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72.敵陣は


「ねぇ、君さ。――何か隠し事してるでしょ?」


「...あら、何のこと?」


一つも動揺の見られない余裕たっぷりな笑顔で首を(かし)げさせたルシアは内心ではとうとうバレたか、という気持ちで一杯だった。

元々、ずっと隠し通せるとは思っていなかったとはいえ、こうして詰め寄られれば、決して顔には出さないものの、内心は穏やかではない。

...本当に、こういう時ばかりは自分の表情筋の堅さに感謝したい。


「なら何故、この場にニキティウスが居ないのかな、と聞くけど?」


うん、これは確信持って聞いているやつだ。

ルシアの返答が肯定、否定関わらず、問い詰めて聞き出すつもり満々なやつである。

実際にクリストフォルスが突然、尋ねてきたルシアに与えられたこの部屋にニキティウスは居ない。

それを聞かれてしまえば、誤魔化しを口にすることは出来るけれど、それで一時退散させることが出来ても結局は後日、きっちりと証拠を突き付けられるのが目に見えた。

だから、ルシアはほう、と息を吐く。


「......まだ何も分かってないわ。ニキティウスの報告が(まと)まるまで待ってちょうだい」


「ふーん?――ま、良いよ。どうして、隠していたかは何となく分かるから。でも、ちゃんと、分かったなら教えてね」


「ええ、勿論」


誰だ、この王子をふわふわしたまるで小動物みたいだとか言った奴!

はい、言ってはないけど第一印象でそう思ったのは私です、ごめんなさい。

どう見ても獲物前の猛禽類(もうきんるい)か、爬虫類(はちゅうるい)

捕食者側だよ、この人は。

ルシアはにこにこと笑うクリストフォルスに微笑みを返しながら、胸のうちで盛大に叫んだのだった。



ーーーーー

ルシアが街を散策してから二日。

早速、ニキティウスが情報収集に回ってくれたお陰で実際に横領が(おこな)われている事実とその実行犯の居る場所まで割り出すことが出来た。


そして、それはこのファウケースの領主ではなく。

...まぁ、この街を治める者、という立ち位置としてはほとんど同じようなものだけども。

実はこのファウケースという街、領主が直々に治めている街ではないのだ。

勿論、大元は領主となるのだが、ここを治めている領主の街は他にもあり、常駐は出来ない。

だから、その代わりに代理として領主の方針を汲んだ者が実質、この街を治めている。


では、誰が?

――そう、この場所。

この街に常駐する北方騎士団が代理として治めているのだ。

つまり、横領している者は騎士団の人間だということで......。

まさか、北方騎士団の騎士だったとは。

これほどの衝撃の事実が他にあろうか。


ほんと何でまた、こういう引きは強いのか。

敵陣が何処か分かる前に既に乗り込んた後だなんて、地雷があちこちに埋められていることを知らずに歩くほどの愚行ではないだろうか?

早死にする典型例、やっぱり自分から首を突っ込んでいる事実もあるけれど、それ以上の何かがあると思う、切実に。


いやまぁ、内部から証拠を探せるという面ではメリットではあるんだけども。

ただし、バレたら一発でこの世界からの退場である。

さもありなん。

いくら、前科があるとはいえ、さすがに何度も転生なんてものを出来るとは思っちゃいない。

要はハイリスクハイリターンということだ。

何でもこうも行く先は綱渡りなのか。

予感があった上で飛び込んだこと自体は私の自業自得だけども!


「明日、午後から騎士団長と副団長が畑を案内してくれるって。君もどうなっているか、見たいでしょ?」


「まぁ、本当?――ええ、実物はまだ見れていないから案内してくれるのであれば、有り(がた)いわ」


クリストフォルスがそう提案したのを聞いて、ルシアは乗り出すように前方へ身体を(かたむ)けた。

結局のところ、方法を伝えて作業はあちらで進めてもらっているのだが、ルシア自身が畑に(おもむ)く機会がクリストフォルスや騎士団長などの予定の擦り合わせを含めて延びていた為に(いま)だ行けていなかったのである。


「うん。じゃあ、明日ね」


「ええ、クリス様。また明日に」


ファウケースに来て、北方騎士団の駐屯所を宿としてから毎日、ルシアの部屋で行われる定時報告。

まぁ、本日はいつもより早くクリストフォルスが突撃してきたけども。

それでも今日も変わらず、既に馴染んでしまった様子で気負いなく、先程まで目の前に立っていたクリストフォルスの背が扉の先に消えるのを見送って、ルシアはクストディオに預けていた書類に手を伸ばした。

――言わずもがな、ニキティウスによる横領の件についての報告書である。


「――騎士団全体の策略ではない。(おおよ)その予測ではあるが、一個人の仕業であるように見受けられる。しかし、その一個人の特定には未だ至っておらず......中々、厄介そうね」


でも取り敢えず、敵陣の中央に身を置いている現状の中でサクッと自分たちを殺し、それを全員でしらを切り、隠蔽するということにはならなさそうだ、と判断して良いだろうか。

うーん、でも、その実行犯が誰か、までは分かってないんだよね。

あー、もしかしたら全員ではないだけで数人の犯行の可能性は充分にあるのか。


ルシアの考えを肯定するかのように今、手にしている報告書でもニキティウスがそれを示唆する文を記していた。

これが特定が出来ないうちはクリストフォルスに報告はしないでおく方が良いだろう。

まぁ、あまりに待たせると今日みたいに発破をかけられそうだけど。


「クストディオ、明日の午前中は自由にして良いのよね」


「予定は入っていない」


うん、それなら明日の午前中は駐屯所内を散策しよう。

ちょっと危険かもしれないけど、下手に如何(いか)にも怪しい決定的なものを無用心に触れさえしなければ、幼く無知な少女の退屈しのぎの遊びで済ませられる。

というか、全力で誤魔化す。


――これはどう転ぶか分からない。

けれど、他国の人間な分、良くも悪くもアルクスの為に必ずしも動かなければならないない人間ではない。

多少、好きに動いても自己責任、何よりアルクスに決して不利益を(もたら)さないという条件下で動くのは許されると思う。

ということで、見逃してくれないかなー。


「――そうね、明日の午前に少し散歩するわ」


「分かった」


ルシアはクストディオが(うなず)いたのを見た後、再び情報を精査する為、再び報告書に目を落としたのだった。


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