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73.散歩先での出会い


「へぇ、思ったより広いのね...今日中には、無理だわ。クストディオ、また明日も付き合ってもらうことになるけれど」


「分かった」


クストディオを連れて駐屯所内を散歩していたルシアは後ろを歩くクストディオを見上げて、そう言った。

ここが敵陣だとルシアは称したが今のところ、出会う騎士たちに好奇心旺盛な令嬢の散策を微笑ましく見るような目を向けられるだけでこれといった危険はない。


「さてと、そろそろ戻りましょうか。もう昼食の時間だわ。午後からクリス様と共に畑に行かなければならないしね」


ルシアは午後の予定を思い浮かべながら、日差しの高さを見て、来た道を引き返していく。

四分の一も見て回れなかったが、こればかりは地道にやるしかない。

ニキティウスに地図を作ってもらうことも勿論、平行してやってもらっているけれど、地図で見るのと実際に歩いてみるのではやはり、違うからね。

今回、まずは部屋の周辺から、と思って歩いてきたので現在地はそんなに離れてはいなかった。


「ねぇ、クストディオ。貴方は何か気付いたかしら?」


「今のところは。ここの騎士についてはオズバルドに聞いた方が良いと思う」


「ああ、毎日のように鍛練(たんれん)に呼ばれていたのだったわね...そうするわ」


ルシアはクストディオの提案込みの返答に(うなず)いた。

確かにクストディオは基本的に護衛の三人の中でも中心としてルシアに付いている。

それはほとんどの時間を自分と共有しているということなのであまり持っている情報の差違はないだろう。

あるとすれば、着眼点の違いからくる自分の気付いていなかったことへの気付き、だ。

前世の知識を持つルシアと密偵として有能なクストディオ、お互いに違うとこをに目を付ける可能性は高い。


まぁ、ニキティウスにも頼んであるし、少しでも何か気付いたことがあれば、と思って聞いただけなので何もないなら、それはそれで良い。

クストディオの言う通り、よくよく騎士たちの鍛錬に付き合っているオズバルドの方がこの騎士団の人たちの人となりを分かっているだろう。


「部屋に戻ったら、オズバルドにも聞いてみましょう」


ルシアは廊下を右に左にと曲がりながら、進んでいく。

ここは要塞のような造りをしているらしく、やたらと曲がり角が多い構造になっている。

ある意味、曲がり角で待ち伏せとかされそうな造りでもあるけども。

目的の部屋までの順路を覚えにくくさせているのだとは思うけど、如何せん、。廊下も単調で装飾等に大きな違いがないので自分の所在地が分かりづらいし、気付かずにぶつかることもあるだろうに。


「ルシア、前――」


「なあに?...!」


考え事をしながら廊下を曲がったルシアはクストディオに声をかけられて、伏せていた顔を上げる。

その際、目先に人の影を見て、つんのめった。

結果、その人影とはぶつかりこそしなかったが、バランスを崩したルシアは後ろに居たクストディオに支えられた。

ほら、言った傍からこういうことが起きるよね!!


「ありがとう、クストディオ。...貴方も、ぶつからなくて良かったわ。怪我をしてはいらっしゃらない?」


ルシアは視線だけで見上げたクストディオに礼を言ってから前に向き直った。

目の前にはノーチェくらいだろうか、十代後半くらいの青年騎士が立っていた。

熟成されたワインのような深い赤紫色の髪の一部が窓越しから差す太陽の光りによって紫色をしていて、まるでグラスの中で波打つワインそのもののような風情を見せた。

そして、こちらをじっと見つめる無表情の中にある一対の瞳は狼のような鋭さと輝きを持つ金色をしていて、髪との対比によってより鮮やかな色をしていた。

ルシアがぶつかりかけた人影の主である。


「いえ、何処も。これでも騎士ですんで、仮に令嬢とぶつかったとしてもびくともしません。それこそ、令嬢の方が怪我をしたことでしょう」


そこで青年はちらりとクストディオにも視線を向けてからルシアに令嬢もお怪我はないようですね、と言った。

ルシアは目を(またた)かせる。

...確かにそれもそうか、ついついいつもの癖で聞いてしまったけれど。

見た目、すらっとしていてあまり筋肉がついているようにないが、この青年もここの騎士である以上はこんな小娘がぶつかったくらいで怪我のしようがないだろう。


「――令嬢、今日はどうしてこんなところに?」


「ああ、少し散歩を。...恥ずかしながら、ちょっと退屈になってしまいまして」


悪戯(いたずら)を見つかった少女が恥じらうように笑ってみせる。

おい、今、後ろで(かす)かに含みのある息を吐いたの聞き逃してないからな、クストディオ。


「左様ですか。ですが、もうすぐ昼食ですからそろそろ切り上げて、お戻りになられては?送りますよ。令嬢の部屋ですか、それともそのまま食堂まで行きますか」


「あら、有り(がた)い申し出ですけれど...貴方の手を(わずら)わせるのも申し訳ないわ。部屋までならば、クストディオが居るのでご心配には及びません。食堂へはクリス様と共に向かうように約束しておりますし」


無表情な割にその口調にも態度にも取っ付きにくさは感じさせない。

その見た目の割にこの青年はすらすらとよく(しゃべ)る。

声だけを聞いていれば、近所の優しいお兄ちゃんのようだ。

目を開けて見えるその表情は追い付いていないけども。

それに少しルシアは面を喰らう。

若干、その言葉にばっさりとした感じは否めないけども。


「いえ、迷子になられても困りますんで」


にべもない。

すたすたと彼が歩いていった先はルシアたちの部屋の方角である。

この青年は客人の泊っている場所もしっかりと把握しているらしい。

まぁ、騎士として当たり前なのかもしれないけれど。

ルシアはクストディオと目を合わせるが、これは何を言っても状況は変わりそうにないことだけはよく分かる。


「どうされたんですか。――早くついて来てください」


「ええ...では、よろしくお願い致しますわ」


ルシアはほう、と息を吐いてからその揺れるワインレッドの髪を追いかけたのだった。


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