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71.真実の惨状


「ルシア」


「なあに、クスト兄さん」


「...その呼び方、止めない?」


「あら、駄目よ。それでは面白くないもの。今は私たち、兄妹でしょう?」


にこにこと言い切るルシアにクストディオは諦めたように(ひたい)を押さえて、ため息を吐く。

イオンがよくしていた表情である。

だが、ルシアはそれに構いはしない。


さて、昨日の宣言通り、クリストフォルスが許可を分捕(ぶんど)ってくれたのでルシアはお忍びという名目でクストディオと共に街中を歩いていた。

服装も庶民のそれに変えており、完全にちょっとだけ裕福な家の出の兄妹の散歩の様相だ。

実際、そういう設定で歩いている。

この感じ、イオンとのお忍びや王子と出掛けた婚約当初の春告祭(はるつげさい)を思い出す。

...あれ、私いつも妹役では?

まぁ、周りの皆がルシアより年上なので当然といえば、当然なのだけれども。

それでも、クストディオとなら姉弟であっても通ると思うのだが。


どちらにせよ、他二名の護衛よりはそれらしく見えるという理由で、何より折角のお忍びを壊さないようにルシアはクストディオだけを連れてきた。

とは言っても、ニキティウスが離れた位置から付いては来ている。

(ひとえ)に三人以上は設定を見た目だけで通すのが難しくなるからである。

オズバルドは騎士団内で練習試合を(おこな)うらしく、交流も兼ねて行ってこいと置いてきた。


「ルシア、人混みに流されたら困る。僕から離れないで」


「ああ、そうね。私では簡単に流されちゃいそうだわ。じゃあ、こうしましょ。――兄さん、妹がはぐれないように手を繋いでくれる?」


ルシアの差し出した手にクストディオは長い間、逡巡をしてみせたが、最終的には利点を考えてルシアのその手を取った。


「――それで、何処へ?」


「うーん...取り敢えず、街の全体を見たいわ。少し時間がかかるのだけれど」


「...分かった」


既にクストディオの瞳は遠くを見つめている。

大丈夫かな、まだまだ散策を開始したばかりだけど。

ルシアは少しクストディオを心配しながらも、自分の目的の為に容赦なく彼を一日連れ回したのだった。



ーーーーー


「ルシア」


「......そうね、もう帰らないと心配されるわね」


数時間後、二人は最初の形相から一転していた。

ルシアと手を繋ぐだけでもたじたじになっていたクストディオは訳もなくルシアを抱え上げて颯爽と街を歩き、ルシアはルシアで散策を楽しんで微笑んでいた少女の風貌から不機嫌とでも言いたげな険しい表情に様変わりしていた。


「...後でニキティウスに調べてもらわなくては」


ルシアは己れを抱え上げているクストディオの耳元で話す。

これなら小声で伝わるし、周りも兄に甘えている妹と見てくれるだろう。


「分かった、予定の調整を話し合おう。――このこと、第二王子には?」


「いいえ、まだ言うべきではないわ。...言えば、彼も私と同じように考えて調べようとするはずよ。それは危険だわ。少なくとも原因が分かるか、彼が街に来て現状を知ってしまうまではこちらから伝えようとしないで」


クリストフォルスも思慮深い人間だ。

現状を見れば、ルシアと同じ顔をして、たった一人しか連れていないにも関わらず、護衛に調査せよ、と命じるだろう。

それは困る。

何かあった時に私の護衛は咄嗟に彼を優先して守れはしないだろうから、彼には自身の護衛を傍に置いてもらわないと。


「クストディオ、帰還後すぐに手と口の洗浄を。それだけでも大分、マシになるわ」


ルシアがこの街で見たのは馬車からは一見では分かりづらかった現状だった。

街に活気がないのは凍害の被害によるものと思っていたが、実際に見て回ると輪をかけて活気はなく、被害が大きかった。

その惨状が気にかかって人に尋ねて回った結果、なんとイストリアからの支援のほとんどが街へ行き渡っていないようだと判明したのだ。

そのせいで既に流行(はや)り病が蔓延しかけていた。

ルシアがクストディオに手洗いうがいを促したのはそういうことである。

病人に近付いた訳ではないけれど一応ね。


...少なくとも危険がありそうだという確信が持ててしまった。

いや、ほんとに嬉しくない方にばかり予想が的中するんだけど!

不貞寝したって咎められないレベルである。


「――ねぇ、貴方はどう思う?」


「...この規模で支援が届いていないなら、領主くらいの地位の者が横領していると見た方が良いと思う」


「そうよね...そうでなくともこの惨状を見逃している辺り、関係ない訳ではないでしょう」


クストディオの言う通り、軽く聞いただけでも消えた支援物資の量は一個人がどうにか出来るものではなかった。

であれば、組織的なものか、地位ある者の仕業か。


大変頭痛にきそうなことだ。

一つも有り(がた)くない。

どちらにせよ確かなのは、何者かが悪事を働いているということ。

――この街で。

そして、それにスラングが関わっているかもしれないなんて。


「...あー、カリストに説教をされる未来しか浮かばないわ」


いや、最初から5割強は予測してたけど!

今回、ルシアが街散策を決行したのは凍害被害は勿論だったが、他の不審が起こっていないかを確認したかったというのもあった。

しかし、軽く見て聞いただけでボロボロ出てきている現状は一言で言って非常にやばい。

事態は苛烈を極めていたとしても可笑しくない。


ルシアはため息を吐いた。

私、この歳の少女にはあり得ない頻度でため息を吐いている気がする...。

...それでもこの件、放置は出来ないよねー。

今回もルシアは事件に巻き込まれるようである。


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