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662.窮鼠、猫は(中編)


「あと少し!最後のひと踏ん張りよ、押し切って!」


「はいはい、お嬢はその勢い余って前に飛び出さないでくださいね」


「...言われずとも!」


一度、崩れた戦況は目まぐるしく、寄せては返す波のように進退を繰り返す。

それでも、徐々に棒があちら側へと振り切っていくさまを見ながら、ルシアは鼓舞するようにそう声を張り上げた。

主に傍に居るイオンとクストディオに。

そして、少し離れた位置で戦う王子たち、仲間たちにである。

後は背後に居るミアを多少なりとも安心させられるように。


一等、近くで聞いていたイオンが軽口で首肯し、クストディオはその背中で肯定を語る。

ルシアは吠えるようにイオンへ返事を叩き付ける。

言い合い染みたそれは恒例のそれだ。

だって、(あお)られたら咄嗟に反抗したくなるものだろう。

ルシアの今の心境はそんな下手を打つようなお子様じゃない、だ。


騒々しい足音は数こそ減ったが、増された勢いに音量の変化はなし。

同じく、(つば)迫り合いの甲高い音も激しさを増している。

防衛ラインはイオンが担っているのは相変わらず。

けれども、今はイオンを主軸にクストディオがその補助をしながら、遊撃に出るというバランスの良い配置が完成されていた。

クストディオがこちらに回ってきたことで瞬時にそれが最適解として(はじ)き出され、この形に落ち着いたのである。


ルシアとイオンが長年の付き合いなれば、ルシアとクストディオも少し劣るも十分に旧知の仲と言えるだろう。

となれば、イオンとクストディオだって、違いない。

その連携とも言う分業が歯車のようにかちりと(はま)ったさまはそれはもう、(すさ)まじい真価を発揮する。

個々でも強いがそれ以上に威力とも言うべき、敵へのダメージ量が跳ね上がる。

相乗効果も伊達ではない。

只でさえ、敵ではない敵は散るも無残に転がっていく。

例えるなら、可哀想になってくる、というやつである。


「――そろそろ、殿下もこっちにくる」


少しして、一度下がってきたクストディオがルシアに告げるようにそう言った。

きっと、イオンよりも前に飛び出した際にその動きの予兆を見たのだろう。

ルシアも言葉を受けて見渡せば、成程、確かに王子とフォティアがこちらに合流するよう順路を取っている。


「そう。それなら、交代で出れるわね」


「ん」


ルシアの言葉にクストディオは短くもこくりと(うなず)いた。

すぐにイオンよりも前に出て行ってしまったが、あれは同意を示したものだ。

ルシアの意図も読んでのことだろう。

彼もまた、一から十まで察せて、即座に行動に移せる本当に素晴らしい人材である。


ルシアが言いたかったのは簡単に言えば、王子たちがこちらに来るならその分、クストディオの自由に出来る範囲が広がるということである。

単純は距離にしても、イオンの補助にしても王子たちに任せるなり、分担すれば良いのだから、今より余裕が出来るということだ。

元より、余裕がない訳ではないが数の少なさを(おぎな)う為に多少は立ち位置を考えて動いてはいるので、それを気にする必要がなくなるだけでも立ち回りはしやすい。


王子がフォティアだけを連れて、こちらに向かってきているのは何もルシアたちを心配してのことだけではない。

少なくとも、ルシアはそう考えている。

それは大体、こういう時の基本のようなものとして、護衛対象を一つの場所に固めるというものがある。

守る場所を一か所に絞る方が守り手が楽だということだ。

戦力をあっちへこっちへ割かなくて良い。

勿論、それが悪手であったり、敢えて固めないということもあるが、今回はそこに気を遣うほどでもない。

今までにもそうして王子と共にあることが多く、ルシアはある程度、王子のこの動きを予測していたと言える。

だから、クストディオの報告にそう驚くことはしなかった。


まぁ、護衛対象とは言っても、立派な武人である王子のこと。

ただ守られる訳ではないのは既に皆が知っている。

だからこそ、ルシアもクストディオへ暗に王子たちにここを任せて、敵の殲滅(せんめつ)に動けと伝えたのである。


護衛対象ではある。

ルシアたちの元に固まっていてくれるのなら、有り(がた)い。

それはそうとして、戦えるのだから最終防衛ラインで取りこぼしの排除に協力してもらったら、一石二鳥である。

そういう意味でのこの会話で、今までの経験則から一番、セオリーとして使ってきた戦法でもある。

最早、当たり前過ぎて戦法というほどでもない。


「......あと二十、三十?カリストたちも警戒しているとは思うけれど合流する時、気を付けて」


「ええ、分かってますよ」


前方に目を凝らしながら、ルシアはぼやくように呟いて、イオンにも警戒を促す。

ルシアが目測していたのは王子たちの現在地とここまでの距離で、その間にある障害も含めて、あとどれくらいで辿り着けるかというものであった。

完全に座り込みはしないけれど、腰を落として、地に膝を突けるルシアの視界は前に出ている二人に比べるべくもなく悪いから大分、大雑把な目測であるが。

立ち上がって見渡せば、もう少し改善されるのだろうが、分かりやすい的を(さら)してやるつもりはない。


狙いがルシアに集中してしまうからだ。

(おとり)や狙いを固定させて狙い撃ち、という手がない訳ではないが余程、切羽詰まった状況じゃないと使わない。

良くも悪くも、それは闇夜に見せた光明のように相手にやる気を与えてしまいかねなくもないからだ。

敵を勢い付かせるのは本望ではない為、ルシアはここで立ち上がらない。


だから、それは迫る刃が怖いという理由からくる選択ではなかった。

いや、怖いけども一番の理由はそれじゃない。

理屈めいた理由なら先の通り。

それらがルシアの選択肢の判断基準となっている。

まぁ、それだけが理由ではないけども。

本当の、――一番の理由は王子の説教であった。

全てが終わった後にそれが待ち構えているのは確定してしまっている今、これ以上、長引く要因が増えるのは避けたいのだ。

何だかんだと理屈を()ね繰り回しながらもルシアの本音大元がこれである。

何とも残念な、とは言わない約束。


勿論、それもこれもイオンとクストディオの二人に今でも十分に余裕があるのを理解しているからで、これが命を晒すような厳しい状況なら、ルシアはそんなことお構いなしにやって退()けるだろう。

怖い説教よりも人命優先なのは当たり前のことだろう。

出来れば、大人しくしていてほしい、と王子たち、周囲の人間には頭の痛い話であるのはルシアにとって関係ない。


誰がそこらの武人などよりも余程、実力があるのにも関わらず、多少、厳しい状況だからって主であり、か弱い少女でもある存在に命の危険に身を晒してほしいものか、という心境も(おもんぱか)ってくれない。

そこまで考えが回らない訳でも相手の心境を鑑みる力がない訳ではないのだが、こういう時ほど悪役宜しく自分の意思が優先な為に周囲の願いは実らない。

大反対はとっくの昔からのこと。

聞いちゃくれないルシアに周囲は何度、諦念の篭ったため息を溢したことか。

だからと言って、彼らも諦めて譲ったりはしないのだけども。

結果、毎回の如く、立案の時点で火花を散らせるのだが、勝敗は五分といったところである。

そのくらいで折れるほどルシアは図太い神経と豪胆さと頑固さを持ち合わせてはいないのだ。


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