79.事件発生
「何ですって......?」
その後、畑へノックスに案内され、気を取り直して何度か言葉を重ねてみたものの彼が知っているであろう事柄を聞き出すことは叶わず、何事もなく終わってしまったその翌朝。
私はオズバルドから発せられた一つの報告に思い切り顔を顰めていた。
「それは本当なの、オズバルド。」
「はい、鍛練に向かった騎士が畑が荒らされているのを発見したとのことです。」
私は頭痛がしそうになり、こめかみを押さえた。
いや、進展がなくてどうしたものかと思ってはいたけれど。
「...ニキティウス、横領の件は買い取った側は捕縛出来たのよね?」
「はい、そちらは恙なく。分かっていないのはここに居る横流しした側だけですねー。」
ルシアはため息を吐いてから真っ直ぐ顔を上げた。
「オズバルド、クリス様にこちらへ来ていただくように伝えてちょうだい。ニキティウス、書類を。クストディオ、お茶の用意を。」
ルシアの指示に三人が意図を理解して散っていく。
...ここまで来ると、クリストフォルスに報告しないわけにはいかないだろう。
捕縛したことも含め、後はアルクスに引き渡すしかないというのもある。
まあ、遅かれ早かれクリストフォルスには報告する必要があったし、何より催促もされたし。
畑のこともあるからなー。
このタイミングでこの事件、無関係ではないだろう。
横領の件と畑荒らしは繋がっている。
やっぱり、ここにスラングと繋がっている人間が居る?
それとも、ただただ私腹を肥やしたかった愚か者の犯行か。
...未だにスラングが関わっているのか、はっきりしていないのは痛いよなー。
まあ、関わっているとみて動いてはいるんだけど...。
「...長引かないと良いけれど。」
こちらとしても春告祭には戻らなければならないというタイムリミットがあるし。
しかし、スラングはアルクス以上に放っておけない存在だ。
ルシアは着実に厄介事に迫っていることに対してもう一度、盛大にため息を吐いたのだった。
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「随分と徹底的な犯行ですね。」
「ええ、芽の出た苗だけではなく、全ての苗を掘り返していたわね。全くご苦労なことだわ。種をこちらで管理していた物もあったから不幸中の幸いではあったけれど...このまま植え直したところで結果は同じでしょう。」
クリストフォルスに報告をした後、ルシアは畑の様子を見に行っていた。
今はその帰りで丁度、昼食の時間ということもあり、食堂に向かっているところである。
報告は受けていたけど、畑の様子は酷いものだった。
苗は抜かれ、土は撒き散らされ、散々なものである。
それも一つ残らずだ。
先程のオズバルドの言葉通り、随分と徹底的である。
しかし、畑は決して狭くはないので犯人はそれなりの労力を要したことだろう。
暇人?暇人なの、犯人は?
「!テレサさん。」
「令嬢。...畑の様子を?」
廊下の先に立っていたテレサに声をかける。
こちらに気付いたテレサは私たちが来た方向から畑に行っていたのかと聞いてくる。
私はそれに頷いて答えた。
「テレサさんはこちらで何を?」
「...今は畑の警備を付けるとのことで、人選をしていたところです。」
隠すことでもないと思ったか、相手が幼いルシアだったからか分からないが、テレサは手に持っていた手記を見せてくれた。
そこには幾人かの名前が配列されている。
「あら、ノックスさんの名前はないのね。」
「あの男は......。」
「彼の噂はいくつか耳にしたわ。けれど、本当はかなりの実力者なのではなくて?」
テレサも古株だと前に聞いたから彼女であれば、本当のことを知っているのではないだろうか。
知っているなら答えなさい、というようにルシアは目をテレサから外さなかった。
「...令嬢が何を見てあの男をそう称したか分かりませんが、彼奴は一人前とは到底呼べぬ者です。噂のいくつかも強ち嘘ではありません。私はあの男のあの生き方そのものが承服しかねる。しかし、彼奴の剣技においては実力者と呼べるだけの技量があることはこの私が保証致します。」
言い切ったテレサに少なからずルシアは驚いて目を見開く。
テレサの今の言葉はノックスをしょうがない男と非難しながらも、認めていると取れるもので、まるで出来の悪い弟を見ているかのような、憎たらしいけど到底嫌っているようには聞こえなかったからだ。
「...噂は全く当てになりませんわね。」
「?」
ルシアの小声が拾えなかったテレサが首を傾げるがルシアは笑って誤魔化した。
確かに昨日は噂通りの犬猿の仲だと思った。
しかし、そうではないのだと今の一言で分かった。
「では、何故?」
実力を知っていて尚、何故彼を外すのだろう。
「...ノックスは今、何か個人で動いています。昨日、令嬢に見られたあの時もそのことについて問いただしておりました。しかし、あの男は何も。それならば、そちらに集中させた方が良いと判断致しました。」
「...そう、なのね。ありがとう、テレサさん。わたくしの疑問に付き合っていただいて。」
「いえ。」
テレサの吐露にルシアは曖昧に頷いた。
そして、長く引き留めていたことに申し訳ないという風に礼を言って彼女から離れる。
「ルシア、何か気付いたことでも?」
「ええ、そうね......いえ、まだ何も。」
クストディオの問いかけにルシアは逡巡の後、首を横に振った。
テレサはああ言っていたけれど、ノックスは何をしているのだろう。
それを放置するのは果たして本当に最善手なのだろうか。
吉と出るか、凶と出るか。
「...午後は資料室へ行きたいわ。その許可が欲しいと伝えてちょうだい。」
ルシアは次の一手を打つ為に、オズバルドへそう頼んだのだった。




