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77.噂は本当か?


午前中にノックスという青年騎士と出会い、午後からクリストフォルスと共に騎士団長、副団長に畑を案内してもらい、夕食では少年騎士に色々な話を聞いたりと殊の外、(せわ)しなかったあの一日から二日後。

ルシアはクリストフォルスからついに畑に植えられた作物の芽が出たということを知らせられた。

日数としては然程早い訳でもないが、こちらとしては長期戦も致し方ない、と構えていただけに喜ばしいことだった。

と、いうことで、ルシアは本日もこの後から畑を見せてもらう予定となっていた。


「...それに対して、こっちは一向に好転しないわね」


ルシアが読んでいるのはニキティウスの持ってきた報告書の紙束である。

オズバルドに書き出してもらった北方騎士団員の基本情報は勿論のこと、実際に対峙してみた彼らの人柄等が記載されたリストと見比べながら整理していくものの、これといって横領の犯人を断定出来るものはない。

やはり、少年騎士の証言通りに様子の可笑しいという三人に当たってみるべきだろうか。


ルシアとしては騎士団長、副団長には悪感情を抱くことはなかったし、ノックスに関してはまぁ、意味深な言葉に要注意なのは間違いないが、どうしても感性の部分が彼が悪だと納得してくれなかったのである。

ここにイオンが居たならば、そんな曖昧な理由で、と言って呆れの交じった笑いを溢したことだろう。

けれど、そういう第六感というのだろうか、ルシアのそういった感覚的なものに対しての精度はかなり高く、特に悪意というものには敏感であった。


勿論、特殊能力がある訳ではない。

ただ、嫌な人間というのはそれが例え、初対面であっても対峙するだけで感じ取れるのである。

必要以上に関わりたくない、あまり気が乗らない、そんな些細なものではあるが、ルシアがそう感じた相手が良い人間であったことは今まで一度もない。

それもこれも昔から負の感情を実家でも王宮でも見てきた結果だろう。

正直言って、勘付くことで気分が悪くなることもあるからあまり良い能力とは思えない。

しかし、有効であるのは間違いないのでルシアはそれなりに相手方の人柄を判断する材料の一つとして活用していた。

さすが、転んでもただでは起きない。


「『掃除屋』、ねぇ...」


ルシアが少年騎士から聞いた話のうちの一つ。

騎士団内でのノックスの評価に関する(うわさ)

少年騎士(いわ)く、彼は陰日向関係なく、そう呼ばれているらしい。

騎士でありながら前線切って戦おうともせずに駐屯所内の清掃ばかりをしている『掃除屋』、と。


あのノックスという青年騎士は普段、戦闘に参加することがあっても後方から前に出ることはなく、鍛練(たんれん)にも参加せず、掃除や家事に(かま)けてばかりだという。

古株とは言っても戦わず、籠ってばかりの臆病者なのだ、と。

だからこそ、騎士団内に留まっているだけの出来損ないと揶揄(やゆ)する言葉として、いつしか『掃除屋』と多くの者たちに呼ばれ始めたらしい、と少年騎士はルシアに語った。


実際、ルシアが他の騎士たちにさり気無く、無垢な令嬢を(よそお)って探りを入れて回った結果、少年騎士の話とそう(たが)わないような話ばかりが目立っていた。

聞くと、常に彼の()いている剣も鍛練用の剣のように刃が潰されていて実戦には用向かない代物だという。

後は、テレサとは犬猿の仲だという話もあった。


「本当にそうなのかしら」


騎士たちは(こぞ)って、ノックスは本物の剣すら持つのを恐れる臆病者だ、と言って(わら)った。

一人を貶める言葉を吐きながら自分の武勇伝を語る、自分は優秀なのだと見せるような自慢話付きのそれは普段は縁のない令嬢の前で良い恰好をしたかったのだろうと(うかが)える。

誇張もあっただろう。

けれど、何処で聞いても同じようだったその話の大枠は真実なのだと言える。


だが、そこにルシアは疑問を覚えた。

本当にノックスは真剣すら忌避しているのか?と。

少なくとも、ルシアは自分の見た彼の瞳は臆病者の瞳ではなかったと断言した。

あれは前を向く者の瞳だ、光を宿している瞳だ、と自分の酷く曖昧で敏感な部分が告げるのだ。

ルシアには彼が真剣を持たぬ理由が戦わない、という意思表示のように感じた。

戦えない、ではなく。

――やっぱり、本人と直接話した方が何か掴めるだろうか。


「ニキティウス」


「はいはーい。何ですか、ルシア様」


「これ、お願いね」


ルシアは隣で同じように紙の束を(めく)っていたニキティウスに声をかける。

返ってきたのはいつも通りの気の抜けた返事だ。

ルシアはそれに気を害することもなく、一枚の折り畳んだ紙をニキティウスに手渡した。

ニキティウスは手渡されるままに受け取り、そして中を確認した後、その場で燃やした。

慣れの感じる酷く自然な一連の流れであった。


「分かりましたー。横領犯の特定と同時進行でやっておきますねー。あ、場合によっては人手が欲しいのでクストをお借りするかもしれないんですが」


「その時はオズバルドに傍に居てもらうわ」


ルシアさらりと言ったその言葉はつまり、クストディオを人手として駆り出すことも許可するということである。

うん、ニキティウスには横領の件でも忙しくしてもらっているからクストディオくらい貸し出すよ。

そもそも、クストディオも元は密偵なのだし。

この際、後ろでクストディオが嫌な顔をしていようが関係ない。

いつも通り、見ない振りである。


「さて、そろそろクリス様が来るわ。畑へと向かう為の準備をしましょうか」


ルシアはそう言って、淡々と紙の束を片付け始めたのだった。



ーーーーー

ルシアはクリストフォルスとそれぞれの護衛というメンツで畑のある区画へと歩いていた。

丁度、報告書一式を片付け終えた頃に部屋へとやって来た彼と二人でルシアは案内をしてくれるという騎士団長の執務室へ向かったのだが、当の騎士団長は手が離せない仕事が急遽、入ったらしく、ルシアたちの案内はテレサに一任されたのだった。

しかし、そのテレサもテレサで用事で既に畑の方に居るとのことで、それならばわざわざ戻ってきてもらうのも悪いし、二度目で道も分かるから、と騎士の案内を付けずにルシアたちは畑へ向かって、歩き始めたのである。


「――さて、ルシア。まだ、僕に報告はないのかな?」


「ええ、まだよ。思ったより厄介なの」


騎士が居ない、という事情を知る同士だけの状況、クリストフォルスはにこやかに雑談でもするかのようにそう言った。

それを聞いて、ルシアはにこりとした表情を作る。

ほら来たよ、そろそろ催促されると思ってたんだ。


まぁ、順調にいけば、後数日でルシアはイストリアに帰れるのだ。

そうなれば、クリストフォルスもアルクスの王宮へ帰ることになるのでここでお別れとなる。

だというのに、(いま)だに何の報告もしていないルシアにクリストフォルスがそれを催促するのは必然であった。

調べていることは知られている以上は言い逃れも出来ない。

けれど、ルシアはその内容を口にすることはなかった。


「――まぁ、いいよ。それでも。でも、それがこの国のことでの懸念で、君が帰国する前に解決し切ることが出来なかったとしたら、ちゃんと引き渡してくれるんだよね?」


「...そうね、そうなってしまえば、もう私ではどうにもならないでしょうから。例え、調査の途中で半端なものしか手元になかったとしてもちゃんと全ての情報を貴方に提供すると約束するわ。だから、クリス様。もう既に私が何を調べているか掴んでいると思うのだけれど、今は邪魔なさらないでね。」


ルシアはクリストフォルスの目を射貫く。

それは令嬢にも王子妃にも似つかわしくない鋭さを持った真剣なものだった。

まるで邪魔立てするならば、容赦をしない、と言ったような。

クリストフォルスはそれに一瞬、目を細めたが、すぐにいつもの笑みを浮かべて、ルシアへ(うなず)いて見せたのだった。

随分と余裕そうである。

うん、クリストフォルスの一番の武装だろう、その笑顔が大きく崩れたところを未だ見たことがないんだけれど。

やっぱり、柔らかい雰囲気を(まと)っていても王子なだけある、とルシアは酷く疲れたような心地で息を吐き、いつの間にか、緩めていた歩を前に進めたのだった。


「――、......」


「...、......っ――!!」


それはルシアたちがそんな会話を繰り広げてからちょっと進んだところでのことだった。

ルシアたちの向かう方向から誰かが会話をしている声が聞こえてきたのだ。

クリストフォルスも気付いたのか、ルシアと同じく立ち止まった。

ここからでは話の内容の一つも拾うことが出来ないのだが、どうやら一人が素気無い言葉を返し、会話の相手だろうもう一人がそれに少なからず苛立っているような様子であった。

そして、その後者の声は聞く限り、それは女性のものである。


「...テレサさんかしら」


ここで女性騎士は少数。

顔見知りのテレサの名前が出てくるのは必定であった。

しかもどうやら声がしているのは畑の方。

だから、ルシアはそう言った。


「うーん、女性の声であるのは間違いないと思うけど。――行ってみようか」


クリストフォルスは少しだけ首を(かし)げながら、それでも躊躇(ためら)いなく声のする方へと再び止めていた足を踏み出した。

ルシアはそれを見て、クリストフォルスの後に続くのだった。


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