673.穏やかな、終わり...?
「残り五人!」
ルシアの激が飛ぶ。
高く澄んだその声は本当によく、通る。
敵味方入り乱れる戦場でも有効なのだ、この場に居る誰の耳にもそれは届く。
それは言葉通り、敵の残基を報せるものだった。
後ろに下がっているからこそ、出来る。
ルシアは俯瞰するように端から端まで視界に入れて、把握をして、どんな変化も見逃さないようにその戦いの一連を見届けていたのである。
だから、自然に気付くこととなるそれを指示に変えて、出したのだ。
終わりが近い、と。
この程度で緩むほど彼らが甘くないと知っているので。
むしろ、俄然にやる気を出して、怒涛の勢いを生むのだと、知っているので。
尤も、戦いながらもその確認をする余裕もあり、それが時に命綱となり得ることを知っている彼らが把握していない訳がない。
ルシアもまた、それを知っている。
しかし、誰かが明確にすることも大事だと思っている。
誤認をしていても、誤認しているかもと思うことも油断となり得るものなので。
言葉にして、認識を一つにすることの大切さ。
それ故に責任は重大であるけれど。
何たって、間違いは許されないのだから。
間違いは一気に命の危機へと直結する。
勿論、明らかに間違った指示に従う彼らではない。
けれども毎回、その余裕があるとも知れず、その食い違いに意識を割かせることそのものも危険には違いなく。
しかし、そんなのはルシアにとって今更だった。
そうやって、今までも彼らの補助をしてきたのだ。
それに見合う覚悟もあるし、責任を負う心構えもある。
今回のこれは指示というよりも情報共有と言うよりも檄という面が強いものであったけれど。
言わば、名残のように普段と同じように行動した結果であった。
イオンは既に下がってきていた。
慢心でも何でもなく、事実として残りは騎士たちで十分だと判断したのだろう。
そして、万が一の為に一番手薄な最後尾、クストディオの横へと並ぶ。
これもまた、実際の襲撃に備えるというよりは背後を警戒しているぞ、と示すことが目的の半分を占めている。
こういった、そのもの自体が物理的攻撃力を持っていなくとも精神面などの思考を揺さぶるという戦法は細やかで手間且つ見目にはいまいち効果を発揮しているのか測り兼ねるし、単体では碌に効果を発揮しないこともままあるというものではあるが、人にとって視覚が8割の中、たとえ見かけ倒し、はったりだろうとその威力はなかなかどうして無視出来ないのだ。
その上でそこに少なからず、実力も伴ってしまえば、手が出しづらいのは明白だった。
その実、これは十分に有効手なのである。
だから、ルシアたちは深く考え込むこともなく、自然とやって退ける。
その真価と手間を知っているから、身に付けた無意識下同然でかける手間だ。
ルシアは檄を飛ばした後も彼らの動きが集束に向かうのを見届ける。
決して、途中で放り出したりはしない。
いつだって何が起こるか分からない、というのもあるが、偏にルシアの心情によるものである。
油断を招かないように意識的に用心を重ねながら、全体を見渡す。
無事に終わりはやって来そうだった。
あっという間に敵は最後の一人となる。
対峙するのはノックスで、他の誰も手出しはしない。
するほどの相手ではなく、何処まで忠実かは兎も角、騎士道を知る者たちなので。
そうして、坑道前での時のように最後の悪足掻きによるしっぺ返しを食らうことなく、ノックスによって難なく敵が倒れ伏した。
この場における戦いの勝敗が決した瞬間であった。
割かし、呆気ないものである。
事件を含めて、どんなに厄介で甚大であろうと案外。本当の終わりというものはこんなものだ。
いつもいつも、劇的とは限らない。
「......これで全部、片付きましたかね」
「後は起きても良いように、拘束しておくくらいですか」
剣を一振るいしながら、ノックスは言った。
終わったという合図でもあるそれにフォティアが近付いていく。
他の者たちもそれに続いて、足元に転がる敵たちの元へ散っていく。
そうして、それぞれが突くなりして完全に意識が刈り取られているさまを確かめ始める。
因みに鞘へ納めた剣の先で敵を突いたのはノックスでごろんと腕を引っ張って、仰向けにさせたのはイオンとフォティアである。
手際が良いのは良いことだが、ほんの少しその手慣れ方が貴族社会のすぐ傍で生きてきているにしては手荒い形相をしているのは思っても言わない約束だった。
テキパキと確認が済んで、然も当然と言った自然さで指示を受けることもなく、彼らによって後処理が始まったのを止めることなく、ルシアは見送る。
他に拾える情報がないものかと各自で動き出した彼らにそちらは任せたのだ。
勿論、ただ何もしないで待つのは性に合わないルシアも周囲の観察をする。
彼らの戦いの最中、そうしていたように。
案外、痕跡というものは残るものだ。
敵たちがここで待機していたのなら、特に。
この際、倒れた敵には近付かない。
起き上がって人質に取られても困ったことになるからだ。
ルシアは遥か昔から意識がないように見えても、身内によってがっちり拘束されるまでは絶対に近付くな、と散々、お達しを受けている。
こればっかりは破っても良いことは危険と説教、どちらにしてもないので素直に準じるルシアであった。
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「ありましたよ、荷物。......ああ、やっぱりここで張ってたみたいですね。何か、資料がないか探してみますけど」
確認作業の最中、優先事項の敵の捕縛は終わりを告げ、周囲の捜索へと移っていた。
時間帯としても、木々の生い茂る場所としても薄暗い中、そう細やか且つ大々的な捜索はしない。
そういうのは後日、改めてするものである。
けれど、それはそれでもし何者から潜んでいる、または連絡の取れないことに不審に思った余所に居た敵がその合間にやって来ないとは限らない。
こういう時、誰かを見張り番としておくこともあるが、その後の展開の如何によっては戦力を削るのはあまり褒められたことではないということで軽く危ないものや情報となり得るものだけは先に探っておくということはしており、それが今のルシアたちの行動であった。
まぁ、情報はあるだけ、そして早いだけ良いので合理的観点から言っても無駄ではない。
やっと、近付く許可が下りたルシアは進み出て、隣に立つイオンに指を差しながら、ある一点を探っていた。
それは彼らの捕縛作業の間、周囲を見渡して何かを隠していたり、物を置いていそうだと見当を付けていた場所である。
そうして、その観察眼の優秀さを誇るようにこちらからは茂みの影となっている場所にある焚き火の後と物資が入っているのだろう革袋を見つける。
そこまでくれば、イオンが前に出る。
危ない何かが入っているとも限らないそれもルシアが勝手に触れてはいけない対象である。
「ええ、後どのくらい残っているのか知りたいけれど、あまり期待しないで待っているわ」
ルシアは潔いにもほどがある無造作さで袋に手をかけたイオンが気の抜けた調子で敵の荷物を探るのを同じように気の張らない答えで返す。
そんな風に確認をしている時だった。
ルシアがふいに視線を感じたのは。
ルシアはほとんど反射で目の前にしゃがみ込んだイオンから目を逸らし、そちらへ――木々の隙間、前方から斜め横にずれた位置へ真っ直ぐ視線を向けた。
「......!」
黒々とした森に最初は何も見えなかった。
そうして、ルシアは目を凝らし、僅かに揺れた奥の木の影に一際、闇に染まる色を見たのである。
息を吞んで、身を強張らせる。
だって、ルシアが見たその漆黒は確かに人の形をしていたのだから。




