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705.恩返しと今後の為に(前編)


『......まぁ、何が起こるのか分からないっていうのは確かに用心した方が良いとは思うけど』


それで助かった訳で、今のところ何も起こってもいないから、なんて楽観的過ぎるかもしれないけど。

支障がある訳でもなし、まだ残ってるこの治癒の力は隠さなくちゃならないだろうけど、もしもの時には役に立つでしょ。

むしろ、得だから気にする必要はないよ。


これは竜玉の件についてのニカノールの言だった。

だから、その件についての謝罪もお詫びも要らなければ、それは取って付けたような理由にもならない、というように先日の見舞いの席でも言ったそれをニカノールは勝手に発注もしていない幼馴染を探すという依頼を受注していったルシアたちに向けて、あえて全文言い直して伝え、嘆息を吐いたのだ。

なしの(つぶて)と知りながら、言わずには居られないといった風に。

そして、彼は元々、無理難題だったんだからとほどほどで良いからね、と止められないのなら出来る限り威力を()ぐ方向へと舵を切った言葉を溢したのであった。


まぁ、効果があるかは別の話なのだが、それこそ言わないよりマシ、の境地である。

奇しくも、今晩徹夜しそうな勢いのニカノールに軽食でも良いから取れ、と言ったルシアの心境と同様のものであったのだが、案の定、お互い様に効果はいまひとつだったらしい。

それでも、自分の意思を伝えることと、ふとした時、それを実行しようとした時に脳裏へ(よぎ)らせるくらいは出来るだろうというのは大事だと思うので、二人とも自身の発言をそこまで無駄なものとしては思っていなかったようだ。


『そう...なら、ほどほどに精一杯、調べてみるわ』


『いや、何も分かってないよね、それ』


だからなのか、こんな風におどけたような着地をして、その話題は締め括られた。

言葉とは裏腹にやれることは全てやるくらいの気概で居たのは勿論、思い過ごしではなかった。

実際に調べてもらう密偵たちを中心とした仲間たちにも否やを言う者は居ないので、まず間違いなく実行されるが、職人のニカノールをルシアが止められないように、ルシアと王子という知人からすれば利害の一致を見せればこれほど怖いものはないといった組み合わせが持てる全てをフル活用するのをただの職人であるニカノールは止められないのだ。

手の出せない領域と知るから、真剣で(かたく)なな反論を(こころ)みなかったのである。

負けるのが目に見えているので。


『......本当にね、気にしないで良いし、血眼になって、探さなくても良いのは本音なんだ』


でも一応、自身の意見を語っておくのは先程と同じ思考回路が出した答えだからだ。

または心境の変化や絶妙な移ろいに踏み込み過ぎてこじれてしまいかねないと、取り間違いを起こす前に抑止する為。

ルシアはニカノールが語るそれを静かに聞いていた。

元より、相手方の言い分はきちんと聞き届けるように、その上で反論するなり、自身の意見を解釈し直すなりとするようにしているルシアなので、ニカノールの望むことは何なのかを分析するとでも言うようにそれを聞いていた。

だって、お詫びでも何でも彼の為に、というのなら、彼が本当に望むことでなければ、それこそ大きな見当違いに他ならなかったからである。

それでは意味がなかったのだ。


あれだけ知りたいって、探してた俺が言えたことじゃないけど、とニカノールは続けた。

ほんの少しの自嘲を含みながらも、それを言ったニカノールの顔はからりとした穏やかな笑みを浮かべており、本心だというのがありありと伝わってきた。

あれだけ焦燥に駆られるかのように探していた幼馴染を、あれだけ気掛かりだ、と全面に出した顔で語ったその記憶を、そこに伴った陰鬱を見事に払拭して、ニカノールは言い切った。


『良いんだ、あの時の記憶を再確認出来ただけでも(わだかま)りをすっきりさせることが出来ただけでも。そりゃあ、ちょっとだけ悔しいけどさ。でも、死んだという情報も出てこなかった訳だからね。今頃、何処かで悠々と暮らしてるんだろうって思っとくことにした』


これを聞いたその時、それはルシアが強い人だな、とニカノールを再認識した瞬間であった。

ルシアは(わず)かに目を見開いて、ニカノールを見上げた。

勿論、鍛冶師見習いのただの青年ながら、あの襲撃の中で(おとり)を買って出たりと(すさ)まじい胆力の持ち主だとは感心していたのだけども。

こうして、自分で前を向き、進んでいこうとしている姿が何よりも強く、大きく見えたのだ。

だから、ルシアは国に帰っても何かしら手掛かりはないのかと調べようとさらに強く思ったのであった。


『......分かったわ。ただ、竜玉の件については本当に未知だから、体調を含めて何か違和感や不調を来したのなら、すぐに連絡をちょうだい』


『え、あ、うん。俺にはそっちの伝手はないから、その時は』


『ええ、任せて』


絶対にどうにか出来るとは確約出来ないけれど、うちの治癒師を派遣するから、とニカノールの言い分を聞き分けたルシアはその上で確実に出来ることを出来る範囲で、そしてニカノールが頑なになり過ぎないで断られないように押し切れるぎりぎりを狙った言葉を紡いだ。

案の定、ニカノールは申し訳ない、という顔をしながらも自分の専門外であるそれを強く断り切れずに曖昧に(うなず)くのをルシアは自信満々な笑みを浮かべて、受け入れたのだった。



ーーーーー

――確約が出来ないのは事実だった。

けれども、治癒や医療という方面において、最先端を握るのはルシアであり、王子であるのは間違いなかった。

だって、その為にゲリールの民たちを仲間にしたのだから。

勿論、今回のこれが多少の毛色の違いがあることには気付いている。

治癒や医療といった分野ではない、もっと純粋なエネルギー、力と言えるそれの影響という見方をすれば、それは途端に彼らの専門外へとなるかもしれない。

必要なのは治癒師ではなく、魔法使いなのかもしれない。


「......」


だが、もしもニカノールが不調を来した時にそれが病気からではないことを証明するにはやはり、治癒師が居た方が良いし、看病だって彼ら以上に適任は居ないだろう。

何より、彼らは治癒()()を使うのだから。

竜玉という名付けに意味はない、というが、竜人族(りゅうじんぞく)も居れば布陣としては悪くないと思う。

だから、どちらかと言うとそこに魔法使い()居れば良い、と言ったところか。

それこそ、最強の布陣となる。

しかし生憎(あいにく)、ルシアにすぐ呼び出せるような魔法使いの知人は居ない。

魔力を持って活用出来る人は居ても、魔法使いと呼べるような実力を持って、それを操る人物は。


「ルシア?...疲れたなら、寝室で休むか」


「――大、丈夫よ。ここで良いわ」


回想から考え事へといつの間にか変わっていた思考回路に気が付かないまま、ルシアはソファに埋もれたまま、目尻を(かす)かに震わせた。

それはこんなものがあったら良いな、と存外、あやふやな輪郭で考えていたものがはっきりとした形を成して、まるでルシアの求めていたものがこれであったとでも言うような顔をして目の前に都合良く現れた時のような心地が生み出したものだった。

ルシアの脳裏にはとても綺麗なアイスブルーが鮮明に浮かび上がっていたのであった。


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