78.青年騎士の本性
「――お前はこのままで良いのか、本当に。今だって...」
詰め寄るようにして言葉を募る女性の声が明瞭に聞こえてきたところでルシアたちはその声の主の姿を視界に納めた。
案の定、ルシアたちが進む先に居たのはテレサであった。
冷静沈着に落ち着いた雰囲気を纏う彼女が声を荒げている。
そんな状況にルシアは横に居るクリストフォルスと目を見合わせた後に歩く速度を少し上げて、近付いた。
「テレサさん」
「...!これはクリス様にルシア嬢。お見苦しいところをお見せ致しました」
このままではヒートアップするだけ、一端、中断させた方が良いだろう、と判断したルシアは躊躇いがちにではあったが、こちらに背を向けているテレサに声をかけた。
ルシアの声にテレサは驚いたように目を丸くしながら振り返り、慌てて頭を下げた。
ルシアはそのテレサの様子に首を横に振る。
「いいえ。お声が聞こえたものですから、こちらに来たのですけれど......大事なお話の邪魔をしてしまったようですわね」
「――いえ、聞かれて困るようなことは何一つ話していませんので」
ルシアの眉を下げての言葉に答えたのはテレサではなく、ノックスであった。
どうやら、テレサと会話をしていたもう一人はノックスだったらしい。
我関せずという言葉がお似合いなほど無表情な顔とワインレッドの髪がテレサの奥から現れた。
ルシアたちが来て、強制的に中断された話に黙って、様子を窺っていたらしい。
そうして、やっと口を開いたかと思えば、間髪入れずに何とも素気無いことである。
テレサは飄々とした態度のノックスを暫く睨んでいたが、結局は何も言うことなく、ふ、と息を吐いて力を抜いて、ルシアたちに向き直った。
「――はい、重要な話ではありませんでしたから。お気になさらず」
「そうでしたか」
この場の雰囲気は全くそう思えなかったけど、ルシアは微笑んで話を流すことにしたのだった。
クリストフォルスも何も言わないのを見て、テレサはこの話を切り上げることにしたようだ。
「お二方がこちらにいらっしゃったのは畑の件ですね?」
「ああ、騎士団長の元に尋ねたんだが忙しいようで君だけで案内して欲しいと。聞けば、こちらに居るようだったから、わざわざ呼びつけるのも悪いと思ってね。何より、二度目だから道も分かる。だから、僕らだけで歩いて来たんだ」
「!...そうでしたか。では、ここから案内をさせていただきます」
クリストフォルスが大抵の説明を端的してくれる。
それを聞いたテレサはすぐに呑み込んでルシアたちを誘導するように歩き出そうとした。
しかし、後ろからの足音に立ち止まり、振り返った。
結果、ルシアたちもこの場に留まることになる。
ルシアもまた、テレサにつられるように振り向いて見たのは駆け寄ってきた少年騎士の姿だった。
あの食堂で話をした少年騎士である。
「テレサさん、この件なのですが...あ、これは大変失礼致しました!」
「いいえ、構いませんわ」
少年は駆け寄りざまに手に持っていた書類をテレサに見せたところでやっとルシアたちも居ることに気付き、頭を勢いよく下げる。
その様子にルシアは苦笑して許し、クリストフォルスも笑って咎めなかった。
「...ああ、これか」
「テレサさんが向かわねばならないのでしたら、そちらを優先していただいて結構ですわ」
少年の持ってきた書類に難しい顔をしたテレサにルシアは告げる。
テレサはそちらに行きたいが、ルシアたちを放置することも出来ないという表情で言い倦ねていた。
だから、ルシアは言葉を重ねる。
「畑でしたら、場所は把握しておりますわ。護衛もおりますから心配される必要は御座いません」
「しかし、...」
「なら、俺が」
困り顔を浮かべて言い淀んだテレサが言葉を紡ぐ前に別方向から声が上がった。
全員の視線が声の方へと向く。
そこに居たのは黙ったまま、再び終始を眺めていたノックスだった。
彼は腕を組んで廊下の壁に背を預けたまま、軽く片手を上げていた。
「俺が案内しますよ」
今度は全員の目が自分に向いたのを確認した上でノックスははっきりと言った。
表情こそ変わらぬものの、この状況を一番丸く納める提案を口にしたのだ。
てっきり、面倒事は厭う人かと思っていたルシアは目を瞬かせた。
「...分かった。――ノックス、くれぐれも失礼のないように。お二方、案内を彼に任せてもよろしいでしょうか」
だが、そうしているうちにもテレサの方はどうするのか、決断したらしい、決してそれを歓迎している訳ではないような渋い顔でノックスに頷いた。
やはり、ノックスの提案が一番最善だと判断したのだろう。
ただ、それは効率の話であって、そこに人柄等は判断基準に入っていないこともまた、テレサは承知の上だったようだ。
そうして、テレサはそれも踏まえた上でぎりぎり許容範囲内だと判断したらしい。
最後にルシアたちへと了承を求めてくる。
「ええ」
「ああ、いいよ」
「では、案内致します。こちらへどうぞ」
ルシアとしても色々な意味でこれを断る理由はなかった。
だから、ルシアは了承を口にし、クリストフォルスもまた同意見のようだった。
そんなルシアの普通の返事とクリストフォルスの少し面白がったような返事に素気無くノックスは案内を始める。
そのさっさと歩いていく姿は初対面の時を彷彿とさせたのだった。
「――ノックスさん、というのね。この間はありがとうございましたわ」
「いえ」
ルシアは後ろを付いていくのではなく、隣へと並び、そうノックスに声をかけた。
しかし、返事も表情も素気無いことこの上ない。
取り付く島もないとはこのことか、と言いたくなるほどの会話の切り具合であった。
ルシアはそのことに少しだけ苦笑を洩らしたのだった。
ルシアの後ろにはクリストフォルスとクストディオが並び、その後ろにクリストフォルスの護衛が付いてきていた。
ルシアはノックスにもそして後ろを付いてきている誰からも何も言われないのを良い事にノックスを観察する。
先程、テレサは確かにノックスへ厳しい言葉を言っていたように思う。
内容は結局、知ることは出来なかったが、あのテレサの剣幕の意味が穏やかな話でなかったのは一見するだけでも分かった。
犬猿の仲というのは本当らしい。
けれども、声を荒げていたようだったのはテレサだけでノックスが感情に振りのない声を返していたのもある程度近付いた時点でルシアの耳に入っていた。
一方的にテレサが突っかかっていたと言われれば、納得してしまうような。
それはつまり、ノックスはテレサの言うことを全く気に留めていなかったということなのだろうか。
ルシアはノックスの人となりを知る為に再び声をかけようとした。
しかし。
「ねぇ、ノックスさ...!?」
ん、とルシアが言い切る前にノックスがルシアの肩を引いて立ち位置を入れ替えた。
くるり、と動き自体はぞんざいであったのにも関わらず、見た目よりずっとルシアに負担がかからないように行われたそれにルシアは目を白黒させる。
「...!」
ルシアは突然何を、とノックスに言おうとして横から飛んできた小石を視界の端に捉えて、驚いた。
ノックスはそれを難なく片手で弾き飛ばした。
ころころ、と足元に大して大きくないものの、そのまま当たっていれば少なからず、痛みを与えただろう小石が転がる。
飛んできた軌道を見れば、ノックスが位置を入れ替えず、そのまま歩いていればルシアが当たっていたことだろう小石。
近くで鍛練をしている声が聞こえるから、そこで誰かが跳ね飛ばしたものとは思うが...。
「――貴方、あの小石に気付いたの?」
「......」
ルシアは思わずといった様子で素のままに尋ねるが、ノックスは何も答えずにどんどん歩いていく。
その気にした様子のない彼にルシアは目をぱちりと数度、瞬かせる。
「...ルシア、一応、聞くけど怪我はない?」
「ああ、ごめんなさい。ええ、私は大丈夫よ。――行きましょうか」
クリストフォルスに声をかけられてルシアは立ち止まってしまっていた足を進め始めた。
先程とは違ってルシアはノックスの隣ではなく、少し下がった位置を歩いていく。
斜め後ろからその顔をまじまじと見るが、無表情は変わらない。
......さっきの動き、どう見ても『掃除屋』なんて呼ばれている臆病者の動きでは決してなかった。
鍛練を怠っている人の動きでも、鍛練をしていても平凡な人の動きでもないだろう。
それは武人の中でもトップクラスの、かなり危機察知能力が優れた人のそれだとルシアは感じ取った。
やっぱり、噂通りではない?
ルシアは自分の感じた違和感を思い出して、内心で呟いた。
勿論、意味深な言葉のこともある。
予想通りと言えば、そうかもしれないけど...。
彼は何かしら知っているとは思うが、敵だとしたら迂闊に話を切り出す訳にもいかない。
敵、なのか?
それにしては彼の行動は...。
ルシアは疑問点を減らすはずが、より分からなくなったと頭を悩ませるのだった。




