66.隣国の事情
「...やはり、アルクスの今年の冬は大変なことになり得るということね」
「うん、それで厳冬に慣れているイストリアに何かしらの対策を教授して欲しいっていうのがうちの国の言い分だよ」
第一王子宮の一室で同じテーブルに着いて、ルシアと王子はクリストフォルスがイストリアへ来た理由が何かという話を聞いていた。
「まぁ、ものにもよるだろうが、本来であれば友好関係にある隣国と言えど、そういった類いの情報を易々と与えないだろうな...」
王子が思案深げに言葉を紡ぐ。
その通り、王子の言うように本来なら冬に強い対策なんてものは他国にはちょっと簡単には教えられないものだ。
その程度と思うかもしれないけど、これは結構難しい話。
冬にしろ夏にしろ、季節による気温等を含めた様々な要因に行動を制限されてしまうことというのは、この科学の発展に乏しい世界では多々あることである。
特に毎年、厳冬を乗り越えるイストリアや厳冬といかなくともそれに近い気候であるアルクスのような国は冬の対策がかなり重要視される。
冬の対策というのはその厳しい冬の乗り越え方を主とした寒さに強い作物だったり、積雪地帯の歩き方だったりするが、それらは特に冬の時季は難攻不落とも言われるイストリアを落とすことが可能になるかもしれない知識である。
そうでなくとも、寒さに強い作物なんてどの国に戦争をふっかけようとしたとしても兵糧待ったなしだ。
一応、西方諸国は全て小競合いを含めて国同士の諍いは今のところは気配もないが、少なくとも近いうちにスラングがイストリアに攻め入ってからは荒れていくはずだ。
その時にどの国にも戦う為の余裕がある状態というのは戦争が容易に激化するということでもある。
戦争にならなくても、基本的に国というのは利益を求めるものであり、相手国からわざわざ輸入せずとも欲しい物が手に入るとなればそれらを国外から輸入すること自体はなくならずとも、それは極端に量が減ることだろう。
この場合、イストリアは備蓄しやすい食糧や屈強な兵だった。
今のイストリアに兵となる竜人族は既に居ないし、この上食糧の方まで他国へ取られてしまうのはいよいよ痛手が過ぎる。
イストリアから食糧の輸入をしているアルクスが国内でそれらを生産出来るようになればどうなるだろう。
これも想像するのは容易い。
これは例え王子たちや国同士が仲良くとも、そこに利害が生じる限りビジネスだから甘くはならない。
けれど国である以上、利害とは切っても切り離せないからね。
――しかし、この話はここまで、と切り捨てられるかと言われれば。
「確かに普通は渋るものですけれど、そんな悠長なことを言っている状況ではないでしょうね」
ルシアは王子の言葉を引き継いで言った。
うん、王子も現状がよく分かっているようだ。
「今年に入ってすぐにスラングが騒がしくなっていましたから、イストリア側としてもアルクスにここで弱られるのは困るといったところでしょう。それを理解しておられるからアルクスはクリス様を使者として寄越したのではありませんこと?」
今年の頭に国境あたりに出没していたスラングのスパイ。
もし、今季の凍害でアルクスにて飢饉が発生したら。
その弱ったアルクスにスラングが攻め込んだら。
スラングのその猛攻は果たして、アルクスだけの被害で終わるだろうか...?
考えるだけでも恐ろしい。
「...ああ、そうか。そういうことだったのね」
「ルシア?」
王子が覗き込むように至近距離から顔を窺ってくるが、気にも止めずにルシアは思考を巡らせる。
ルシアは自分だけしかしらない情報との繋がりに気付いたのである。
そう、作中の。
もし、これが本当に繋がっているのであれば大変だ。
「...これは是が非でもアルクスを援助した方が良さそうだわ」
「――へぇ、何か分かったの?」
「ええ、詳細はお話し出来ませんけれど」
ルシアの意味深な言葉にそれが自分にとっては願ってもないものであったというのに何か感じ取ったのか、少しだけ声を低くして、クリストフォルスが問いかけてくる。
ルシアはそんなクリストフォルスに微笑みを作って、返答する。
これ以上は聞くな、という線引きを示す笑顔は処世術の一つ。
実は作中でアルクスが戦場になる話があるのだ。
それはイストリアでのスラング初戦後のことだが、順番としてはその次にあたる戦争だった。
時期としては初戦前から何かしらの工作があっても可笑しくないのではないだろうか。
アルクス戦争の始まりはスラング側にアルクスが付いて西方諸国最初の裏切り者になり、間を置かずスラングに取り込まれてアルクスは国としての機能が正常に働かなくなってしまったことだった。
アルクスは大陸西方にてスラングの拠点として乗っ取られる国。
よって、その後の戦争が激化する原因でもある。
作中の主人公である王子はアルクスの地に赴き、結果としてスラング兵を撤退させることは叶ったが既にアルクスは再興出来る力がなかったのだ。
さて、では何故、アルクスが乗っ取られるような事態になっていたのか。
作中での始まりはアルクスが乗っ取られた後のことでそれに至るまでのその過程の詳細は記載されていなかった。
元々、アルクスは対スラングの為の城砦を守る騎士たちによる国だった。
よくよく考えればスラングが攻めて来たからといって裏切り者になるという非常事態になるはずがないのだ。
それこそ、アルクス内で何かしらの理由により弱体化にあたる何かが起こっていなければ。
今回の凍害から飢饉が発生し、流行り病にまで事態が悪化すれば、アルクスはどうなるだろうか。
もし、そうなれば。
そしたら或いは――、とルシアは考え至ったのだった。




