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659.消えた魔法と(中編)


帰らずの魔法。

ルシアはそれを話でしか知らない。

今回はそんなことばかりだが、事これに関しては本当に情報がほとんどない。

あるのは少年二人の体験談だけ。

いつからあるものなのか、今もあるものなのか、それともその時だけのものだったのか、それすらも分からない未知のものとしか言えぬ代物であった。


物騒で悪辣(あくらつ)で且つ強力。

それそのものに殺傷能力が(そな)わっている訳ではないのに、それが逆に残酷である。

この街の裏通りへと続く小道にかけられた惑わしの魔法も厄介な部類に入るだろうが、似て非なるその魔法。

さらに言えば、こちらのその悪質さと呼べる性質(たち)の悪さは最早、桁違いのものだ。

悪意に満ちた、と言って良い。

そんなものが存在してしまっていることすら、(いと)われてしまって仕方のないものだと思われる。


まぁ、魔法そのものに罪はないけれど。

罪があるのはそれを作った人間で、それすらも事情によってはルシアの知らないだけで根っからの善意からであったりもする。

偶然の産物ということもある。

要するに悪用する者が一等、悪いということだが、果たして今回は悪用なのか、それとも。

善意からのものであったとしても、あまり性質が良いとは言えないのは事実だった。

それほどに守りたいものが、隠したいものが、――誰も近付けたくないものがあったのか。

どちらにせよ、それをルシアが推し(はか)るのはお門違いなのだろうが。

しかし、体感こそしていないとはいえ、巻き込まれたと言っても良い立場にある自分たちはそれを考えることくらいはしても良いのではないだろうか。


あの魔法は、ここにあった。

分からないと(のたま)いながら、ルシアはそう確信していた。

見ても、体感しても居ないのに、それが事実であると認識していた。

何故かは分からないけれど、この坑道にはその魔法がかけられていた名残のようなものがあるように感じられたのだ。

(もっと)も、その全てがルシアの感覚でしかないのだが。

もしも、魔法の痕跡というものがあって、それが知覚出来るならこんな感じか、と思うと言えば良いだろうか。


ふわっとしていて非常に曖昧だろうが、ルシアの感覚ではそうなのである。

そういうものが坑道にはあったのだ。

これは違和感、とも言うのだろうか。

元より異様な場所、知らぬ場所、それで何が分かるという話だけども、それを全てひっくるめても尚、そう感じられたそれは過去の体験談からなる既視感によるものだろうか。

それとも、本能によるものだろうか。

少なくとも、そういうものは確かに人に搭載されている、と思っている。


では何故、その魔法に(はば)まれずに通ることが出来たのか。

外まで普通の迷路にも似た構造以外に迷うことなく、抜けられたのか。

――何故、魔法がある、ではなく、それがあった名残が、あると思ったのか。

ルシアは名残を感じたと思ったのだ。

それ(すなわ)ち、今はないと感じたとも言える。

発動していないのではなく、ない、と。

では何故、ないのか。

あったはずのそれが今、ここにない理由とは。


ルシアたちは予想よりも長い洞窟を抜け、坑道に踏み入れた時、当然ながらその厄介な魔法を一番に警戒した。

対処が一番、分からないものであったこともある。

何をするにもまずは相手を知らなければどうにもならないのだから、それを実践したのである。

けれど、どんなに慎重に進んでもその現象がルシアたちに襲いかからない。

それが正常に機能していたのなら、踏み込んでそうしないうちに同じ場所へ戻されていても良いはずなのに。


注意深く見ていたというのに一向にそういったことがルシアたちの身に降りかかることはついぞなかった。

わざわざ検証の為に壁へ傷をつけて、印を残したのにそれを見かけることもない。

引き返していないのだから当然のこと。

しかし、帰らずの魔法なんていうものがあるここでは異常なこと。

だけども、現実は変わらない。

壁にその印を見ることはない。


ただ時折、別の印を見るくらいだった。

他はそれはもう、綺麗なもので人工の削り出したそのままで傷らしい傷なんてそれくらいしかない。

きっと、それはニカノールの言っていた幼き彼らの残した印だった。

子供の考え付きそうな簡素な形のそれはそれを証明するようにルシアたちには随分低い位置にある。

非力な子供が頑張って付けたのだろう、それは(いびつ)で追手があるなんていう状況など想像も出来ないとでも言うように分かりやすく、それそのものがそれなりの大きさで刻まれていた。

まるで、落書きのようだった。


これは彼らが外に出ようと引き返した時に付けたものであるのはほとんどないと思われる。

それというのも、話の中で彼らは迷路のように無数に広がる枝分かれの坑道を進むのに印を付けていた。

それを頼りに引き返したのだとも聞いている。

ならば、ごちゃ混ぜになって分からなくならないように印は付けなかったはずだ。

あっても、印そのものを変えるとか、位置が違うとか、変化が見られる。

少なくとも、ルシアが実際に見かけたそれらは(ゆが)みこそ無視をすれば全て同じ形に統一されていて、それがある壁の位置も奥へと向かっているのだろうと予測がされた。

何より、二人はすぐに引き返すことが出来ないことに気が付いて、奥へと向かい直したと聞いている。

それなら、やっぱり外へと向かう為に付けられた印はほとんどないと見て良い。


これから言えるのはそれが少年たちの足跡であるのは間違いないということ。

そして、外へと続いているということ。

本当に外へと出られるかは別として。

坑道という場所が全く違う場所と場所が空間を割いて変に入り組んで繋がっているということでなければ、間違いなく。

因みに実際に通って奥まで来たはずのイオンについては勘を頼りに全力疾走をかましたということなので全くと言って良いほど役に立たない。


兎も角、ルシアはその印を見た時、道標(みちしるべ)にはならずとも帰らずの魔法で元の場所へと戻されたかどうかを確認する指針にはあると思った。

少なくとも、それを見ればどの時点でどの場所に戻されたかは把握出来るという戦法。

だから、ルシアは同じ形でいて違うそれを注意深く観察し、その細かい差違を付けられた位置まで記憶に留めるようにして、それを探っていた。

きちんと把握して、重複しないかを見ていく。

実はミアとの会話の合間にもこれをルシアは(こな)していたのだ。

しかし、結果は知っての通り。

一度もそれは重複しなかった。

ルシアが気付かなかったという訳ではなく、同じものは一度としてルシアの前に現れていない。

裏切られる前提で見ていたその印は最後まで道標の役割を果たしたのである。

外まで出られたことが何よりもの証明だった。


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