいた。どうやら赤い手袋に秘密があるようだ。あいつとは誰か? 決まっているキラウンのことだ。どうやら目に見えるものを手袋をはめた手で掴めば、距離に関係なく手にできるようである。
「そっ、それって把握呪文じゃない!! なんであんたたちが使えるのよ!!」
クーパルが叫ぶ。だが男たちはゲラゲラ笑うだけで何も答えない。
「ひゃっはっは!! 俺たちは万能無敵な力を手に入れたんだ!! 俺たちは何でもできるんだぁ!! あーひゃっはっはっは!!」
モヒカン男の眼は淀んでいた。口から涎を飛ばしながら、子供のように手を振って喜んでいる。
クーパルは男たちの手を見た。すると赤い手袋に魔力が宿っているのが見える。それは通常の魔力と違い、紫色の邪気が霧のように包んでいた。
「あっ、あなたたち!! その手袋、魔道具だよ!! 安易に使うのは危険だよ!!」
ブッラも手袋の危険性に気づいたようだが、男たちは話を聞いていない。魔道具の力を自分のものだと思い込んでいるのだ。
ゲディスの周りには一般人が集まっており、ゲディスを地面に叩き付け、蹴り飛ばしていた。
簡易ゴーレムを身に着けているので、ダメージは少ないと思うが、あまりいい気分ではない。
一般人は正気を失っていた。ゲディスを殺せば金になる、自分たちは正義だ、だから偉いんだとわけのわからないことを叫んでいた。
さすがにブッラたちも様子がおかしいと思った。誰かが男たちの感情を操っているのではないか? ちょっと感情を爆発させれば人間はあっさりと悪へ転ぶ。キャコタ王国は豊かな国だが不満を抱く人間も多い。税金が高い、役人が不正を行う、家庭問題に頭を悩ませている……。そんな人間たちをちょっとした言動で誘導する。キラウン辺りがやっていそうだ。
「げへ、げへぇ、げへへへへぇぇえええ!!」
モヒカン男たちの手袋に異常が発生した。紫色の邪気が手袋に凝縮され、暴走し始めたのだ。手袋をはめた手は巨大な紫色の手に変化する。そして男たちの眼は血走り、顔中の血管が浮かび上がって、牙をむき始めた。
全身から魔力があふれ出している。このままでは魔力が暴走して爆発するだろう。
「もうだめ!! こいつらを殺さないと危険すぎる!!」
「その通りね!! ブッラ、やるわよ!!」
ブッラとクーパルは危険を察知した。以前キソレウが生み出した分身にてこずった彼女たちだが、今拘束しているのはタダの素人だ。振りほどくのは簡単である。
ゲディスは見知らぬ民衆に蹴り飛ばされていた。双子は頭に血が上る。ブッラは改めて剣を取り出し、彼等を切り捨てようとした。
「やめてくれ。国民の数を減らされては困るな」
そこに上空から声がした。きょとんとなる双子だが、彼女たちの前に一人の男が空から降ってきた。
その男は青色の軍服を着て立っていた。波のかかった黒髪に青白い肌、精悍な顔立ちであった。
どこか柳のように風が吹いてもゆらゆら揺れている印象がある。手にはレイピアを握っていた。
「あなたは誰ですか? 私はブッラで、あちらは双子の妹のクーパルです」
ブッラは突然の闖入者に自己紹介をする。男はブッラの眼を見て口を開いた。
「私の名はキョヤス。この国の王子だ。自国民の粗相は私が払おう」
キョヤスはレイピアを抜くと、男たちに斬りかかった。まるで突風のように間合いを詰める。
レイピアは男たちの手を切り落としていた。切り落とされた男たちはそのまま魔力が抜けて地面に倒れる。みると手はきちんとつながっていた。
ゲディスを囲んでリンチをしている連中にも斬りかかるが、レイピアは身体に触れていない。何かまとわりついていた空気を切り裂いた感じだ。
男たちは白目をむいて倒れていった。そしてキョヤスは倒れたゲディスを介抱する。
圧倒的なキョヤスの活躍にブッラは目を奪われた。
「あの人、ラバアの塔に祀られていたゲディスパパのお兄さんそっくり……」
「確かラボンクという名前でしたわね。ほんとそっくりだわ」
ブッラの言葉にクーパルも同意した。




