702.帰り道にて、その会話
コツコツと靴音を立てて歩くは一組の男女とその護衛と側近たち。
慣れたように雑多とした道を抜けて、するりと人一人居る様子のない小道へと踏み込んでいく。
狭い道を一直線に、枝分かれと遭遇しようと迷うことなく、進行方向に近い道へと進んでいく。
「ふふ、この街の滞在が少し延長になりそうね」
「......今更だがな」
小道へ入ったところで少女――ルシアがくすくすと笑い声までを立てながら、そう言った。
それを拾ったのは隣を歩く王子である。
こちらは少し疲れ気味の様子であった。
それにルシアはさらにくすくすと笑う。
まぁ、確かに今更だろう。
既にただ剣の新調に来たにしては長期の滞在をしている上に、セルゲイへの依頼を撤回しても別のところで頼む必要があったのでそれが出来上がるまでの数日の延長は確定だったのである。
だから今回、嬉しい予想外でセルゲイから最高峰の剣をもらえたが、ニカノールにも頼む分で結局、延長となったのは差し引きした結果、それほどルシアたちの予定を崩すものではなかったのだ。
「でも、あれを頼んだから普通の剣を注文するより時間がかかるでしょう?」
「確かに、時間はかかるだろうな。あれは......」
しかし、ルシアは王子へ否やをぶつけた。
延長は最大限になるだろうとルシアは思っていたからである。
他でもないルシアが頼んだ品によって。
きっと、それは王子の持つその精巧な剣を一から打ったとしてかかる時間とそう変わらないほどの期間を要するだろうから。
何たって、それこそ一からの製作なのだから。
ルシアがニカノールに注文したもの、それは所謂、クロスボウ、またはボウガンと言われるものだった。
その内の矢以外の石などの投擲も出来るタイプのものを組み合わせて、どちらの機構も活用出来るようにと素人らしい大分無茶な注文をしてきたのであった。
まぁ、これも弓の一種である。
範囲内だろう、というのがルシアの言い分だったのだ。
銃、だと思っただろうか。
さすがにあれほどの威力のものを、さらに悲劇を呼ぶ物に繋がりかねないものを手軽に作らせるつもりはなかったのだ。
この世界に遠距離用の武器と言えば、弓くらいしかない。
後は暗器などの投擲を目的とした武器くらいのものである。
一応、クロスボウとほとんど同じ機構を持つものも弓の一種として数えられており、実在しているものの、ルシアが頼んだのはそれの進化版とでも言おうか、さらに効率化、小型化、性能を上げたものを作ろうと提案したのであった。
銃火器は、存在していなかった。
今までに何人の転生者が居たか知れないが、相当数居ただろうに吃驚するほどそれらはこの世界に未だ持ち込まれていなかったのだ。
...いや、語弊がある。
まぁ、アクィラでの折に接することとなった爆弾などが存在しているのだから、当然、火薬を使う銃だってこの世に存在している、と思うだろう。
しかし、あれらは魔法を主体をしており、時限爆弾の類いだって魔法による遠隔操作、または発動が遅れて起こるように機能を持たせたものなのだ。
ならば、何故、語弊があると言ったのか。
それは魔法の応用としての銃、という武器は存在しているからである。
だから、この世界で言う銃は魔法を打ち出す為の筒、と言ったところだろうか。
だが、この大陸では長らく戦争が起こっておらず、狩りなどで使用させる弓矢は未だしも、銃などの武器はあまり発達しなかったのである。
また魔法単体でも遠距離攻撃に火力不足は滅多になく、それも発達が遅れた一因であるだろう。
戦時下であれ、あくまで魔法を使えぬ者が使う道具である銃を学ばせるより、魔法を使える者を揃えて、他は剣を持たせる方がずっと汎用性が高いということの方が多かったに違いない。
今のようにシーカーへ魔法使いがほとんど独占状態、ということは昔はなかったのだろうし。
勿論、その頃からシーカーの独壇場だっただろうが、協力関係がより強固であっただろう、という意味で。
まぁ、ルシアとしてはそれはそれで良いと思っていた。
さらにさらにと突き詰められて、もっと戦争を悲惨にしかねないそれへ触れることはなくても良い、と。
近年のスラングとの戦いで急速に発展していくかもしれないが、出来ればそれもなければ良い、と。
無論、魔法だって悲惨ではないとは言わないし、近接武器だってそうだろう。
素材の違いか、前世より威力があるのがこの世界の近接武器であるので。
何より、それで死ぬ者にしてみれば、どれであろうと悲惨である。
でも、それ以上にルシアが持ち歩くなら小型化はほとんど必須なのだ。
隠し持てるのがベストで、そうでなくともその重さが負担にならないようにしなければならない。
只でさえ、遠距離用の武器というのは飛ばす分、嵩張るのだから。
それは弓でもクロスボウでも銃でも投擲武器でも変わらないのだが、だからこそ軽量化は必須だろう。
ならば、その技術はこの世界の銃の最先端に他ならない。
ここには拳銃なんて、ないのだから。
それこそ、急速な発展なんて目じゃない。
一体、どれだけの歴史を進めるつもりなのか、ということで。
それはきっと、ここまで伝わっていない今までの転生者たちを裏切るような行為でもある。
銃の構造自体はあるし、ただ単に偶然にも齎す者が居なかっただけかもしれないが。
これを話せば、まず間違いなく、彼らだけではない、この国の鍛冶師は食い付くことだろう。
そんなニカノールやセルゲイの職人としての気持ちも想像に難くないルシアだが、事これに関しては進んで教えるつもりはさらさらなかったのであった。
ルシアは、平穏を何より望んでいたから。
火種になり得るものを持ち込むつもりは毛頭として。
「...だが、そのくらいの延長ならば大丈夫だろう。そこまで困ることはない」
「......そうかしら。いいえ、そうね。なら、より良いものになるようにニカとしっかり草案を詰めなくては」
ルシアが考えに意識を飛ばしているうちにも王子は結論へと入っていた。
国での事情もあり、あまりに遅くなり過ぎない限りはその延長すらも数日の幅は誤差と見做される為にそこまで気負う必要もない、というところに落ち着いたらしい。
ルシアとしてはそれもまた、気負うべき事柄に違いないのだが、何度言ったところで変わらないので、泥沼になる前に無視することに決め、話を先へと進めていく。
断じて、諦めた訳ではない。
それを話すなら、もっと時間に余裕があり、場所も周囲を気にする必要のない場所で出来れば、王子と二人の時にするのが、望ましいというだけである。
平行線過ぎて、一向に終わりが見えないから。
だから、それらを追いやったルシアは既に注文したクロスボウへと思いを馳せた。
何せ、初めての試みだ。
発案者は素人も素人だ。
たった一枚に書き上げたそれだけを置いてきた。
ほんの少しは説明をしたけれど、それだって具体性が何処まであったものか。
だが、ニカノールの目は爛々と輝いていた。
困難ながらも面白そうだと全身からワクワクしているような子供の――職人の目をしていた。
その横で相変わらず、憮然とした顔ながら興味深そうな様子が最後まで変わらなかったセルゲイも隠すのが上手いだけで同じような気持ちに違いなく。
あの様子を見れば、きっとセルゲイも手伝ってくれるだろう。
この街でも最高峰の鍛冶師とその弟子の合作。
出来ないことなんて、ないんじゃないだろうか。
それでも試行錯誤は何度も繰り返す必要があるだろうけれど。
これからルシアは何度もそれに付き合う予定が立てられていた。
それ故の先の発言であったのだった。
「楽しみね」
そんな会話をしている間にも小道を抜けて、賑わい大きな表の通りへと彼らは出る。
出るには労することもない小道は振り返らずに人波を縫って、向かうは宿。
午後の始まりを少し過ぎたこの時間帯は何処も彼処も賑やかしくて、ルシアの声は簡単に掻き消えた。
しかし、陽光を受けながら、きらきらと輝いたルシアの双眸は二人の職人とよく似た輝きをしていて、その心境を知るのは何ら難しいことではなかったのだった。




