95.心配するべきはこっち
「ルシア、......ルシア?」
少し視線を下げていたルシアは自分の名前が何度も呼ばれていたことに気が付いて顔を上げると、思いの外近くに王子が来ていたことに驚いた。
「!...カリスト、吃驚したわ。」
「...君は最近何かをずっと考え込んでいるな?」
王子はルシアの考えを読もうとするようにルシアの頬に手を当てて、彼女の灰色の瞳を覗き込んだ。
ルシアはされるがままであったが、決して口だけは開かなかった。
微笑むだけのルシアに王子は眉を寄せる。
それだけの変化でもルシアには王子が何を考えているのか分かって微笑みを苦笑に変えた。
「大丈夫よ。ちゃんと貴方の帰りを待っているわ。大人しくとはいかないかもしれないけど。」
「...そこはちゃんと約束してくれ。」
呆れ半分の王子はルシアの頬から手を離して、代わりにルシアの頭を撫でた。
完全に保護者の態度である。
王子が国王に呼ばれて謁見の間から帰ってきた後、ルシアの想像通りに彼は王命を受けてきた。
ルシアは王子の口から直々に初陣が決まったという、この世界が作中通りに進み始めたことを知ることとなった。
そして数日の準備期間を終えて今日が王都を発ち、戦場へと向かう日。
王子とその仲間たちはスラングを倒す為に最前線へと向かう。
ルシアはそれを見送りに王宮の門前までやって来ていた。
ルシアが幼い、王宮に出入りし始めた6歳の頃から何が最善か分からないなりに、もがくように探りながら、それでも苦心して物語を変えようとやってきた。
勿論、見過ごせなかったという心境もあったが、ルシアがオズバルドを助け、暗殺未遂事件を解決し、アルクスへ無茶を言ってでも向かったのは先を考えてのことだった。
半分くらいはその場その場で立った死亡フラグを折る必要もあったからだけど。
それらは別に王子の初陣を覆すようなものでは決してなかっただろう。
けれど今回、ルシアがしてきたことは何の影響も与えていないと嘲笑うように作中通りに進んだ現在にルシアは震えたのだった。
作中補整という恐ろしい言葉が頭を過った。
まだ、そうとは決まった訳ではないけれど。
それはそれでルシアの前準備や根回しは作中のシナリオの根本を覆せていないという証明でもあるのでやるせない。
いや、まだ分からないよ?
どうなるかは分からない。
私が勝手に別の形で軌道修正を受けている気持ちになっているだけだ。
まあ、それなら王子やイストリアは終幕を勝ち取ってハッピーエンドだ。
今までの生活から補整というものは彼らの性格までも曲げるものではないと思う。
ならば、ルシアが悪役として行動しない限り、ヒロインが出てきても自然な形でフェードアウト出来るはずだ。
...そういえばヒロインを全然見てないんだけど。
確かにルシアとヒロインの接触は後半までないけれど、彼女自身はこの頃にはデビュタントも終えているからパーティーでも見かけて良いはずなのに。
ルシアは首を傾げたが答えとなるような事柄は何も思い浮かばなかった。
「ルシア?」
「ああ、何でもないの。...カリスト、気を付けて行ってらっしゃい。皆もよ。」
急に首を傾げたルシアに訝しげに王子が声をかけるとルシアは首を横に振ってから見送りの言葉を口にした。
最後に王子の後ろで馬の手綱を掴んでいる彼の仲間たちにも声をかける。
ピオを筆頭にフォティアもニキティウスもノーチェ、オズバルドが頷き返した。
それを王子の横から振り返って見ていたイバンが声を立てて笑っていた。
「...行ってくる、必ず戻るから。」
「ええ、それは心配していないから。」
ルシアは王子の宣言に自信満々という笑みを浮かべて見せた。
その絶対に信じているという想いが伝わったのか王子は笑みを返した。
「カリスト様。」
「ああ。」
フォティアからの声がけに王子は軽く手を上げて近付いていくと、フォティアから自身の愛馬の手綱を受け取った。
もう出立の時間がきたのだ。
「...では、改めて行ってくる。ルシア、悩みがあるならちゃんとイオンたちに相談しろ。君は一人で悩む癖がある。何なら俺に手紙で伝えてくれるでも良い。聞いてやるから。」
「...戦場に居る人に相談しなければならないほどの悩みって何かしら。カリスト、本当に怪我に気を付けて。行ってらっしゃい。」
あーあ、何でもないって言ったのに完全にバレてるよ。
私たちの間には友情しかないけれど、もう8年近い付き合いだからなー。
無茶ばかりする妹と過保護な兄ね。
年々、お互いに適当な誤魔化しが効かなくなってんだよなー。
あ、これ後々にヒロインに迷惑では?
緊張感があるのかないのか、そんなことを思いながらルシアは王子を送り出したのだった。




