第百三話 トナコツ王国への帰還
「おおっ、お待ちしておりましたぞ」
一週間後、ガムチチたちはトナコツ王国のナサガキに帰ってきた。ゴロスリの空飛ぶ城で帰還したのだ。城を浮かせる魔力を充てんするのに一週間かかったのだ。
ちなみにガムチチとベータスの娘はギメチカが面倒を見ている。
ナサガキの入り口付近まで城を飛ばし、下す。そこに白亜の鎧を着た兵士たちが集まってくる。
その先頭に赤いマントを着た茶色のひげを生やした男がいた。彼はトナコツ王国の第三王子エゲンスで元帥を務めているのだ。
「なんだこりゃ。あんたは誰だい?」
「私はトナコツ王国元帥、エゲンスと申す。貴殿はガムチチ殿であろう。そしてこの城の主はゴロスリ様であることもわかっておる」
「さすがに、この国の王族には、私の事を、話してる」
ピンク色のスライムであるゴロスリが言った。エゲンスはゴロスリに向かって敬礼をする。他国の王族だが敬意を表している。
「はい、ゴロスリ様は我が父の友人でございます。それとガムチチ殿の容疑は晴れました。主犯のチソピラをはじめ、買収された兵士長たちも逮捕しております」
マッカから聞いたが、エゲンスの言葉ではっきりとした。平静を装っているが、語尾に怒りが含んでいる。自分の部下が馬鹿なことをしたので怒髪天を突く寸前の様だ。
「なんだとてめぇ!! 謝ればいいってもんじゃないぞ!! 俺たちがどれだけ傷ついたかあんたらは理解できないのかよ!!」
ベータスがエゲンスに噛みついた。さすがにしゃべらせるのはまずいと思ったのか、ゴロスリがスライムの身体で口を塞いだ。
「ベータスは、黙ってて……。今、キャコタ海軍の動きは、どう?」
「はい。現在はキョヤス王子のよって海軍は掌握されております。元々幹部の大半はキョヤス王子と繋がっており、ほとんど血を流さずに済んだそうです」
「なんやそれ。キョヤス王子が無理やり乗っ取ったとちゃうの?」
エゲンスの報告にマッカは疑問を口にした。彼女にとってキョヤスは虚栄心が強く、戦争を起こして英雄になりたいと願う愚者と思っていたのだ。
「そもそもキョヤス王子は海軍を掌握はしましたが、国王はゴキョイン陛下のままです。キョヤス王子は十年かけて士気を高め、横の繋がりを強めていたのです。十年前には有力者の子供を士官学校に入学させており、大半が人質にされているのです。それ以上にキョヤス王子に同調した者もおり、生半可な戦力では太刀打ちできないでしょう」
なぜエゲンスがそれを知っているのか。それはトナコツ王国のスパイが潜り込んでいたからだ。
キャコタ海軍は外国人を入隊させているが、幹部にはなれない。純血のキャコタ人しか偉くなれないのだ。
だが情報収集には十分だ。それにキャコタ海軍自身スパイの存在を黙認していた。ある程度事情を他国に知ってもらうためである。
「キョヤス王子ってのは考えなしの馬鹿じゃないんだな。ラボンクとは大違いだ」
ガムチチが言った。そこにエゲンスが口を挟む。
「実を言えば、キョヤス王子はゴマウン帝国皇帝ラボンク殿と顔がそっくりなのですよ。ですが人望とカリスマは段違いですね。周りの人間に恵まれているからでしょう」
「そんな奴が何でアブミラを殺そうとするんだ? ブカッタ教で一番偉い大巫女って話だが」
「キャコタにとってアブミラは王家に影響のあるお方です。彼女を始末しないと商人はおろか、王族と貴族が言うことを聞かないのですよ。ちなみにゴキョイン殿は軟禁状態になっています」
それを聞いてガムチチは不安になる。アブミラはどうでもいいが、そこにはゲディスとブッラにクーパルがいるのだ。早く助けに行きたいと思っている。
「現在はキャコタに係わる沿岸の国に連絡を入れています。トナコツはもとよりゴスミテ王国も臨戦態勢をとっています」
「キャコタの海軍は大魔獣を相手にしているから、対人戦は苦手だと聞いたが」
「それは昔の話です。キョヤス王子は海賊を相手に対人戦を鍛えています。ずぶの素人と思ったら痛い目を見ますね」
ゴロスリの目測が外れていた。あまりキャコタ海軍の情報を得ていないためであろう。だがゴロスリは慌てない。
「……全員が、クーデターを、受け入れているの?」
「心酔している兵士も多いですが、大半は家族を人質に取られていますね。逆らって家族に被害が及ぶよりも、おとなしく従う兵士がほとんどのようです。それにキョヤス王子は進んで軍艦を向かせておりません。あくまでこちらから手を出させて、やむなく応戦した形にしたいそうです」
「キャコタは島国、海の戦いなら、キャコタが上……。キョヤス王子は、戦いをよく、知っている……」
敵がタダの馬鹿なら簡単だが、キョヤス王子はなかなか賢い人間の様だ。
そこにマッカが訊ねた。
「というか父ちゃんたちはどうなっとるん? 父ちゃんたちは戦争を嫌っとるで。戦争が儲かるなんて幻想や。なんでも吸い込んでしまう渦潮みたいなもんや。キャコタの商人たちが賛成するとは思えへん」
「キョヤス王子は老舗ではなく、新規の商人たちを囲っております。現在はトナコツを始めとして海岸沿いの国で待機しておりますね。キャコタはモーカリー商会をはじめ老舗でガチガチに固められているので、新規の商会はこれを絶好の機会と見ているでしょう」
「なんやそれ。うちの中にあるキョヤス王子のイメージが崩れるわ」
マッカはぐったりとなった。キョヤス王子は思い付きでクーデターを起こしたわけではないのだ。用意万端に整えていたのである。
「どうするんだゴロスリさん。冒険者を集めても意味がないんじゃないか?」
ガムチチが訊ねるとゴロスリは首を横に振る。
「大丈夫……。冒険者は無国籍、私が用意するのは、私だけの船……。トナコツ王国にも、迷惑はかけない。やっぱり冒険者は、必要……」
ゴロスリは見た目は幼女のスライムだが、中身はゴマウン帝国初代皇帝として、長年荒波を乗り越えてきた。思い通りにいかないのが当たり前で、臨機応変に対応することが大事なのだ。
「そもそも、トナコツ海軍の仕事は、私たちを、追い回す事……。それで、トナコツとは無関係になる。そこを、叩く……」
「いや、冒険者が軍隊を相手にするなんて無茶じゃないか? そもそも軍艦はなんぼあるんだ?」
「五段櫂船を百隻持っています。五段櫂船は三本の櫂を五人で漕ぐ船です。最低でも四百人以上乗船していますね」
ガムチチの問いにエゲンスが答えた。実際の戦闘員は百人程度だが一万人近い兵力を持っていることになる。
「でも、大丈夫。例え四万人近い兵力でも、攻撃するのはごく一部のみ……。そもそも真っすぐに、ぶつかる必要はない。トナコツを始めに、各国で、囮になってもらう……。そして、この城も使う……」
ゴロスリが城を撫でる。確か向こうはこの城を知らないのではなかったのか?
「知らないからこそ、効果的……。攻撃範囲が広がれば、隙ができる。そして、キョヤス王子を、討つ……」
ゴロスリの目は真剣だ。キョヤスというカリスマがいなくなれば烏合の衆となる。
「私の船は、二匹……。東西と空飛ぶ城で、混乱させる。もちろん、うまくいくかは、不明……」
だがやるしかない。トナコツを始めとした国は、正面切ってキャコタと戦争はしたくないのだ。
やるとすれば無国籍の傭兵たちしかいないのである。
「ぷはぁ!! 戦争になれば人が死ぬんだぞ!! 俺たちは当然だが、キャコタの兵士だってひとりも死なせるわけにはいかないんだ!!」
ベータスは口にくっついたスライムを引き剥がす。そして烈火の如く怒った。
「じゃあ、代案を出せよ。それなら俺たちは納得するぜ」
「うるせぇ!! そんなものはねぇ!! だが戦争がダメなのは誰でもわかるだろ!!」
ガムチチの言葉にベータスは噛みついた。代案も出さずただ反対するだけ。ここまで話が通じないとは思わなかった。
「なら、ベータスは、参加しなくていい。これは私たちで、やる……」
「だから師匠に戦争をさせるわけにはいかないんだよ!! 師匠が指揮したらあんたが間接的に人を殺すことになるんじゃないか!!」
師匠の言葉も聞く耳持たずだ。もうベータスは狂っていた。
「やれやれ、俺が口を塞ぐしかないか」
ガムチチは頭を掻きながら、ベータスの右肩を掴んだ。そして強引に引っ張る。
「なっ、何するんだよ!!」
「お前の口を塞ぐんだよ。ちょいと寝室を借りたいんだが、どこかいいところがあるか?」
エゲンスがとある家を指差した。ガムチチは頭を下げると、ベータスをそこに引きずり込む。
その後、ベータスの叫び声が聞こえた。小一時間ほど経つと、ガムチチはイカ臭い香りを漂わせていた。
ベータスは目を見開き、口が開きっぱなしである。だらだらとよだれをたらしていた。
「ふぅ。まだまだ拙いな」
ガムチチはすっきりした表情になった。とてもさわやかな笑みを浮かべている。




