712.新たな装備と記憶と噂(中編)
一際、大きくともその賑わいは騒音と呼ぶものではない。
勿論、静かに読書やら書き物をしたいというのなら、話は別かもしれないが、それでも人によっては無音よりも音がある方が集中出来るというだろう。
確かにそこかしこで聞こえる各々が周囲を気にせずに話す声が飛び交っている中、同様に話し、言葉を交わすのは少々、やりづらい。
少なからず、声が遮られてしまうからだ。
しかし、同じテーブルに着いた相手に正面から話しているのであれば、割と聞き取れるものでもある。
これも人体の不思議、とでも言うのだろうか。
そうやって、たまに聞き取り切れず聞き返すこともあるけれど、基本的には難なく会話を成立させていたルシアたちであったが、途中で何かに気付いたように視線を逸らした王子につられて、ルシアもそちらを向いた。
自然と会話が途切れることとなる。
ニカノールもルシアと同じようにそちらを向いたし、ノックスも王子と同様に何かに気付いたのだろう、既に王子と同じ方向を向いていた。
「只今、戻りました――が、食事はお済になられましたか」
「いや、運ばれてくるのを待っていたところだ......ああ、丁度来たな」
人の波がそれぞれのやりとりに合わせて、揺れ動く。
てんでバラバラのはずのそれ。
しかして、何処か馴染んでこの食堂は一体と化している。
そんな中で少しだけ違う空気が揺れる。
それは多分、彼らだからでまた、この場に入ってきたばかりであるだろうからだ。
真っ直ぐに数あるテーブルと椅子、そこに集う人々の間を抜けて、店奥の端に座るルシアたちの元までやって来たのはフォティア、ピオ、そしてクストディオの三名だった。
すっと先頭を抜けて来たフォティアがさらに前に出て、王子の横で軽い会釈をした。
あまり大仰であっては返って目立つからの配慮が成された結果の仕草である。
その辺りの見極めはフォティアが一番上手であった。
だからか、王子も軽く手を上げるだけでそれに応えた。
軽やかに始まった会話に一瞬、新たな客たちに気を取られていた人たちも最早、興味を失せたかのように自分たちの枠へと戻っていった。
ルシアも空いた隣のテーブルを指し示しながら、軽く声をかける。
そうしている間にも王子が告げた通りに先に頼んでいた料理が届く。
次いでとばかりに手際よく注文を取り付けているのはノックスである。
それに補足するのはピオ。
ルシアもニカノールと共に会話に相槌を打ちながらも来た料理をフォティアたちの分も含めて、分けていく。
フォティアが王子とちょっとした報告混じりの話をし始めたのを受けての行動であった。
ーーーーー
「はい、順調に進んでいます。この調子なら、明日、明後日には滞りなく終わるでしょう」
「そうか、あまり放っておいても良いことではないからな...後で直接、グウェナエルのところへ聞きに行こう」
「承知致しました」
二人の会話が進んでいく。
それは全て、黙々と食事をするルシアにとって背景音であった。
他のテーブルの客よりもちょっと耳に入るだけの。
無論、気になれば会話に混ざるし、中断させることも辞さない。
けれど、そうでなければ静かに耳に入れるだけ。
果てにはニカノールと別の話を進めたりもする。
だが、誰もそれを指摘しない。
完全に別個なことさえしてしまえる自分勝手さが許される自由な空間というものは得てして、居心地が良いとも言える。
気の置けない仲でこそ、出来る産物にも近いだろう。
「ああ、カリスト。それ、私も行きたいわ」
「――分かった。それなら、明日にしよう」
ニカノールとの会話が一つ区切りが着いたところでルシアは一拍遅れて、王子たちの会話に参加する。
己れの意思表示だけは一人前である。
主張は出来る時にしておくこと、後で悔やんでも遅いから。
それがルシアの考えの一つである。
そして、ルシアもまた、ニカノールと製作について語るだけではない。
王子がフォティアから受けているように、ルシアもクストディオに報告とまではいかないゆるりとした雑談に乗せてのものであるけれど、別行動中の出来事を聞いていた。
それはクストディオのただの所感であった。
私情を挟まない報告と違って、あくまで彼がどう思い、離れている間に何をしていないのか、まるで家族にその日の出来事を聞かせるかのように、そして聞くように。
主にルシアが話題を振るようにして、クストディオが何処へ行っただの、どんな店へ、何を見ただのとぽつり、ぽつりだが、話し出す。
ふむふむ、と聞くルシアはそれだけでもある程度の流れを掴むことが出来ていた。
きっと、それはクストディオが何をしに出掛けていたのか、それを知っていることも一つの要因であるだろう。
実は側近たちも護衛たちもノックスを残して、全員、出払っていたのだった。
そう、先程の彼ら三人との合流まで噓偽りなく、ルシア、王子、ニカノールと共に居た護衛役であり、護衛対象には成り得ない人間はノックスだけであったのである。
密偵が見えぬ位置で待機していた訳でもない。
彼らも含めて、本当に一人を残し、全員を出払っていた。
その理由は今回の事件の後始末と深山の――調査。
大きく組み分けするのなら、この二つの任務を言い渡したからである。
あの晩の襲撃者たる敵が何者か。
あの時も考えたあれらの狙いはルシアたちか、それとも別か。
あの晩に出た周辺地域での被害の後始末。
破損修理はお国柄故の手際でも、怪我人の治療はこちらが上手。
幸か不幸か、はたまた怪我の功名か。
ルシアが倒れたことで呼び寄せられた世界最高峰の治癒師たちに大分、頑張ってもらっていたのだ。
その護衛や手伝いにも人員は割いたから深山の方にも色濃く残る謎を調査するのに人を回せば、途端に多過ぎるくらいのルシアたち一行は一気に寂しくなったのである。
勿論、ここまで主人二人の居場所が手薄になるのを当の彼らは厭うたが、王子とルシアが食堂へ向かうような場合を除き、最低限、部屋から出ないことを約束したので何とか通った人員の割きであった。
主人からの命だとしても、それが納得出来ないならば噛み付くとても優秀な人ばかりなので説得には骨が折れたものの、二人がかりで巧みに次から次へと挙げられていく懸念事項を打ち消していくルシアたちに勝てる者が居なかったらしい。
本当に、渋々といった様子で承諾が取れたのである。
めちゃくちゃ途中でぶった切りました...!




