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新しくなった日常


 おれは学校から自宅まで戻る。

 玄関で鍵を使おうとするが、もう扉は開いていた。現在は両親がいないため、おれが戸締りをしている。

 

 特に戸惑うことなく、家の中に入ると、靴置き場に見慣れないローファーと一本歯下駄が揃えられて置かれていた。

 

 ドタドタ、と奥から足音が近づいてくる。


「おかえり絆! 遅いから、お姉ちゃん待っていたぞ!」

「ただい、うおっと」


 依緒は突然現れたかと思いきや、ぎゅうう、とおれを抱きしめてくる。


「あんまりにも遅いから、本当お姉ちゃん心配してな」

「い、依緒。ちょっと強すぎる」 

「魔物に襲われたんじゃないかと気が気じゃなくて」

「ギブ……ギ……」

「あっ、すまない」


 ようやく力加減に気づいて、放してくれる依緒。

 はあ、オッパイで窒息死するところだった。前多に話したら、怯えられるのか羨ましがられるのやらどちらの反応だろうか。


 失った酸素を深呼吸で補って蘇生すると、リビングからハート柄のエプロンをかけた伊誘波が顔を出した。


「おかえり下帯。もうすぐご飯できるから、手洗ってきなさい」


 実は伊誘波と依緒は、ここ三日間ほどウチに泊まっていた。憑依のせいで学外でも気を抜けないため、常におれたちと一緒にいなければならなかった。


「どうしたんだ? そのエプロン」


 伊誘波は、エプロンの脇から指を入れて胸元の大きなハートを強調する。


「やっと見つけたんだけど、これしかなくて。ひょっとして、あんたのもの?」

「おれにその手の趣味はないって。多分、新婚の時に母さんが着ていたやつ」


 全体的にファンシーなその前掛けは、伊誘波にとても似合っていた。お堅いはずの制服の上にかけているのも、またいい。


 思ったことを伝えると、


「そっ」


 素っ気ない反応。だけどキッチンに戻る足は、どことなくウキウキしているように見えた。


 リュックサックを部屋に置いてから、うがいと手洗いを済ませて、リビングへ戻る。

 おれがテーブルにつく頃には、食器が準備され、皿に乗せられた料理が並べられていると完全に仕度が終わっていた。


「タコのカルパッチョにそうめんチャンプルーにトマトと卵のスープか。これまた豪勢なこと」

「チャンプルーは賞味期限切れ近づいていたの全部ぶちこんで、トマトとタコは近所のスーパーで安かったの買ってきただけだから、今回はそんなお金かかってないわよ」

「早く食したい。いただきます」


 食欲を抑えきれない依緒。おれと伊誘波は彼女に合わせて、手を合わせてから料理に手を付けた。


「うん。美味しい」

「チャンプルーいいな。野菜の味を吸ったそうめんがパリパリしてる」

「コリコリとしたタコが、さっぱりとしたオリーブオイルのソースに合うな。ソースも薄味というわけでなく、絶妙にコクがある」

「アンチョビ入れてみたの。冷蔵庫の奥に放置されてわよ」

「思い出した。前に依緒と一緒に買い出しにいって、これ美味しそうだから買ってみようぜってなったけど、実際に食べてみたら微妙で置いておいたんだ」 

「あれが、こんなに美味い料理に仕上がるとはな……」

「あんたたち、というか風紀委員長って料理の手伝いさせてる時も思ったけど結構いいかげんよね」

「学業と絆の世話以外は、ずっと対魔巫女の修業に明け暮れていてな。あと学則にマズい料理は作るなとは書いてなかったので」

「ズボラだけどまずいってほどじゃ……ってかこのスープうまいな。ごまの風味がほのかにする」

「ラー油をちょっとね。ふたりとも疲れてるだろうから、夏だけど少し辛くして食欲増進」

「美味い。実に美味いな伊誘波さんの料理は」


 ガツガツ、とこれまたよく炊けている白米をおかわりして料理を食べ進める依緒。この姉は、女なの

に昔からおれより多くの量を食べる人だった。


 おれもまた、いつもよりおいしい夕飯を気分よく食べ進める。


「ごちそうさま」


 みんなして食べ終えたところで、伊誘波はぬるめのほうじ茶を出してくれた。自宅にあったはずのものなのに、味わったことのない優しい渋味と甘味で落ち着く。


「満足だ。これからも伊誘波さんに毎日来てもらいたい」

「昨日も一昨日も言ってたわね。それ。でも、この家にずっといるのはちょっと……」


 伊誘波は、目が泳いで見えるくらい部屋のあちこちに視線を向ける。


 最初は、下着置きだ。父さんのもので、常に百種類以上の下着を眺められるようにしてある。


 次は、セクシー写真集やブルーレイディスクの棚だ。母が仕事していた頃のものや、仕事で送られてきたものが多数ある。


 最後に、


「他はまだ分かるけど、なにあの写真?」


 幼いおれと依緒が、パンツを顔に被ってブラジャーを身に纏った半裸のタイツ男に追われていた。


 おれと依緒は顔を合わせて一緒に口を開く。


「下着仮面」

「なにそれ?」

「普通のオニごっこだよ」

「ただ、絆の父上があの格好をしているだけだ。捕まったら交代で、絆が同様にパンツを被り、私は頭にブラを巻く」

「あんたのパパだったの⁉ あのどう見ても子供に犯罪をしようとしてる変質者が⁉」

「仕事でも、だいたいあんな格好だぞ」

「逆に素顔を私は拝ませてもらったことはないな。パンツも常に二枚を装着だった」

「なんかすごいわね。この子にして、あの親ありというか。というか仕事であの恰好は……」

「ちゃんと仕事もしてるよ。よし依緒、再現するから手伝ってくれ。おまえも見た、外国人との取引現場だ」

「あれか……あれを私がやるのか……」


 若干、引く依緒。おれは強引にいく。


「父さんの汚名返上に付き合ってくれ。このままじゃ、ただの変態扱いだ」

「そうだな。絆の父上にはよく遊びに付き合ってもらったし、手伝おう」


 おれと依緒は立ち上がって、お互いに体の正面を突き合わせる。


「私がペルシャ人で、絆が自分の父上の役をやれ。そのほうが、再現性が高いだろ」

「風紀委員長がペルシャ人ってだけで些細なことはもう気にしないけど……でも変質者のイメージが覆るほど真面目な仕事ってどんなのなの?」


 期待して見学してくれる伊誘波に答えて、おれたちは当時の再現を開始する。


 おれは、挨拶するように手を挙げながら元気よく声を出す。


「ブリーフ!」


 合わせて挨拶を返してくれる依緒。


「キャミソール!」


 伊誘波の目が死んだ魚のようになる。彼女の前で、おれたちは言葉を並べ立てる。


「ビキニ。オフショルダー。ソフト」

「ビキニ~?」

「ニッパー! ペチコート!」

「ショーツ! スリングショット! ガーター!」

「ガーター……ガーターベルト?」

「ガーターベルト!」

「ガーターベルト! Tバック!」


 どちらからともなく腕を伸ばし、ガシッ、とおれたちは力強く握手する。

 これにて商談が無事成立。


 やりきった満足感とともにおれと依緒が振り返ると、伊誘波は眉間にしわを寄せて頭を抱えていた。


「頭痛い」

「平気か? もしかして魔物が憑依を!」

「そんなことないから安心して。でも、ある意味では魔物より恐ろしいかな……下着業界ってヤバいところなのね……」


 見ていただけなのに、数分前よりはっきりと憔悴している伊誘波だった。


 ジャボボボ


 セットしていたタイマー通り、お風呂にお湯が入っていく音が聞こえる。


「まあ風呂で疲れを流してきたらどうだ?」

「そうね。そうするわ」


 おれは伊誘波を風呂場へ連れていこうとする。

 リビングから出る前に、おれの眼前を竹刀が横切る。


「どういうこと?」

「伊誘波さんは通す。絆は通さない。風呂覗きを敢行しようとしていただろ?」

「そ、そんなことないよ」

「あんたねえ」

「バレバレだ。風呂場で襲われないようにお姉ちゃんも一緒に入ってくるけど、絆はここにいろ」


 ふたりとも一緒ならむしろチャンスだ。


 これまでは風紀委員会での仕事が忙しくて、おれが帰ってくる前に湯浴みを終えていたふたりだが、今日ならどっちもいけるってことか。


 この場は一旦引いて、おれはふたりが風呂場に行った隙をつこうとする。


「影そわか陽浴びし体から魂延びる、急急如律令――南元流対魔真剣・影縫い」


 おれの足元に、依緒は札付きの串を刺した。


「あ、あれ? 体が動かない」

「しばらくそこでじっとしていろ。伊誘波さん、私が術を解くまでは身の危険はないからリラックスして羽を休めるといい」

「じゃあね。覗き魔」


 おれの前から去っていく女ふたり。

 指一本も動かせないという絶望の状況下で、おれは意地で耳だけは澄ますことにした。すると、風呂場の音が聞こえてきた。


 服が脱げ、ブラジャーのホッグとさらしが外される。


 シャァアアアア、と大量の細かい水が落ちていく。


 シャワーに混じって、伊誘波と依緒ふたりだけの会話が耳に入ってきた。


「ほんとあいつ、馬鹿でドスケベなんだから」

「あれはもう病気だ。昔から、一切変わっていない」

「病気なら、医者に診せれば治せるからまだ楽だったかもね」


 シャンプーのノズルが押され、洗剤と湯が混じって泡が作り出される。


「何度見ても綺麗だな。伊誘波さんの髪は」

「ありがと。クウォーターでね、アイルランド人の祖母と同じ髪色なの。ママはおばあちゃんと一緒にいるみたいで安心するって」

「異国の血が混じっているのか。そうか素敵だな」

「そう言う風紀委員長もとってもかわいいわよ。髪に関しては、ちょっと荒れてて枝毛が多い気がするけど」

「セットなんてする暇もなく、やり方も分からないからな」

「じゃあわたしがやってあげる」

「うわぁ。急に背中を触るなぁ。くすぐったい」

「うふふ。やっぱりかわいい……ここはかわいくないけど」

「あんっ……胸を揉むな!」

「はあ。どうしたらこんなに大きくなれるんだろ?」


 肌が擦り合ったり、髪を梳く音が聞こえてきたりした。


 タラリ、とおれから鼻血が垂れる。


 たとえ直接覗くことはできなくても、これはこれで儲け物だった。


 全身を洗い終えるとタオルを巻いて、チャポン、と風呂に浸かる。


「ほんと足長いわね。わたしのほうが小さいから縮こまらなきゃ」

「体が大きいだけだ。たぶん、同じ身長だったら伊誘波さんのほうが長いさ」

 情報が入ることで、普段から見ている彼女の姿たちと合わさって脳裏により完成度の高い裸が想像されていく。


 高身長で巨乳の依緒。

 貧乳だが足が長くて肌が綺麗で大きなお尻の伊誘波。


 ドボドボ、と鼻血が濁流のようになっていく。


 ……あっ、もう駄目だ、


 興奮の絶頂に至ると同時に、目の前が真っ暗になる。


 術が解けた⁉ 絆がまずい!

 嘘でしょ⁉ 下帯!


 意識を手放していく最中に、彼女たちの声が遠くから聞こえるようだった。


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