親友
「もういいかげんにして!」
翌日の放課後、おれのクラスは騒然の事態となった。
ホームルームが終わった途端、代理の担任含めて教室に人が揃っている時に、伊誘波が大声で叫んだのだ。
しーん、と教室が静まり返る中で、彼女を含めておれと依緒の三人の声だけが響く。
「い、いきなりなに言ってんだ?」
「あんたたちのことよ! いつまでも人のことジロジロと見て! もううんざりよ!」
「しかし、それは仕方のないことで」
「仕方ない? 成果も上げられないのに、そうやってグチグチ言い訳までして。風紀委員長、あんたプロなんでしょ? なのに、なんなのこの体たらく! 待って待って待って……結局、なにも来ないじゃない!」
ざわざわ、と遠巻きにおれたちを見つめるクラスメートたち。
代理の担任である生物教師も、あまりの急激な変化についていけず、じっと見守ることしかできなかった。
依緒が、宥めようとする。
「だが、敵はかなり高度な憑依をしていて」
「憑依? 対魔? なによそれ? わたしを詐欺にでも引っかけようとしているの? 分かった。そういうカルトでしょ」
「散々、目の前で起こっただろうが」
「トリックよ。プロジェクターでも使えば、可能なはずだわ……そうよ、あんたたち、わたしを騙そうとしてるんだわ。わたしの家がお金持ちだから、親からお金を引きずり出そうとしているのよ。あー馬鹿みたい。今までは茶番に付き合ってあげたけど、もうこれっきり。あんたたちふたりとも死んじゃえ!」
「死ね……だと?」
パアン
話を聞き終えた依緒は、伊誘波の頬にビンタした。
伊誘波は。色が変わった頬を抑える。
「なによ⁉」
「前から思ってはいたが、もう我慢ならないので言わせてもらうぞ。死ねなんて言葉を、そんな気安く生きている人間へ使うな!」
「い、依緒」
本気で怒っている依緒。
こんな幼馴染を見るのは、本当に久しぶりだった。
そんな彼女の必死な言葉も、伊誘波は唾を吐くように嘲笑する。
「詐欺師が一人前に説教? 笑わせないでよ。あーもうこれで機嫌も損ねられたし終わりね。わたしはさっさと帰らせてもらうわ」
「せめて、これを持っていけ」
「お札? 馬鹿じゃないの今どきこんなの信じて。いらないわよ」
「ではせめて……」
「あーいらないいらない。どうせ壺の売りつけかなんかでしょ? センスのないただの土を固めて焼いたものを、数百万円で売るなんてやめてよね」
渡されかけた札を払って、伊誘波は教室から去っていく。
「下帯、来たぜ……おっ、伊誘波じゃん。どうしたんだそんな怒って?」
「うるさい! 変態仲間が邪魔するな!」
「あふんっ」
現れた前多を突き飛ばして、本当に伊誘波はおれたちの前から姿を消していった。
なにあれ? どうなってるの?
教室内全てが、困惑に包まれる。
「どういうことだ?」
「おそらく襲われる恐怖によってストレスが溜まって、耐えきれずにパニックを起こしたのだろう。よくあることだ」
「おれは、どうすればいい?」
「とりあえず落ち着くのを待つしかない。どんな言葉をかけようが、今の彼女では私たちの言葉は届かないだろう」
「分かった……」
一緒にいてもできることはなにもないため、おれと依緒は、今日のところは解散することにした。
ひとりで帰りの準備をしていると、
「ねえ? 伊誘波さん、いったいどうしたの?」
仁が話しかけてきてくれた。
おれはリュックを背負いながら、嫌そうに応じる。
「どうもこうもねえよ。急に癇癪起こしやがってあの女。美人だからって調子に乗りやがって」
「なんか最近、仲良さげだったのに残念だったね」
「正直、あんな女だと思わなかったよ」
「まあそういうこともあるよ。女性の心境って一言じゃ表せられないほど複雑なものだし」
「そうか……」
おれは感慨深げに頷くと、仁に言った。
「なあ仁。この後、少し付き合ってくれないか?」
「えっ、ぼく急いでいるんだけど」
「頼む。一生のお願いだ」
「わわわ。土下座なんてしないでよ。目立つよ……分かった。そこまで言うのなら」
「ありがとう。ついでに前多もいつまでも延びてないで来やがれ」
「少しは心配しろよ!」
「女性猟師。真夏の山中」
「はーい。あたり前多のクラッカー。今すぐ行きます」
パン、パン、とパーティークラッカーを元気に廊下で鳴らす前多。
通りすがりの教師に怒られてから、おれたちは三人で校舎の上の階まで移動する。
目的のフロアに着くと、空き教室に入った。
「ここって?」
「そう。おれが所属する第二写真部の部室」
部員数ひとりの弱小部のため、学校側の都合に合わせて使ってない教室を部室として割り振られている。
「ここなら、邪魔も入る心配なく話せる」
「……」
鍵とカーテンの両方を内側から閉め、おれたち三人は立ちながら会話する。
この前までひとつのクラスの教室として使われていたため、内部は普段のおれたちのクラスと変わらなかった。
「それで、ぼくに用事ってなに? 急いでいるから、できるだけ手短にお願い」
「分かってるさ」
「あたり前多の」
「今から話すんだから、うるさいのやめろ」
「はい……」
前多の動きを事前に制して、おれは仁と目を合わせる。
「実は、伊誘波と仲直りしたくて」
「仲直り? さっきあんな喧嘩して?」
「うん。仁に言われて思い返して。依緒は時間が解決してくれるとは言ったけど、やっぱりできるだけ早くあいつとは仲良くしたいなって」
「ふーん」
どうやら仁は、あまり乗り気じゃないようだ。
「そこをなんとか。繊細な女心を分かる人物なんて、おれの友達では仁しかいなくて」
「オレは?」
「仁しかいなくて!」
「うーん。あんまりあの娘とは仲良くしないと思うけど、そこまでしたいならね」
「ありがとう仁。やっぱりおまえは親友だ!」
「オレは?」
「仁だけが親友だ!」
「あ、ありがとう。気持ちは嬉しいけど、あんまり近づかないでもらえると嬉しいかな」
おれが距離を縮めると、まるで怯えているように仁はその分だけ遠ざかった。
頼みを引き受けてくれた彼は、方法を考えてくれる。
「といっても、すぐに仲直りする方法ねえ」
「実は、もう作戦は考えてあるんだ。ただ、仁にはその協力がしてほしくて……それでそのために、今からする質問に答えてほしいんだ」
「い、いいけど」
困惑しながらも承諾する仁へ、早速おれは尋ねた。
「おまえのバストって、なんカップだっけ?」
「は?」
石のように固まる仁。
おれが接近すると、慌てて後退する。
「いいだろ仁? 教えてくれよ」
「なななんで、そんなんこと教えなくちゃいけないの? そもそもぼく男だよ」
「おれに恩があるんだろ? その借りを返してくれるってことでいいからさ」
「……分かった。答えるよ」
「ん?」
疑問符を浮かべる前多。彼の前で、仁は言った。
「ぼくは、Cカップだよ。どう? これで満足?」
「ああ」
足を止めるおれ。仁は安堵しながら、自分も停止した。
「ふう。ならよかった」
「ほんとおまえは、仁のことを完璧に把握しているよ」
「……ちょっと待って。なにその言い方? まるでぼくが、ぼくとは別人みたいじゃないか? 質問なら、なんでも答えるよ。なんか疑わしいなら、さっきみたいに尋ねてほしいよ」
「悪いな。さっきの質疑応答、別に意味ないんだわ」
「あぁっ?」
顔に似合わない怖い声を出す仁。
おれは、前多にゴーサインを示した。
「もう既に、おまえたちの正体は判明している。今までのやりとりは、おまえを最適の位置に置くためだ」
「イッツ、ショータイム!」
前多はクラッカーを破裂させる。
大音に反響するように、教室内からシャッター音が鳴り渡る。大量の光に包まれる仁の身体から、青肌の美女が飛び出してきた。