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660.消えた魔法と(後編)


結局、そのまま外まで繋がってしまったのだから、坑道内における帰らずの魔法を確かめるその実践形式の実験は何一つとして情報を拾えもしないで終わってしまった。

ここを出る、という最優先であり、重要且つ迅速な対応が要求される目的だったから時間を無駄に消費することがなくて、喜ばしいことなのだけれど。

ルシアが拍子抜けに次ぎ、帰らずの魔法というものに何かしらのことが起こっていると思うのはそんなに可笑しいことではないだろう。

そして、それが本当に何も自分たちに悪影響を(およ)ぼすことがないことなのかを考えてしまうのも当然の帰結、と言えるだろう。


だから、ルシアはそれを放っておかずにイオンに頼んでまで、目の前の最優先事項を放棄してまで考えることを優先したのだ。

番狂わせ、または双方にとっての甚大な被害という形で露見することを忌避したが為に。

偏に王子たちにミアに死を含むような怪我を傷を負って欲しくはなかったが故に。

ルシアは拾い切れない、全てを暴き切れないそれに着手しようとしたのである。

予測不可能を少しでも減らす為に。

減らせずとも、身構えだけでも出来るように。


竜玉が、その宿っていた膨大なエネルギーの(かたまり)のようなそれが消えてしまったからだろうか。

それとも、それを納めてしまったニカノールを連れていたからだろうか。

イオンが、居るからか。

果てはそれすら全くの無関係な何かが影響しているのだろうか。

要因なんてものは幾つだって思い付く。

その分だけ、答えは遠い。


これは本当にただ消えただけ?

何かの前触れということはない?

――大丈夫だと、して良いのか。


「......」


ルシアは静かに考える。

今、すべきじゃないだろう、と思われるそれを。

見逃してしまえば、全ての危機に関わりかねないそれを。

見落としだけはしないように、一纏(ひとまと)めする作業だけはして。

拾える未知を残さないように。


ーーーーー


「――ごめんなさい、待たせたわ」


「いーえ、一区切り付いたのなら何より。現状は何も変化なしです」


余計な情報を入れぬように少し後ろに下がって、(まぶた)を閉じていたルシアはすぐさま押し開いた目を前へと向けて、イオンの横へと舞い戻る。

腰を下ろして、やや低めの位置からそう声をかければ、さらりと受け取ったイオンは何とも気の抜ける調子で現状報告までもを一緒くたに片付けてしまう。

ルシアなら、それだけで充分だという信頼からの雑さだ。

まぁ、伝えるべきことは洩らさずに伝えるので伝達としての問題はない。


「そう...けれど、いつまでもこのままという訳にもいかないし、このままでもいられないでしょう」


「まぁ、それはそうですね」


姿勢をより低く、身を乗り出し過ぎないように、それでいて外が見える位置へ。

最初からそれを条件に陣取っていた訳だが、さらに好条件を求めて、目を凝らしながら、微調整をするルシアにイオンは視線を固定したまま、返答する。

手慣れたものだ。


「――あー、それで。何か、分かりました?」


「ああ、そうね。何も」


「そう、簡単にはいきませんねぇ」


「ええ、本当に」


さらには、こんな会話まで飛び交う始末。

潜めた声だから聞こえていないだろうが、聞いていたらミアは目を白黒させていただろうし、王子には間髪入れずに説教されるのを言い渡されていたことだろう。

いや、後者に関しては既に手遅れなんだけども。

前方の目を離してはいけない戦況を窺うことは怠っていないのだから、許してほしい。

というか、共犯だから報告しないで頼むから、とルシアはイオンへ念を送ったのだった。


そう、ルシアは最初に予感していた通り、これと言ってはっきりと分かる情報なんてものは一つとして海馬から引っ張り上げることは出来なかった。

出来たのは記憶の保管庫の整理である。

けれど、そうしておくことで後々に繋がることもある。

これでも、色々と絞って最短で戻ってきたのだ。

多少のタイムラグ程度に思って欲しい。


「......じゃあ、そろそろ一石を投じますか」


そうして、ルシアがある程度の現状の呑み込みを終えた辺りでイオンは(おもむろ)にそう言った。

膠着状態はあまり望ましくないからの発言だった。

短時間と言えど、変化のしない現状は十分にそれであると言える。

勿論、そう簡単に移り変わる戦況というのもまた、危ういものであるが、今をこのまま続けされて良い理由にはならない。


ならば、変わらぬ戦況を最も簡単に変える方法は。

それは新しい駒を盤面に投げ入れること。

どんなに小さくとも良い。

波紋を作れれば十分。

既にある盤面の駒だけでは難しくとも、それらが全て揺らげばそれは大きな濁流他ならない。

ルシアはイオンという新な駒を投げ入れるという提案に一もにもなく、(うなず)いた。


「初撃だけの猫だましだけれど、それで十分よ。その後は...」


「戻ってくる」


「分かっているなら、良いわ。後は貴方のやりたいようにしなさい」


突然、坑道から人が飛び出てきたら驚くだろう。

イオンならその隙に数人は片付けられる。

王子たちにもその不意打ちを喰らわせることとなるが、その程度で遅れを取るような人たちではないと信じている。

勿論、一番被害のないタイミングを狙うけれど。


そうして、躍り出たイオンはそこに長居はしない。

ルシアたちを守る者が一人も居ない訳にはいかないからだ。

本当に場の混乱を狙う、その為の策戦だ。

元々、戦力としては王子たちで十分つり合いが取れているのだから、イオンがルシアたちの防衛に回っても問題はない。

それでも、敵は倒せるから。

元より、千人力の戦力だ。

多少の不利は不利じゃない。


しかし、同時にこの策戦はルシアたち非戦闘員がここに居ることをバラしてしまう策戦でもあった。

けれど、そんな危険は既にルシアは承知の上だった。

それというのも、そもそもの発案者はルシアなのだ。

実は外がこのような状態であるだろう可能性は高いとルシアは見ていたのだ。


理由は正面から誰も来ないこと。

勿論、王子たちが倒し切って踏み込めずに居るという状況も考えたが、楽観はしてられない。

だから、洞窟及び坑道を抜けるまでの間に提示、説得までをやって退けていた。

もし、そうであったならこの策戦でいくことを。

ルシアの危険が組み込まれたこの策戦にイオンが何も言わないのも、そういうことである。

既に散々、言った後だから。

実際、ルシアの策戦がその状況において有効な手であるのは否めなかったから。


そして現在、その想定通りの状態にある。

しっかりと様子を(うかが)い、本当にそうであるのかの確認も(おこた)らない。

そうして、策戦決行の条件に当て嵌まったのなら実行あるのみ。

――一石、という名のイオンを突入させるのみ。


「...はぁ。それじゃあ、行ってきます」


「ええ、行ってらっしゃい」


わざとらしくため息を吐いた後、行って帰ってくるだけですぐに戻ってくるだろうにイオンはそう言って、飛び出した。

タイミングを(はか)っていたのだろう、その宣言にルシアの許可は再度、求めることはしなかった。

けれど、ルシアは気にもせずにそれへにこやかな微笑み付きの声で送り出した。

颯爽と駆け出したイオンであるが、その耳の良さなら聞こえると思ってのこと。

まぁ、聞こえていなくとも形式として口にしていただろうけれど。


一拍の後、前方で全体にどよめきが起こる。

まさに水面に広がった波紋のよう。

揺らぐ空気がルシアにも届く。

薄暗がりのその中で、視界はほとんど役に立たないけれど、イオンが数人を伸して(きびす)を返すその陰影が見えた。

そして、こちらに向けられる一対のアメトリンが見える。


なんと、切り返しの早いこと。

有言実行そのものだ。

でも、これで敵には動揺を与えて、王子たちには坑道から出て来たことを伝えられた。

心なしか、王子たちの動きの切れが良くなっている。

それにこちらへ合流するような素振りを見せた。

伝達一つなくとも、こちらの意図を汲んでくれる優秀な頭の持ち主で助かる話だ。

こうして戦況はルシアの想定通り、その形相を変えようとしていたのであった。


いや、やらせたの私だけどね...。

この策戦、押し切ったルシアもイオンの動きだけで把握して切り替えたカリストもその頭の作り、ほんとにどうなってんの?

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