713.新たな装備と記憶と噂(後編)
「破損箇所はもう何処も修復の目途が立ってた。放っておいても大丈夫」
「...そう。でも、何もしないのも気になってしまうから」
だが、それでも不安とばかりに彼らはこうして戻れる者は出来る限り、主人たちの元に在れるようにとこの宿へと戻ってくる。
仕事はきちんと熟してくるし、体調管理までも文句の付けようないが何処にもないことでルシアたちは彼らのこの行動を許容していたのであった。
特に不特定多数の居る食堂へルシアたちが向かう頃合いには途中であっても誰かしらが合流出来るようにしているくらいの徹底ぶりらしい、というのは唯一、護衛にと残されたノックスの言で知ったことである。
何でも、かなり繊細且つ緻密に全員で調整しているとのこと。
先に彼らの本業を無視して無茶を言ったのはこちらの方なので、ルシアも王子もそういう意味でも彼らのその行動について、何も言わないようにしていたのであった。
何か緩和出来る対策はないものかとルシアたちも部屋での食事を考えなかった訳ではなかったが、ニカノールの委縮と宿の人たちにそこまで特別扱いをさせる訳にも、ということで結局、こういう形に落ち着いたのであった。
そのことにルシアは多少、苦笑を洩らしはしたけども。
「やっぱり、資金の提供かしら?材料や使う道具は彼らの方が詳しいでしょうし...」
クストディオが告げる言葉にルシアは受け答える。
ルシアがクストディオに任せていた仕事は主に街の方での襲撃の際に破損してしまった場所の確認とそれに伴って必要となるだろう資金を含めた物資の調査である。
基本的にフォティアやオズバルドなどの騎士たちがグウェナエルたちと共に行動し、クストディオたち密偵が被害状況の確認、敵についての調査という風に振り分けていた。
後は各々でやりやすいように引き継いだり、交代したりと細かいところは彼らの裁量に任せていた。
大体はフォティアがその辺りの指示とスケジュール調整を行っているようだ。
「あー、目途まで立ってるんなら本当に大丈夫だと思うよ」
大体のことはやっぱり、この国の者に任せた方が早いだろうか。
どのみち、ルシアたちが出来るのは修理の出来る者の手配が主になるだろうということを思えば、結局、資金以外に出来ることはほとんどないのと同じであるから。
そんなことを考え、何処まで手を出すものか、と悩んでいたルシアに横から声が挟まれた。
ルシアは思わず、声の方へと――ニカノールを方へと顔を向ける。
今回の件、ルシアたちに直接的な非はないとはいえ、交戦したのは事実であるのでこうして出来ることはないか、と悩んでいたのである。
なのに、何一つ要らないとばかりの口調でそう言い切ったニカノールにどうしてなのか、と問うつもりもあって、ルシアはそちらに顔を向けたのだった。
「被害状況はあの時と後はここに来る途中に見かけたくらいだけど、多分、片手間くらいに直すよ。まぁ、良い気はしないのは当然だけどね。いつまでもそれに囚われるくらいなら直して、なかったことにするよ。少なくとも、この街の人間なら」
その視線を受けてか、ルシアが何かを言う前にニカノールは飲みかけだったコップを下ろして、口を開いた。
そうして、告げられるのは何とも軽い調子でのもので、しかし、全くもって虚勢や適当を言っているようでもなく、続けて多少、時間はかかる部分もあるかもしれないけど、生活に支障が出る規模の場所ならもう直ってるんじゃないかな、と言われて、ルシアは何とも言えない顔をする。
クストディオにまで重ねるように事実としてそうであるということも教えられては本当に何もすることがなくなってしまった。
きっと、この分ではルシアたちからすれば瞬く間にも全ての修繕が済んでしまうのではないだろうか。
「それはそれでどうなの...」
「いや、そうは言っても何と言うか、......気質?この街のか、国のか、職種なのかは分かんないけど」
「全部でしょう」
呆れ返ったようにルシアが溢せば、ニカノールが少し考える素振りを見せながら、そんなことを言う。
どうしようもないその答えにルシアはついつい即座に言い返してしまったのであった。
「そういえば、今日は深山の方へは行かなかったの」
「...そっちは明日」
「そっか」
結局、今からでも出来ることとして資金提供の方を進める方向で話をしていれば、唐突にニカノールがそう言った。
基本的にこうした報告混じりの会話にニカノールは踏み込まないようにしていた。
ルシアたちへの配慮だろう。
けれど、この件については別だった。
問いかけられたクストディオは静かにそれへ答える。
ニカノールの求めるものではなかっただろうその答えに、しかしニカノールは軽い調子のままで一言だけを返した。
「イオンもこの時間に戻ってこないということは報告は明日ね」
「明日には一度、戻ってくると思う」
「じゃあ、直接聞くことにするよ」
だから、ルシアもそれに乗って世間話の一つのように会話を繋ぐ。
何も有益な情報がないのも、と思ったのか、口数が少ないクストディオがそう溢すとニカノールもゆるりと笑って、イオンが戻ってきた時、作業中でも声かけてね、と茶化すようにノックスへと告げる。
彼らに任せた仕事のうちの一つ、深山の調査は主にイオンを中心として進めていた。
それは言わずもがな、あの時の洞窟での出来事が原因である。
あれはあの時限りのものなのか、それともあれで完全にあの場の異常性は消え去ってしまったのか、それを主とする調査であるが、それが解かれていない場合は危険度が高く、迂闊に手を出せるものではない、と困っていたところを一番に志願したのがイオンだったこととイオンにとっても何かしらあの場所は特別なのだろうとルシアが直感的に思うところがあったからだった。
少なくとも、あの時にイオンが何かしらの影響を及ぼしたのは間違いない。
それを証明するようにまたは異常性がなくなってしまったからなのか、今のところ、問題なく出入りをしているようで、そういうこともあってイオンだけは深山の調査から移動することはほとんどないようである。
たまに他のメンツが手伝いという形で訪れることはあっても。
そんな深山はニカノールにとっても、特別な意味合いのある場所である。
だから、こうして調査を始めてから都度、聞くようになった。
依頼を優先している為に当人が出向くことは今のところはなく、大人しく報告を待っているようであるが、きっとそれを終えてしまえばあちらに参加したいと言うのではないだろうか。
ルシアがそう思うくらいには彼はルシアの護衛の中でもルシアの傍から一番離れることのなかった今までを全て覆さんばかりにこの任務に当たってからは誰よりも顔を見せないイオンが戻ってきた時に居合わせることが出来れば、個人的には色々と聞いている様子を見るのだから。
ルシアもそのニカノールの気持ちを慮って、咎める真似はしていないのだった。
ーーーーー
「...あ、ルシア。それともう一つ」
「なに、急ぎのもの?」
「場合によっては」
幾つかの方針と明日の予定が殊の外、多く埋まったところでクストディオが思い出したようにルシアを呼ぶ。
食事も各自終えて、談笑をしており、一区切りが付けば、部屋に戻ろうか、と言った空気の中でのことだった。
ルシアは他でもないクストディオがわざわざ口頭にそれを出したことに首を傾げて、問い返す。
無口な彼はだからといって、思考回路が欠如している訳ではなく、むしろ、よくよく考えているので口に出したとなれば、それだけ伝えたいことだということになるからだ。
そして、返された返答にルシアは眉を寄せた。
「ある噂が広まり始めてる。それは――」
怪訝そうな顔をするルシア、何事かと別で話していた王子たちがそれを止めて、見る視線もクストディオは構うことなく、口を開いた。
それを聞いたルシアは灰の瞳をそれは大きく見開かせたのであった。
すみません、滑り込みアウトだったね。




