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69.隣国、北方の地(前編)


「さぁ、ここがアルクスの北方都市、ファウケースだよ」


「体感温度はイストリアとあまり変わらないのね」


四日間の馬車旅を終え、ルシアはアルクスの北方の地の街中を馬車で進んでいた。

ファウケース、アルクスの言葉で大峡谷を表すこの街はその名を体現するかのように(りゅう)()に接しているのだ、とルシアはクリストフォルスから聞いていた。

確かに北を見やれば、イストリアから続く冬明けずの山並みが街の背後に(そび)えていた。


「うん、気温はイストリアとそう変わらないからね。――じゃあ、準備は良い?今から僕たちが宿とするのは北方騎士団の駐屯所。僕は王都に屋敷を持つ伯爵家の子息のクリス。君はその遠戚のルシアだ」


「ええ、分かっているわ。...そうね、クリス兄様と呼んだ方がよろしい?」


目的地に着いたようで馬車が止まる。

扉が開く直前に最終確認のように告げたクリストフォルスにルシアは無垢なだけの令嬢のような表情を浮かべて、首を(かし)げてみせた。

心得ている、とそれを言葉でなく、態度で示したルシアにクリストフォルスはにこりと笑う。


「うーん、それも魅力的な提案だけれど、カリストに後でバレたら面倒そうだから遠慮しとくよ」


「では、変わりなくクリス様と」


先に降りたクリストフォルスが差し出した手にルシアは己れの手を重ねた。

彼のエスコートを受けて、ルシアは馬車から優雅に降りる。

これがルシアが最初にファウケースの地を踏んだ瞬間だった。



ーーーーー


「お待ち致しておりました。クリス様にルシア様ですね。これからお二人が滞在していただくお部屋にご案内致します。護衛の方もどうぞ、こちらへ。お荷物はこちらでお運び致しますので」


北方騎士団の駐屯所に着くなり、ルシアたちは歓待を受けた。

クリストフォルスの決めた設定(いわ)く、彼はイストリアに使者として向かった第二王子の従者である伯爵子息、ルシアはイストリアへ嫁いだ彼の遠戚の血を引く娘ということらしい。

イストリアから帰還後、すぐに中央へ戻らなければならない第二王子の代わりに実験も兼ねて、アルクスの最北にも近いこの街でイストリアから連れてきたルシアに意見を聞きながら、今後の対策を試すということが今回、ルシアたちが駐屯所に留まる理由、とのことだ。

良くもまぁ、ここまで体の良い作り話を用意したものだ。


第二王子の従者とあっては無碍(むげ)に出来ないし、従者であってもそもそも伯爵子息だし、と歓待する理由はそんなところだろう。

まぁ、従者ではなく、正真正銘の第二王子本人だし、ルシアはルシアで遠戚でも何でもない隣国の第一王子妃ではあるのでどうあっても歓待を受けていたのには変わらないだろうが。

彼らが本当のことを知ったら仰天するだけでは済まないだろうなー、と他人事のようにそう思いながら、ルシアは駐屯所の屋敷の廊下を歩いたのだった。


「こちらがクリス様、こちらがルシア様のお部屋となります。すぐ隣が護衛方のお部屋となっていますので...」


「ああ、ありがとう。中までの案内は要らないから戻ってくれて構わないよ。――そうだ、騎士団長には後で挨拶に行くと伝えてくれ。急に押し掛けてしまったからね、こちらから出向くよ。これ以上、そちらに苦労をかけるのは礼儀に反するからね」


「はっ。では、そのようにお伝えします」


クリストフォルスがいつもより柔らかさのない言葉使いで案内をしてきた騎士に言った。

...ああ、成程、とルシアは内心で(うなず)いた。

まさに貴族のお坊っちゃんという感じだ。

忠実そうな騎士の青年はルシアたちに頭を下げて立ち去っていく。

周囲にはルシアたち以外に誰の気配もしなくなった。


「――さて、突然の訪問も考慮して君の部屋で今後の予定についてもう一度話がしたいんだけど、良いかな?」


充分な確認の間を置いて、(まと)う空気を元に戻したクリストフォルスの笑顔の提案にルシアは目を(またた)かせた。

確かに少女とはいえ、令嬢の部屋に入るのは躊躇(ためら)うだろう。

ここに居るのが立派な騎士たちならば当然。

それを分かった上で提案してくる辺り、普段はふわふわとした笑みと雰囲気を纏っていながらクリストフォルスも充分、策士だよなぁ。


ルシアは一度、自分に割り当てられた部屋の扉を少し開けて室内を確認する。

うん、賓客用の部屋のようで寝室の他に居間があるタイプだ。

前世での記憶があるからこの世界の普通の女性ほど抵抗がある訳ではないが、ルシアもしっかり貴族子女らしく貞節を重んじる概念が植え付けられている。

さすがに寝室に夫でも使用人でもない異性を入れるのはよろしくない。


「ええ、どうぞ。クストディオ、オズバルド、ニキティウス。貴方たちも入ってちょうだい」


そうして、ルシアは大きく部屋の扉を開いてみせたのだった。


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