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693.剣の依頼と謝罪(中編)


「...本日は時間を空けていただいたことに感謝する。そして、先日の件での謝罪を」


先陣を切ったのは王子であった。

多少、面喰った様子であるものの、それを顔には出さずに流れるようなお決まりの文句を口にする。

その定型文は前以って用意していたとも言えるし、この場で明確な形にしたとも言える。

これはルシアの発した言葉であったとしても、そうであっただろう。

セルゲイの反応によっては言葉を変える必要があるだろうと思っていたので。

王子も同じ考えであったようである。


とはいえ、それは(かたく)なな拒絶に対しての弁明としてであった。

ただでさえ、歓迎はしてくれない人である。

多大なる迷惑をかけた自覚があるだけに徹底的に背を向けられても、致し方なしとは思っていた。

けれど、門前払いで謝罪も出来ない、ということだけは避けたかったのだ。

その為に臨機応変な対応で言葉を紡ぐ心積もりであった。

せめて、謝罪だけでも、と。

元より、これ以上の頼み事や迷惑をかけることはしない、としてここに足を運んでいるルシアたちの最低限果たすべき目的はそれであったので。


「それはもう、その日のうちに聞いている」


しかし、ルシアたちの過剰なほどの事前準備も心構えもまるで杞憂であったと叩き付けるかのようにセルゲイはルシアたちを追い返すようなことはしなかった。

表情こそは気難しげなままだ。

だが、彼は迎え入れる為の言葉を吐いた。

門扉が開かれているだけでも、ほっとしたというのに。

決して、歓迎されている様子ではないが、確かにルシアたちを中に入れることを受け入れた言葉を、セルゲイが。

確かにそれは一度目の時よりも軟化していると言える態度であった。

そのことにルシアと王子は拍子抜けにも似た心地で安堵を通り越して、呆気に取られたのである。

さすがな王子は一瞬で持ち直して、先の言葉を繰り出していたが。

ルシアの方はセルゲイが次に口を開く、その時分くらいまで目を(またた)かせていたのであった。


さて、そのルシアがやっと頭の中を整理し終えたそのタイミングで放たれたセルゲイの言葉。

それは王子の言葉を肯定するとも、否定するとも言えるものであった。

そして、ルシアたちに彼の態度の軟化を確信させるに足るものであった。

素気ない言い回しはやはり棘があるように思えたが、王子の言葉に対する返答としては悪くないものだろう。

むしろ、堅苦しいのは止めろ、とばかりに(しか)められた顔の意味をきちんと読み取ったルシアたちはお互いの顔を見合わせたのであった。


「――私はその先日の折には不甲斐なくも気絶をして、謝罪も何もありませんでした。ですから、二度目は要らないと仰られるのであれば、私からの一度目の謝罪を受けてはいただけないでしょうか。一番、多大なる迷惑をおかけしましたのも私です。きちんと謝罪をさせてくださいませんか」


しかし、それで下がれる程度の迷惑のかけ方をしていないのである。

何より、ルシアはその先日の現場には居ようとも意識がなかったのだ。

そこでどんなやりとりがあったかも人づてに聞くことはあれど、自身では認知していない。

王子たちに全てを押し付けて、その際の謝罪に乗っかることは出来るだろう。

けれど、それをルシアの矜持は許さない。

自己満足だと言われようとルシアは退くつもりはない。

押し売りだろうと、言い逃げだろうと構わない。

誠心誠意を込めて、ルシアは言葉を紡ぐ。


「......それでも、要らんものは要らん。全部ひっくるめて一度だ。既に聞いた。大体、彼処で年端もいかない少女を二人、放り出せる方がどうかしている。当たり前のことをして、感謝される(いわ)れはない」



だが、セルゲイの返答はにべもないものであった。

正論を並べ立て、取り付く島もない。

けれど、(わず)かに顰められた顔が、そっぽを向けるように逸らされた視線が、セルゲイにルシアの言葉に込めた肝心の心情がちゃんと届いたことを示していて、ルシアは跳ね除けられたのにも関わらず、焦燥を覚えることはなかった。

ただ、これでうやむやにするのもという気持ちは多大にあって、さて、どうしたものかと考え(あぐ)ね、追撃となる言葉をさぁ選ぼうと語彙の検索をかけていた。


「ああもう、頑固な爺さんだな。素直に受け取るくらいしてやってよ」


「お前はどの立場で口を挟んでんだ。小僧は黙っとけ」


「...くそじじい」


「あん?」


だが、ルシアがそれを取捨選択する前にニカノールがセルゲイに言葉を投げかける。

清々しいまでのドストレートを。

しかし、セルゲイもそれを遠慮なく直球で打ち返す。

容赦のない見事な反撃である。

打ち負かされたニカノールは負け惜しみのようにぼそりと一言。

けれども元来、歳を重ねた老人は地獄耳というのが相場である。

しっかりと聞き取っていたセルゲイが一気にその気難しげな顔をさらに強張らせて、がしりとニカノールの頭を掴む。

そして、上がるのは痛い痛いと(わめ)くニカノールの声。


ルシアとしてはニカノールが援護してくれようとしたことには有り(がた)いと思っている。

けれど、それを発端に始まったどう見ても身内の気安くも容赦のないやりとりに苦笑を浮かべる他なかったのであった。

数分経っても、客人のルシアたちを完全に放置して、一度、着いてしまった火は簡単に消せやしないと言わんばかりにまだ収まる様子を見せない。

きっと、まだまだかかるだろう。

似たようなやりとりをそれこそ隣に立つ王子を幾度となく繰り返してきているルシアは何となく予測が出来る未来を視る。

既に謝罪の旨は巻き戻しようもないほどに頓挫してしまったのだった。



ーーーーー


「――そうですね、これ以上は逆に迷惑になりますし。それは本意ではないので先日の件での謝罪はこの辺にしておきましょう」


いつまでも押し問答をしていても(らち)が明かない、とニカノールとセルゲイの言い合いが下火になってきた頃合いを見計らって、ルシアはそう言った。

この場で凛とした高音はよく通る。

声だけでもある程度の周囲の注意の引き付け方を知っているルシアはそれを思う存分、振るったのである。

この辺りで手打ちだろう、と。

本当はきちんと謝罪したかったが、迷惑をかけたことに対しての謝罪をしにきているのに更なる迷惑をかけては本末転倒である。

気持ちは伝わったと思っているのでここら辺は妥協点であったのだ。


「――ルシアお嬢さんが良いって言うんなら、良いけどね」


「ええ、良いわ。ありがとう、ニカ。ごめんなさいね、困らせて」


ルシアの思惑通り、二人の視線はルシアに向いた。

セルゲイは何も言わない。

だが、それがルシアのその提案を呑んだということでもある。

ただ一人、ニカノールが不貞腐れたように渋々の体で引き下がった。

こちらはまだ言いたいことがあるものの、ルシアたちを放置しておく訳にもいくまい、と何とかその気持ちを抑えたらしい。

ルシアはその子供っぽい態度に少しだけ笑みを溢した。

あれだけ頼れる姿を見せながら、セルゲイに対しては途端に子供と化すニカノールに二人の関係性を見て、微笑ましくなったのである。

しかし、笑ってはより機嫌を損ねるだろうと控えめに笑うに留め、(うなず)きを持って再度の意思表示をするのであった。


「......良いよ、別に。悪いのはこの頑固じじいだから」


「ニカ、そのくらいにして」


ルシアの言葉を受けたニカノールは勝手にやったことに対して感謝されたからか、据わりが悪そうに眉を下げて、そっぽを向く。

先程の謝罪を申し出たルシアに対するセルゲイの反応とそっくりである。

当人は気付いていない。

ただ、照れ隠しなのか、憎まれ口を叩くものだからセルゲイの目がギラリとニカノールを(にら)み付けていて、あわや、先程の言い合いがもう一回勃発かとルシアはちょっとだけ焦った。

さすがにこれ以上の時間を喰らう訳にはいかないのである。

幸い、そっぽを向いていたニカノールはその視線に気付いていない。

二度目の開戦はギリギリのところで回避されたのであった。


「はい、これで終わりよ。この話はここまでにしましょう」


ルシアはわざわざ改めて、そう告げる。

勿論、言い聞かせる為であり、そういうことだからぶり返すな、と先制する為だ。

実のところ、ルシアはそこまでこの話題を未練がましく思っていない。

そりゃあ、ちょっとは思うところはあるけれど。

元々、言葉だけではなく、後々に謝罪の品を送り付ける腹積もりであったので。

謝罪の品に関しては王子とも合意している話だ。

そこをほんの少し豪華にする。

王子にその旨を持ち掛ければきっと、二つ返事で同意してくれることだろう。


そうでなくとも、(はな)から物はこちらの方が(すぐ)れているという理由で食べ物や自身の持つ前世知識から職人が活用出来そうなものなんてどうだろうか、と考えていた為、後者を増やす分には何の支障もない。

勿論、受け取り拒否はさせないつもりである。

その為なら、ニカノールを共犯にする気満々であった。

きちんと言って聞かせれば、先程のように援護射撃をしてくれるはずである。

最早、ルシアに隙はない。

内心、ほくそ笑むような心地でルシアは柔らかにその場を(まと)める。

やっぱり、ただただ退くだけではないルシアであったのだった。


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