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74.青年騎士、騎士団長、副団長(前編)


「――では、ここで」


「ええ、送ってくれてありがとう。貴方には手間をかけさせてしまったわ」


「いえ」


ルシアに与えられた部屋の前で青年騎士は一礼をして、(きびす)を返そうしたのを見て、ルシアは礼を告げた。

青年は最低限の返事だけを返す。

改めて見るが、ワインレッドの髪をした青年は何処か掴みどころのない雰囲気を(かも)し出しているようだ、とルシアは思った。


「まだ、わたくしの滞在中にお話しすることもあるでしょう。その時はどうぞ、よろしくお願い致しますわね」


深い意味はなく、ただの好奇心でルシアは言った。

いやー、この北方騎士団ってどちらかというと傭兵と言われた方が納得いくような風貌の人が多いからね。

強面(こわもて)というか、大柄というか。

まぁ、そうでない人も居るけれど、それでもタイプは近所のぐいぐい来る気の良いおじさんか、世話好きの兄貴かというところ。

そんな中、見た目も雰囲気も違う彼は異様に際立って映る。


「そう、ですか。では、失礼します――令嬢」


「...あら、何かしら?」


一瞬、言葉に迷ったような仕草を見せた彼はもう一度、礼だけをして去ろうとするが、途中で足を止めてルシアの前まで来る。

にべもない言葉や態度のようにそのままあっさりと去っていくものと思っていたルシアは目を(またた)かせて、首を(かし)げた。

そんなルシアに青年は言葉なく、すっと手を伸ばした。

それを見て、クストディオが護衛らしく動こうとしたが、ルシアは青年騎士に何か伝えたいことがありそうだ、と感じ取って、それを片手で制した。


「......これは?」


ルシアの目の前でぴたりと動きを止めて、突き出されたのは拳。

何かが握られているのか、それとも空なのか、それすらも手の甲を上にしているから分からない。

青年の意図が読めず、しかし微動だにしないで待っているその拳の下にルシアは受け皿のように合わせた両手をおずおずと差し出した。

そうするべきだと思ったから。


すると、拳はそのままルシアの小さな手を覆うように落ちてくる。

あ、何かを落とされた。

そのことにルシアは大して驚くでもなく、やっぱりと内心で呟いた。

どうしてかは分からないけれど、すんなりとそう思った。

確かに(てのひら)に硬い何かの感触がある。

しかし、それは青年の手に隠されていて何であるのかは分からない。


「あまり駐屯所内を歩き回らないでください。――ここが安全とは限らない」


「!」


すっと(かが)んで視線を合わせた青年はルシアにもクストディオにも見えないように巧みにルシアの手を閉じさせる。

それと同時にルシアにしか聞こえないような小声でそう告げた。

さっさと立ち上がった彼は息を呑むルシアに一瞥(いちべつ)をくれた後、今度こそ一礼して去っていく。

その目はこれ以上は詮索するなと告げていた。

だから、ルシアは青年を引き留める声をかけることが出来なかった。


「ルシア、何を渡されたんだ」


「......ペンダントのようね。ロケットの中で音がしているから何か中に入ってるようだけど、少し歪んでいるみたいで開きそうにないわ」


ルシアはクストディオの問いかけに掌を開いて、中身を確認する。

そこにあったのは鈍く光を反射させる金色のペンダントだった。

しかし、年代物なのか所々錆びているし、色もくすんでいる。

鎖を揺らせば、カラコロと石のような音がした。


「...何を言われた?」


「――別に大したことではなかったわ」


クストディオが何か言いたげに見下ろしてくるが、ルシアはそれ以上、口を開かなかった。

そのまま背後に振り返って、ルシアは自室の扉を開けた。

今、ルシアが着ているのは散歩しやすい服装である上に歩いた分、(ほこり)や多少の汚れが付いてしまっている。

髪も乱れているからクリストフォルスが来るまでに整えなければならない。


ルシアはあの青年騎士の言葉に悩みながらも手の中のペンダントを部屋に置いておく気にもならなくて、けれども何かも分からないそれを首からかけておく気にもならず、結局は着替えた後もドレスのポケットに放り込んだのだった。



ーーーーー


「こちらが試験として使用している畑になります」


「ありがとう、テレサさん」


「いえ、これも仕事ですので」


食事を終え、ルシアはクリストフォルスとクストディオ、オズバルドと共に畑の案内をしてもらっていた。

案内人はこの北方騎士団の騎士団長と副団長であるテレサだった。

最初に彼女の挨拶を受けた時はまさか、この騎士団でのNo.2が女性とは、と少なからず驚いたものである。

騎士と言っても、内情は荒事も含まれるものだ。

そんな中でも女性であるのにその地位にあるということは実力が認められているということ。


この人もあの青年騎士のようにここの人たちとは少し違うが、そのきびきびした仕草とさばさばした口調は如何(いか)にも仕事の出来る女性というか、女性騎士ってこんな感じなのかな、と思わせるまさに格好良い女性である。

王子妃なんて立場の割にルシアの周りはほぼ男所帯だ。

メイドや侍女は居るけれど、テレサのようなタイプの女性は居ない。

洗練されたその姿は戦場であっても崩れることなく、きっとそのままで強いのだろう、とルシアは思ったのだった。


「まだ芽は出ていませんが、令嬢から教えていただいた方法は情報だけでも充分に価値があるものと理解しております」


「あら、騎士団長様。これはわたくし自身の知識ではありません。ですから、お褒めの言葉でしたらわたくしではなく、こちらの方法を見つけ出してくれた方へ」


ルシアは見た目の確かにここの人たちを束ねる人だ、と思わせる騎士団長に微笑んで言った。

今回、ルシアはこの知識を伝える為に来たことになっているが、どちらかと言えば代表者のような扱いだ。

平民より地位ある家の令嬢でこの国の王子の従者の遠戚という名目がルシアがここに来た理由だと思われているし、ルシアとしてもそう振る舞っていた。


実際、これは前世の先人たちの知識で長年の試行錯誤が実を結んだ先の結果だから厳密にはルシアの知識ではないし。

そもそもこんな10歳そこらの幼子の知識だとは誰も思わないよねー。

ある意味、現状として敵が傍に居ることがほぼ確定な状況で私が見た目詐欺だとバレたら動きづらいから助かってるんだけれど。


「...そう言えば、テレサさん」


「はい、何でしょうか」


難しい話は分からないといった風に別の話題を振ろうとルシアはテレサに声をかけた。

後は純粋に聞きたかったことがあったからである。

ルシアは脳裏に一人の青年の姿を思い浮かべて、口を開いた。


「ここの騎士の方で赤紫色の髪をしていて、瞳が金色の青年なのだけれど...」


「......ノックスがどうされましたか」


あ、これは話題ミスった。

ルシアは低く吐き出されたテレサの声と浮かべられた表情を見て、内心でそう溢した。

今、ルシアが見上げた先では冷静沈着といった感じだったテレサの後ろに不穏な空気が立ち込め始めたかのような、そんな錯覚に落ちるほど彼女は不機嫌、この一言に尽きる状態であった。


「あら、彼はノックスさんと言うのね」


本当はこれ以上、話を続けたくない。

けれど、ここで話題を慌てて変えるのもわざとらしい。

しかし、だからといってテレサのその様子に口を挟める状態でもなく、結局、ルシアはその不穏な空気にも気付かぬ振りでこてんと首を傾げてみせたのだった。


「実はわたくし、午前中に駐屯所内を散歩していたのだけれど、ちょうど部屋へ戻ろうとしていた時に彼にお会いしましたの。親切に部屋まで送ってくださって」


「左様ですか。――他に何かありませんでしたか?」


下手に突っ込まれるよりも前にと尋ねた理由を口にすれば、テレサの機嫌は少しだけ落ち着いたものの、(いま)だ不機嫌の枠から脱さずにルシアへ問いかけを続けた。

うーん、場が冷えていくばかりだよー。

誰か助けて。


「...いいえ。部屋まで送ってくださっただけですわ。その際に名前をお聞き致しませんでしたからテレサさんなら知っているのでは、と思って、今、お聞きしただけですの」


ルシアは胸の内の言葉とは裏腹に、口端を()りそうになりながらも微笑み返したのだった。

女性騎士、()ぇーよ。


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