ジェス・フレイムロード・エタンセル
リディアに連れられてライアンとマイティは崖に着いた。ジメジメした雰囲気に地面からは黒っぽい岩があちこちに生えており、とても人がいるようには思えない場所だった。
「お父さんならいつもここにいることが多いわ。材料を採りにね。でも見当たらないわね…… きっと近くにいるはずだから探してくるわね」
リディアはそう言うと、駆け出して行ってしまった。それを見送った2人は突如足音が近付いてくるのを耳にしてその音がする方に目を向けると1人の男がいた。
白髪がかった赤髪に緑の瞳、そして、強い魔力……何者なのかすぐに分かった。
ライアンの口から思わずその名前が漏れた。
「ジェス・フレイムロード・エタンセル?」
「そうだが?」
そう。この男がライアン達が探していた人物だったのだ。
「お前らは?」
「お、俺はライアン・シルト。こっちはマイティ・アイスバーグ。俺達はあんたに会いに来たんだ」
「ああ、オレ達はプリズマ・カップで新たにチームを作ろうと思ってな。それであんたの力を借りたいんだ。頼めないか?」
マイティの言葉にジェスの顔は段々と険のある顔つきに変わっていく。ジェスは少し考え込んでいるようだが、答えは出たようだ。
突如ジェスは瞬時に魔法陣を展開すると魔法陣からブシューーと黒い煙が勢い良く吹き出され、ライアンとマイティを一瞬で包み込んだ。その隙にジェスは立ち去ってしまった。
「なっ!? ぐ、げほっ! ごほっ!」
「いきなり何しやがる!?」
2人は咳き込みながらジェスの後を追おうとするが、場所が悪かった。崖でしかも足場の悪い場所で相手の目を眩ませる魔法を使ったらどうなるか。
2人は右も左も分からずについ崖から足を踏み外してしまった。
「「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」
2人は仲良く崖から真っ逆さまに落ちていく。下は海だが、所々尖った岩が突き出している。このままでは間違いなく助からない。
「ええい! クソ!!」
ライアンは咄嗟に結界魔法の1つ「バリアボール」を発動させた。球体状の結界がライアンを中心に広がってライアンとマイティを包み込んでいく。球状の結界は数回バウンドして衝撃を和らげる。
「ふぅ…… 助かったぜ。お前の結界魔法……すげーな」
「へへ……だろ?」
2人は串刺しにならずに済んで取り敢えずホッと安堵の息を吐く。だが、助かったわけではない。今度は崖を登らないといけないからだ。この崖はかなり傾斜がキツく素手で登るのは無理だろう。しかも、2人とも飛行用の魔法は使えない。このままだとしばらく海の上を漂う羽目になる。もし、ライアンの魔力が切れたら、バリアボールの効き目が無くなり2人は海にボチャンだ。
「だが、あれじゃ登れないな……」
「おいおい、ライアン。このオレを誰だと思ってるんだ? 氷魔法の天才マイティ様だぜ。オレに出来ないことはないっての」
そう言うとマイティは両手を海に浸すと冷気を放出させる。すると、海から氷の階段を作り出した。階段は崖の所にまで届いている。これなら登れそうだ。
「お前の氷魔法もすごいな。人2人が乗っても大丈夫な強度の階段をあの一瞬で……」
「そりゃあね。オレは天才だから」
ライアンが素直に感心するとマイティが得意げに言った。
やっと2人が氷の階段を登り終えると、そこにはリディアがいた。リディアは2人を見ると安心した表情を浮かべ、駆け寄る。
「お父さんがごめんなさい! 大丈夫でしたか!?」
「ああ、大変な目にあったよ。……ジェスともう1度話がしたい。案内してくれるか?」
「ええ。多分家だと思うわ。付いてきて」
リディアの後を追って町に戻った2人は修理屋に入った。そこには既にジェスがいた。2人を見ると不機嫌そうな表情を浮かべる。
「なぁ。俺の話を聞いてくれよ!」
「話なんざ聞く気はない。さっさと町から出て行け!」
「ちょっとお父さん!」
ライアンは必死に話そうとするが、ジェスは聞く耳を持たない。リディアも思わず声を上げる。それにキレたのはマイティだ。
「おい! おっさん! オレ達は遠い所からはるばるここに来たんだぜ! あんたに会いにな!! オレ達は新しくチームを作ってプリズマ・カップに出る。そのためにはあんたの力がどうしても必要なんだよ!」
「………なら諦めろ。俺は魔導武闘を捨てたんだ。2度と戻る気はない」
ジェスの冷たい言葉にライアンの心は傷付いた。ライアンはキッとジェスを睨み付ける。
「………そうかよ。分かった。俺はあんたがそんなことを言うとは思いもしなかったよ。俺が憧れてプリズマ・カップの選手になろうと思ったジェス・フレイムロード・エタンセルは魔導武闘を愛し、それに生きている奴だったのに……」
ライアンはそう吐き捨てて扉を乱暴に開けて出て行った。マイティも冷たい目をジェスに向けて何も言わずに去って行った。残ったのはジェスとリディアだけだった。
ジェスから小さな溜息が漏れた。ジェスはふと壁に飾ってあるいくつかの写真を眺める。プリズマ・カップの選手としてデビューしたばかりの頃の写真、現役時代に信頼出来るチームメイト達と共に大会で活躍して優勝した時の写真、その後チームブレインとして次の世代の選手達を育ててきた頃の写真と飾ってあるのは様々だ。何十年も前なので写真自体は大分色褪せてしまっているが、思い出は全く褪せてなんかいない。まるで昨日のことのように思い出せる。
「ねえ、お父さん」
「……何だ?」
「私はあの人達に力を貸すべきだと思う。だってお父さんにとっても町の皆にとってもこれはチャンスだもん」
「………チャンス……だと?」
「そう。お父さんがあの人達に力を貸せばお父さんはまた魔導武闘の世界に戻れるし、町だって注目されるのよ。でも、そのチャンスを逃せばこの町もお父さんもこのまま……いや終わっちゃうかもしれない」
「だが、俺にそんな資格があると思うか……?」
リディアはジェスが魔導武闘を辞めた理由を未だに引きずっているのが分かっていた。
「誰にだってやり直しのチャンスはある。そのチャンスを掴むか放すかはお父さん次第よ」
ジェスは目を見開いた。そして、もう1度壁に飾ってある写真を見る。それを見ているうちに少しずつ心にかかっていた霧が晴れていくような気がした。
チャンス……か…………
「そうだな、リディア。お前の言う通りかもな。それにしても………」
「……何?」
「母さんと全く同じことを言うとはな…… 驚いたぞ」
「フフ…… だってお母さんの娘だもの。当たり前じゃない」
ジェスの顔には徐々に笑みが広がっていた。
「それなら……行くか。多分あいつらはあそこだろ」
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その頃、町の酒場でライアンとマイティは町の住人達に慰められていた。さっき取り囲んだ者達でエレナもいた。彼女は少し考え込んでいる様子だ。
すぐに帰ろうかとも思っていたのだが、魔導絨毯の運転手であるスパーキーが酒で酔い潰れていたので仕方なく今日1日はこの町に滞在することにしたのだ。スパーキーは大の酒好きなのだが、ずっと酒を飲めなかったので我慢出来ずに昼間から飲んでしまっていたようだ。ライアン達の気も知らないで幸せそうな顔でいびきをかいている。
「そう落ち込むなって兄ちゃん達。ジェスのおっちゃんもそのうち気が変わるさ」
「そうそう。そんなに気を落とさないの。ほら、これでも飲んで」
さっきの酒場の女性が2人にエール差し出した。
マイティはエールを受け取り一気に飲み干すと、ライアンに目を向けた。ライアンはまだ落ち込んでいた。かつての伝説の選手があんなことを言ったのがショックだったのだ。
その時、カランコロンという音が聞こえた。ライアン達が何事かと目を向けると、そこにはジェスがいた。
「……何の用だよ? 協力しないんじゃなっかったのか?」
マイティが不機嫌そうにそう言うと、ジェスは肩を竦める。
「折角気が変わってお前らに協力してやろうと思ったのに随分な言い草じゃないか。ええ?」
それを聞いてライアンは目を大きく見開いた。町の住人達は笑顔を浮かべた。
エレナはジェスの後ろにいたリディアに気付くと、彼女に近付いてこっそり耳打ちした。
「流石リディア。よく説得出来たわね」
「もちろん。私を誰だと思ってるの?」
リディアは得意そうに笑った。