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658.消えた魔法と(前編)


淡くも輝く鉱石のある洞窟、坑道の中と夜の(とばり)が落ち切った外とでは果たして、どちらが明るく、暗いだろうか。

正解はどちらも可もなく不可もなし、である。

鉱石の淡さが、夜空の星が良い塩梅(あんばい)に一切の黒ではなく、うすぼんやりとした陰影を見せている。

そして、その明暗は全くの別要因から成るというのに絶妙なつり合いでほとんど平等だった。

お陰でルシアたちが気付かれづらかったとも言える。


ルシアたちはそれを出口であり、入口だと()り貫かれた景色をはっきり認識した後、それはもう慎重に、足音さえもいっそ病的なほどに気遣って、慌てず騒がず、ゆっくりそろりと近付いていった。

会話もここまでくると最早、ない。

ルシアとイオンは必要以上に息を詰めることなどしないが、潜めさせはする。

そうして、静寂を保てば外の音だって次第に耳へ届いてくる。

やや遠めの位置からでも十分拾えているのはきっと、その静寂のお陰でこの坑道の構造上の反響のお陰だろう。

また、あちらが音を一切、抑えようとしていない、ということもある。

むしろ、通常時よりも大きな音をそうであると認識するよりも前に立てている。


それはまさしく、喧騒だった。

戦闘中だ、とはっきり分かる声と音。

複数人の人の声、指示が飛ぶ、気合いを入れるように張られた声、怒号にも似た、獣のような(うな)り声。

金属のぶつかる音、岩と何かがぶつかる音、やや鈍い音にくぐもったような鈍い音、ドタバタと響くは靴音(くつおと)で、パキリ、パキリと一際高い音を立てているのは木の枝でも折れたのだろうか。

これでは、必要以上に音を抑えずとも大丈夫そうでもある。

まぁ、だからといって、全てを台無しにし兼ねないような下手を打つような真似をしたくはないので慎重を期した行動を軽減することすらしないけども。


「......(おび)える必要はないわ。警戒は(おこた)ってはならないけれど、誰も私たちには気付かない、くらいの気概は持って。大丈夫、本当に気付かれてはいないから」


「は、はい」


ルシアは自分よりもさらに遅い速度で動く少女に声をかける。

視線は前に固定したままだが、安心させるようにその背を軽く叩いてやれば、ほんの少し力が抜ける感覚が伝わってくる。

緊張、していたのだろう。

いくら、(したた)かになったとはいえ、実際に対面するとなるとまた違ってくるものだ。

徐々に近付く想像よりも生々(なまなま)しい現実のそれに本人の意思に関係なく、身体が強張ったのだろうと思われる。

歩く速度が極端なほどに鈍足なのも同様だろう。

それを理解しているからこそ、ルシアは(なだ)めるように少女の――ミアの背中に触れたのである。


「......」


そうして、ルシアたちは外からはじっくりと覗き込むか、踏み込まなければ見づらく、且つ自分たちからは外の様子が出来る限り見える位置を目測で算出し、より慎重な動きを駆使して微調整を加えた後、そこに腰を落ち着けた。

ミアには一番、後ろに下がってもらい、待機してもらう。

イオンがニカノールを下ろし、壁に(もた)れ掛からせるのを手伝いながら、ミアにその様子を見ることを頼んだという形だ。

後ろが安全とはやっぱり言えないが、ここまで来る間のことを思えば、前方よりかは遥かに安全だろうし、何か音が立てば反響ですぐにイオンが反応するだろう。

後ろと言っても、すぐに庇える位置なので現時点で出来る形としてはこれが最良だろうということだった。

そんな一通りを終えて、ルシアとイオンは外へと再び視線を戻し、目を凝らした。


幸い、坑道側に王子たちが陣取っているらしく、敵がこちらに踏み込んでくる心配はほとんどないと思われる。

多分、ルシアたちが奥に居る場合を考えての陣取りなのだろう、その辺の頭の回転は誰より早い王子のことである。

とはいえ、合流するには少し遠い。

坑道から出てしまえば、たとえこの暗闇だろうと姿は相手に伝わるだろうし、何より戦闘中の王子たちの意識を一瞬でも奪うような真似は避けたかった。

勿論、何かがあれば、そんな理屈は振り切って飛び出す所存であった。

イオンが目を光らせているけども。


視界の正面、その先では案の定、というか、聞こえてきていた声や音でとうにほぼ確定していたが、駄目押しとばかりに繰り広げられる戦闘が映る。

規模は小さいが、それは確かに戦場だった。

刺すような空気、それだけでミアが身を(すく)めさせるのもよく分かる。

だが、他でもないルシアである。

戦場を駆け抜けた、危険にも身を投じるルシアはその程度では引き下がらない。

視線をさらに凝らして、情報を出来る限り搔き集める。

現状把握に(つと)めるのが今の最大にして、最優先事項だ。


「......」


しかし、(よぎ)る一条の疑問。

どうしても振り切れないそれがちらついて、ルシアは少しだけそれに苛々する。

それに構っている場合ではないというのに!

けれども、脳裏を支配していくその疑問。

ルシアははぁ、と息を吐いた。

それは諦めを多大に含んだため息だった。


「お嬢?」


「いえ、何でも。――ああ、少しの間だけ、一人でお願い」


その吐き出された息の音を拾ってか、イオンの怪訝そうな声が降ってくる。

ルシアはそれにゆるりと(かぶり)を振った。

そうして、その後にイオンへついでとばかりに頼み事をする。

それは前方への警戒を、情報収集を、現状把握を少しの間、止めて外れるという宣言であり、一任するということを示す。

元々、盛大なため息を吐いた時にそうするつもりではあった。

あれはそういう意味での諦めのため息だったのだ。

過った疑問、それを解決とまではいかなくとも、ひとまず整理して頭の片隅へと片付けてしまおうと舵を切った上でのため息。

だって、戦場で他に気を取られていては簡単に死んでしまうというのは古今東西、異世界であれど、共通事項なのだろう。


運の良いことに王子たちのことも自分たちの位置取りもぱっと見ただけでいつ変化するとも知れないが膠着状態に見える戦況もその疑問を片付けるくらいの時間はくれそうであった。

イオンにも頼めば、万が一があっても対処は可能。

そう考え、判断したということだった。

ならば、早く済ませてしまった方が良いと、その結果が先程の宣言で指示である。

正直な話、こんなことに気を取られている自分に嫌気がさしているのだ。

そんな場合ではないというのに。

どう考えても答えは見つからないだろうというのに。

だからこそのため息でもあった。


「...まぁ、良いですけどね。少しの間だけですよ、すぐ帰ってきてください」


「分かっているわ」


次に嘆息を吐いたのはイオンであった。

そうして、ルシアの申し出を受け入れる。

こちらもこちらで同じ意味でのため息だろう。

困らせることにほんの少しの罪悪感を感じるが、きちんとルシアの性格を理解して、無駄に何も割かないところは本当に有り(がた)かった。


手短に、それでいてすんなりと手慣れた様子で言い切られたそれにルシアは(うなず)く。

イオンは既に視線も意識も前に向けて、ルシアに見向きをしていなかったが、それで良い。

ルシアはそれすら有り難く、優秀に思いながら、善は急げと思考の海へ飛び込んだ。

探るは一つ、(まと)めるのも一つ。

それは、この坑道にかけられていたはずの――彼の魔法のことである。


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