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幼馴染


「どうす――」

「乗った! 伊誘波へ襲ってくる魔物は、おれが倒してみせる!」

「こっちが全部言う前に……分かってはいたけど、あんたほんと徹底して変態ね。普通だったら命かかってるんだし悩むわよ」

 提案者なのに、呆れる伊誘波。


 普通など常識など知るか。そこにパンツがあるのならば、おれはただ目標へ向かって突き進むだけだ。


「あっ、でもいいのか? パンツ覗かれたら、おまえ死ぬんじゃ?」


 屋上で闇に包まれていた伊誘波を思い出す。


「問題ないわ。魔物と違って、さっきの撮影の時でもあんたからはゾゾゾってしたものがなかった」

「ゾゾゾってなんだよ?」

「ゾゾゾはゾゾゾよ。他の表現が思いつかなかったのよ……ともかく、あんたというか魔物以外には見られても命を失うなんてことはない」


 どうやら、おれがパンチラを撮っても死にはしないらしい。言い方は怪しいが、本人がそう言うのだからそういうことなのだろう。


 大丈夫だと分かった時点で、魔物を全滅させることをおれは決意した。


 しかしなんの因果か。パンツを狙うもの(ハンター)パンツの守護者(ガーディアン)にジョブチェンジするとは。


 シャララララ


 くだらないことを考えていると、天井裏で数枚の木板が擦れる。


「この城に、誰かが入ってきたんだ」


 城には昔からある仕掛けがいくつも残されていて、木板は侵入者を知らせるための警報だった。


「嘘っ⁉ いま授業中でしょ。いったい誰が」

「もしかして……」


 魔物。

 話題のあいつらが、またおれたちを殺しにきたのかもしれない。

 考えれば、ふたりっきりなんていうのは襲撃にはまたとないチャンスだ。おれが魔物だったら、必ず狙ってくる。


 だとしたら、油断してほとんどなにも持ち合わせてない状況はかなりマズい。

 はっきり言って。最悪の環境だった。


「き、昨日の今日で来るなんて嘘でしょ。早過ぎるわよ。も、も、もう来ないでよ」


 さっきまでの余裕なんてどこかへ消え去って。ガチガチと歯を合わせる伊誘波。


 昨日の魔物の暴れぶりを前にして、その反応は当然だった。


 恐怖する彼女を背の後ろに置いて、おれは前に出る。


「さて、どうやらおでましのようだ」

「あ、あんたアホなの? いくらニンジンぶら下げられたからって、あんな連中にこんな場所でいきなり襲われたら勝ち目なんてあるはずないじゃない」


 伊誘波の言う通りだった。


 本音を言うと、おれもかなりビビっている。カッコつけるのをやめたら、ションベンが洩れちまいそうだった。


 おれは震える手でベルトを着脱して、彼女へ渡すことにする。


「いざという時には、それ使って逃げろ。地面までの長さは足りないが、かなり下の階までには到達できるはずだ」

「まさか囮になるって言うの⁉」


 精いっぱいの虚勢を示すと、おれは魔物のほうへ集中する。


 唯一、このフロアに昇ってこられる階段の出入口へ、おれは目を向ける。


 ……来るなら来い。


 なにも準備してこなかったが、おまえら魔物へ対抗する方法は、こんな無力のおれでも()()()だけ持っている。


 おれは、その()()()を両手で握りしめる。


 無音に近い足音が、階段を駆け上がってくる。

 かなり速い。

 先手必勝とおれは奇襲をかけようとするが、耳では捉えきれず、おれが対抗方法を実行する前に、影は階段から飛びかかってきた。


 むにゅっ

 

 耳元で聞こえるゼリーが変形したような音。

 

 おれの視界を、()()が塞いでいた。

 

 頭の上では、大きな泣き声がする。


「ほだぁああああ~元気だったかぁあああああ~⁉」

「南元さん?」

「ほだ~ほだ~!」


 この城に来たのは、魔物ではなく、風紀委員長の依緒だった。


 幼馴染でもある彼女は、胸元にあるおれの頭をぎゅーっと抱きしめる。そういえば依緒も、伊誘波と一緒で学校に来ていなかった。


「よかった~! 生きている~! てっきり、お姉ちゃんは絆が死んじゃったんじゃないかと心配しちゃって~!」

「いきなり物騒なこと言うなよ」

「でもよかった~! 本当によかった~!」


 号泣して、おれの安否を喜ぶ依緒。


 彼女は、昔からこうだった。おれを人一倍叱るくせに、おれを人一倍心配する。


 まるで母親のようだ。いやおれには実の母がいるから、姉のほうが近いのかもしれない。本人もそう言っていることだし、そうしよう。


「お姉ちゃんはな、いつもみたいに絆を迎えに家まで行ったんだ」

「うん」


 依緒は、おれをどれだけ心配したか語る。


「そうしたら誰もいなくて」

「うん」

「だから絆の部屋に入ることにしたんだ」

「ん?」

「箪笥やベッドの下まで漁ったんだが、パンチラ写真しかなくて絆本人はいなかった」

「ちょっと待って? なんでおれの部屋に、おまえが入れるの?」

「絆の両親に、海外出張中は息子を頼みますと言われて鍵をもらったからだ。いつも夕飯も作ってやってるだろ」


 そういえばそうだった。

 いやそれでも、部屋の鍵まで渡すなんておれのプライバシーをなんだと思っているんだ、あの人らは。


「それで絆を探しに街中を回っていたらこの時間になってしまって、とりあえず学校へ電話したら無事におまえが登校していることが分かったから、お姉ちゃんもここに来た」

「そういうことか。ごめん。実はちょっと調べたいことがあって、早起きした」

「人との約束を破りそうになった時は、ちゃんと事前に連絡を入れるんだぞ」

「はい」


 最後に、怒られるおれ。


 いつもこんな感じだ。今日はかなり心配したのか、まだおれを抱きしめたままだが。


 ポヨンポヨン


 ほんとデカいな。依緒の胸は。


 胸より尻派のおれだが、ここまで大きくて柔らかいとさすがにクるものがある。なんというか癒される。この丸さに触れているだけで、心身ともに安らいでいく。


 脇で一連の行動を見ていた伊誘波は、スカッスカッ、と胸の前で手を上下させる。


「うぅ……なにが完璧な美少女よ」

「胸が貧相でも、おまえのケツは綺麗で大きい。おれにとっては、パーフェクトだ」

「死んじゃえ!」


 もはや口癖のように死を突きつける彼女。確かにこのままでは、巨乳で圧死するかもしれない状況だ。やめろ。おれは死ぬのならば、せめて尻に潰されて死にたい。


「伊誘波さん」

「は、はい」


 依緒に呼ばれた伊誘波は、すくっときをつけする。

 そんな彼女へ、依緒は頭を下げる。


「感謝する。絆にお昼をご馳走していただいて」

「……」

「このお礼は、明日にでも私からさせてもらおう。なにが望みだ?」

「……ふん。猫被っちゃって」


 にべもなく断ると、なぜか伊誘波はおれを睨みつけてくる。


 おれは不思議な顔をしたたま、首を横へ捻る。


「依緒はいつもこんなだけど?」

「うるさいわね! いつまでもそうしてないで、授業なんだから教室に行くわよ! 勉強こそが、学生の本分なんだから!」


 城から帰るよう促す伊誘波。


 確かに依緒がここに来た時点で、もう魔物の話をするのは難しかった。


 なので、抱擁を解いておれは教室へ戻ることにする。急げば、最後の授業にはまだ間に合う時間帯だ

った。


「絆。勉強は順調か?」

「まあまあかな」

「絆。昨日の夕飯は美味しかったか?」

「おいしかったよ」

「絆。夏休みの予定はちゃんと立てたか? 宿題は計画的にやらないと駄目だぞ」

「分かってる分かってる」

「……」


 包丁の先のような視線が、伊誘波からおれに刺さる。


 天守層を離れる時から無言の彼女は、依緒と会話するおれをひたすら睨み続けていた。


 彼女がなぜそんなことをするのか尋ねたかったが、話しかけると怒られそうなので、依緒と話すことに集中する。


「なあ依緒」

「なんだ?」

「……死んじゃえ。巨乳鼻の下伸ばし野郎」

「伸ばしてないけど⁉」


 言葉のキャッチボールをするたびに、横からの視線は深くまで刺さっていく気がした。

 おれはどうすればいいのか、と悩んでいると前方に教師のゴリがいるのを発見する。


「うわー見つかっちまった。急いでいるのて許してくださいゴリ先生」

「ひどい演技」

「大根でも、もっとマシな演技ができる」

「きみたち、おれを罵倒する時は息ピッタリだね」


 ひとりでもすごい切れ味なのに、ふたりだと倍増というか累乗すらしている気がする。さっきまで仲悪そうだったのに、途端にこれだよ。集団って怖い。


 まあおれは役者じゃないので、本当にひどい演技だが、ゴリ相手はこれでもよかった。


 他の教師だったらここまでの無断遅刻は説教のひとつやふたつでもされて、最悪、反省室に呼び出されて説教だが、ゴリは違う。

 

 それは、ゴリが特別に優しいというわけでは決してないのだが。

 

 ともかく安心しきっているおれは、ゴリの横を素通りしようとうする。


 おれが離れていく前に、ゴリの手が伸びてきて、おれの服の襟を掴んできた。


「えっ?」

「下帯。これはどういうことだ? 今は授業中だぞ。なのになぜおまえは、女子生徒たちと一緒にこんなところにいる?」

「そ、そうですけど」


 混乱したおれは、ただ頷くことしかできなかった。

 するとなんとゴリは、おれを持ち上げて、地面へぶん投げた。


「答えになってない!」

「かはっ」

「下帯! 大丈夫⁉」


 力任せに、思いっきり叩きつけられた。背中が痛み、土で汚れる。


「なにをなさっているのですか⁉ 五里教諭!」


 ゴリへ詰め寄る依緒。

 風紀委員長に威圧されても、ゴリはヘラヘラとしていた。


「なにをって……罰だよ罰。生徒がいけないことしたんだから、教師はお仕置きしてあげないとな」

「話も聞かずに体罰とは。いくら教師でも許されない暴行ですよ」

「はあ。こんな程度で体罰なんてね。だから近頃の子供は嫌いなんだよ。自分たちの時代は、もっと厳しかったな。まあ女ふたりと乳繰り合う軟派ものなんかには、とうてい理解できない価値観だろうがね」

「……乳繰り合ってたわね」

「してえねよ! あとおまえは、どっちの味方だよ!」


 言葉の一部にだけ同意する伊誘波。


 ゴリは満足したのか、それ以上は特になにもすることなく去っていった。


 おれはついた土を落としながら、立ち上がる。


「平気か?」

「わりと」

「でも、ああいう人だっけゴリって? 確か、わたしたちが一年生の頃は怖い時期もあったらしいけど、二年生で担任になった時はあんなにひどい先生じゃなかったのに」

「その頃の五里教諭とも面識はあったが、今ではすっかり落ち着いたものだ」


 なんかあって頭にキテたのかな。ゴリの野郎。


 ホームルームまでには落ち着いていることを願っていると、聞き慣れたチャイムが学校全体に響く。


 スマホで時計を確認すると、もう今日最後の授業が終了した時間だった。


「サボタージュしちまった」

「まあ、三年間の内にはこういう日もある」

「風紀委員長さんは取り締まる側なのに悪びれなさ過ぎよ。あと胸張らないで」

「ということは放課後か」


 おれは校舎を目指す道ではなく、別の道へ進む。


 ひとりだけ分かれる形になると、伊誘波が声をかけてくる。


「あんた帰宅部でしょ? 一緒に帰りましょ」

「お誘いは嬉しいが……悪い。今日はやることがある」

「はあ⁉」


 恫喝が入り混じった驚き方をする伊誘波。

 彼女は、依緒をチラッと見てからこちらへ怖い顔を向けてくる。


「どういうことよ⁉ わたしを守ってくれるんじゃないの⁉」


 魔物のことだろう。部外者である依緒にバレないため、ボカしながら話しているのだ。


 おれは彼女に合わせながら、会話に応じる。


「ああ守るよ。嘘じゃないし二言もない」

「だったらずっと一緒にいなさいよ。いつ、あいつらが現れるかなんて分からないじゃない」

「そりゃできるかぎりは、そうするよ。だけど、おれにだって離れなければならない事情ができる時だってあるかもしれない。個人的なことは置いておいても、病気やあいつらと戦って入院するほどの怪我をするとか」

「それはそうかもしれないけど……」

「というか昼間は警戒しちゃったけどさ。よくよく考えたら、あんな怪しいのが学校に出たらすぐに騒ぎになるって」


 昨日は出現地がひとけのない旧校舎だったから他の生徒や教師には見つからなかった。

 だけど、あの影以外の魔物はみんな学園の外に飛んでいったのは視認できたため、わざわざやつらがこの衆人環視の中で伊誘波を狙うにしても、来訪するのならば外からだった。


「大丈夫。帰りはちゃんとついていくって。少しだけ待ってくれればいいから……そうだ。どうしても心配なら、依緒と一緒にいるのはどうだ? おれより数倍強いぞ」

「巻きこまれたわけでもない他人が、命がけの出来事に協力なんてしてくれるわけないじゃない!」

「話がよく掴めないが、生徒の身に危険が起きたのならば、私は守るぞ」

「なにも知らない人は黙っててよ!」


 パシィッ、と肩に置かれそうになった依緒の手をはたき落す伊誘波。


 キツくした眼差しを周囲へ向ける彼女の様子は、天守層で態度を一変させた時と同じだった。


「伊誘波。おまえもしかして――」


 薄々感じていたことを言い放つ前に、ぞろぞろと生徒たちが校舎から出てくるのが目に入った。


 おれは言葉を切って、伊誘波たちから急いで離れる。


「ちょっと」

「悪い。絶対に迎えにいくから、教室にでもいてくれ」

「ねえ待って。待ってよ」


 追ってこようとする伊誘波だが、おれの背に届かないことが分かると諦めたように途中で止まる。


「置いていかないでよ――わたしには、あんたしかいないんだから」


 彼女の小さな呟きは、もう遠くまできていたおれの耳には届かなかった。


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