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75.青年騎士、騎士団長、副団長(後編)


「......ノックスはこの北方騎士団でも古株です」


「あら、そうなのですか?」


ルシアはテレサの言葉に驚いた。

だって、ここには彼より年上の人の方が多いくらいなのに、古株なのか。


「はい。ここで一番の古株は騎士団長ですが、二番目と言っても良いほど古くから居るのはノックスです。その次が私と続きます」


二番目!

しかもテレサより古株なのか。

もしかしたら、この北方騎士団の創立時くらいから居るのかもしれない。

それにしたって、彼も彼女も非戦闘員の頃から居たのだとしても長くて十数年というところだろう。

ならば、ここがそんなに長居出来ない場所ということだろうか?

そう、ルシアが疑問に思うことを分かっていたのか、テレサは北方騎士団について、ゆっくりと語り始めた。


「ここはアルクスの中でも二番目に危険のある土地です」


「...一番はアルクス最東の地ですわね?」


ルシアのふとした冷静な指摘にテレサは少しだけ目を見張るが、すぐに通常通りに表情を戻して(うなず)いた。


「はい、最東の地ではスラングが。ここでは主に魔獣が脅威とされています」


「魔獣!」


ルシアは驚きを隠さない声音で繰り返した。

だって、この人生でこの方、魔獣など見たこともなかったのだ。

いや、でも、魔法があるから魔獣も居ても可笑しくないな。

今まで読んできた本の中で魔獣の記述を見たことはあるけれど、実際に見たことはなければ、現実味が薄いものである。

こうして直接、それらと関わってきたのだろうテレサの話はまさしく、生きていた。


「魔獣が出るのですか」


「はい...ああ、と言っても、出るのは森の中だけですから令嬢が襲われることはありませんのでご心配なく。とはいえ、そういったこともあり、ここでは3年を越えて生きている、若しくは辞めずに留まっている者が一人前とされています」


...3年、かぁ。

それは果たして、短いのか、長いのか。

ルシアは思い(あぐ)ねた。

ルシアの感覚だけで言えば、圧倒的に短いだろう。

けれども、それだけ過酷な地なのだ、と言われてしまえば、ルシアは二の句が継げないことでもあった。

ルシアは憂う気持ちに目を軽く伏せる。

だから、ついつい忘れてそうテレサに問いかけてしまった。


「――では、彼も?」


「あの、男は......」


あ、しまった。

騎士団の話になって薄れていたテレサの不機嫌オーラが再び戻ってきたことでルシアはハッと気を取り直した。

ああ、今度はどうやって話を逸らそう、それか何とか宥められないか。

しかし、そんなルシアの心配を余所に当のテレサは強めに握り締めていた拳を長く吐き出した息と共に篭めていた力を抜いて、こちらを向いた。

真っ直ぐな視線がルシアを射貫くように据えられる。


「あの男は約8年、8年の時をここに在籍して過ごしていますが、一人前とは到底、言えない者です」


「...そう、なのですか?」


「はい」


8年、充分に長い時間である。

それだけの時間を彼はここで過ごしてきたのだとテレサは厳しい表情のまま、告げる。

彼の背格好からして今の自分くらいの歳から居るのだと思う。

それなのに、一人前と言われる年数の倍以上もここで生きているのに、一人前ではないと?


あの青年騎士はそれほど身のこなしが悪い風でもなかったように思う。

あーでも、彼に会った時間帯は本来であれば鍛練(たんれん)時間だったな、とルシアは思い出した。

それはオズバルドが呼び出されていたから間違いない。

では何故、ここの騎士である彼が鍛錬にも行かずにあんな場所に居たのか。


「ルシア?...テレサと何の話をしていたの?」


考え事に思考を沈ませ始めていたルシアはかけられた声に伏せ気味になっていた顔と同時に思考を浮上させる。

そうして、視線が向かう先は少し前を歩いていたはずのクリストフォルス。

彼はいつの間にか、ルシアの横に並んでおり、顔を覗き込んできていた。


「...クリス様。何でもありませんわ」


「――そう?」


うわ、その目は全然、何でもなくないだろって言ってんな。

ここでは聞かないでおくけど後で聞くから覚悟してね、という顔をしているクリストフォルスにルシアはそのままの副音声を聞いた気がした。

なんか、いつも私の周りって一癖も二癖もあるよね...何で?

ルシアは類は友を呼ぶという言葉が一瞬、頭を(よぎ)ったものの、深く考えないようにして畑の様子を見るという目下の問題に集中し直したのだった。



ーーーーー


「ルシア様」


「ああ、ニキティウス。お帰りなさい」


部屋で騎士にもクリストフォルスにもバレないように書類整理をしていたルシアはノックと共に入室してきたニキティウスに目線はくれず、手を挙げて言葉だけで迎え入れた。

ニキティウスもそれを分かっているとでも言うようにルシアの態度には言及することなく、いつも通りの様子でルシアの元まで寄ってきた。


「どうだった?」


「ちょっとまだ、はっきりとは掴ませてくれませんねー。ここの人間だというのは断定なんですが。...もしかしたら、それを掴ませたの、わざとかもしれないですねー」


頭を掻くような仕草をしながら、ニキティウスは報告書を差し出す。

ルシアは受け取りながら、(ようや)く視線を上げてニキティウスを見た。

王子の密偵の一人、ピオほどではないが側近たちの中では小柄の部類に入るだろう彼は見た目を裏切って、純粋な腕力等では他の側近たち相手に負けなしの人物である。


そもそも、ニキティウスは半竜(はんりゅう)である。

人と竜人(りゅうじん)の混血、人に近くもありながら人外の力を秘めている。

だから、基本的な能力のほとんどが軒並み人より高いのだ。

身体能力等は最もそれが顕著であった。

そして、その能力たちは普通の人間は不可能は場所への潜入も可能にする。

そうでなくとも五感すら人より優れているのだ、それは人が警戒出来る範囲外からでも聴収が可能ということ。

密偵という職にとって、これほど有能なものはない。


そんな彼をここまで(あざむ)くなんて、やっぱり厄介なのが居るなぁ。

ルシアは内心でため息を吐き出した。

ニキティウスの言葉通り、そこまで正体を隠し通す技量を持っているというのに騎士団に居ることをこちらに掴ませたということはそれが罠であったとしても可笑しくないかもしれない。

ニキティウスは少し軽い返事や伸ばし気味の話し方をするが、半竜としての能力に見合う以上にとっても優秀な密偵なのである。

これは何度だって言ってやる、私の――それと王子の周囲は優秀過ぎる奴しか居ない、それを解った上で集めた訳ではないとも言っておく。


「ニキティウス」


「...?何ですか、ルシア様?」


ニキティウスはルシアの呼び掛けに表情を(うかが)うように覗き込んでくる。

座っているルシアはいつもより近い、それも下から見上げる形になっていることで、ニキティウスの普段は顔より半分上を隠してしまっている前髪の内が見えた。

そこにあるのは美麗と言い表せられる顔だ。

ニキティウスもかなり顔が整ってるんだよなー、と他のメンツのことも思い浮かべて、ルシアは胸の内でそう溢す。


いつもは前髪で見えないし、密偵として影のように大人しくしているというか、まぁ、だからといって大人しい性格をしている訳では決してないけれど。

気配を消すのが上手いというか、他が濃過ぎて目立たないというか、多分、身内以外には認識しづらくなるように行動しているのだろうと思うが。


ニキティウスの瞳は色味で言えば、金色である。

金色と言えば、あの青年騎士――ノックスも獣の瞳のような金色だったし、ヒロインであるミアも王子の髪色のような白金の瞳をしていたが、ニキティウスの瞳はそれらのどれとも違い、琥珀そのもののようなとろみと(きら)めきがあった。

少し縦に伸びた楕円の瞳孔がより神秘的にしているのか、同じ金色でも印象が前者、二人ともと全然、違う。


「...いいえ、呼んだだけなの。ごめんなさいね。――では、引き続きお願いするわ。ああ、危険な真似はしては駄目よ?それとこの事、オズバルドにも伝えておいて」


「?まぁ、良いですけど...はい、了解でーす。」


ルシアの曖昧に笑って告げた言葉に首を(かし)げたものの、いつもの間伸びた返事をしてささっと出ていったニキティウスにルシアは手をひらひら振って、報告を受ける為に一度、机の上に置いていたペンを持ち直したのだった。

来客用のテーブルの方ではクストディオが休憩用のお茶を淹れていた。

きっと、淹れ終えたならばこちらに出してくれることだろう、有り(がた)いことだ。

うん、こんな面倒な書類仕事は速やかに終わらせてしまうに限る。

しかし結局、ルシアのデスクワークはオズバルドが夕食だと呼びに来るまで続いたのであった。


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