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653.それは何だと問う心


それは腰を下ろさず、けれども決して襲ってこようとする様子も見せず。

ただただ、イオンの進行方向に居て邪魔になっていたから退(しりぞ)いたかのように。

しかし、それはイオンを畏怖してのことのようでもなく、そもそもこれらにそのような感情が宿っているものなのかは知らないけれど、少なくとも、その位置以上、必要以上に下がって、そのまま駆け去ってしまいはしない。

それがより奇妙だった。


一歩先になるはずだったのが、二歩先に保たれた。

たったそれだけのことが怖気(おぞけ)の走るような気分にさせた。

ただただ襲い掛かられた時よりも鳥肌が立つ。

それは生き物ならざる生き物と称しておきながら、その性質はどちらかと言うと生物に近いのではないかと誤認していたルシアには急に機械染みた人工物と成り下がったその姿が心底、気味の悪いと言えるものだったからだ。


いっそ、不気味ではあれど動かないで居てくれれば。

そしたら、確信を持てず最大限に警戒をし続けながらそれらの合間を抜けることとなっただろうが、それでもここまでの気味の悪さは感じなかっただろう。

それか、イオンの踏み出した初手の一歩で襲い掛かってきたならば。

そしたら、迎撃の厄介さに苦戦を()いられて、それはそれは歓迎出来ない状況にはなっただろうが、それでも今のように無意識に足を後ろに退いてしまうなんてことはなかっただろう。


「......」


思わず(しか)めた表情は戻らなかった。

ルシアは睨み付けるようにそれを凝視した。

正確にはそれを含めて、同種なのだろう周囲のそれら全てに向けた視線で疑念だった。

生物なのか、無機質なのか。

それはあれだけ調べても分からなかったことであり、今、知る必要のないものだ。

そして、これは人種や種族、その他の諸々に関しても言えることだが、それそのものとだけ認識出来れば異端なんて言うものはそこまで気にすることでもないものだ。

けれども、ルシアが本能的にそれを嫌悪にも似た感情を向けてしまうのはルシアが生物で人間で動物で本能だからだ。


本能染みていた行動は生物だ。

機械染みた行動は無機質だ。

本来、生物は生存の為に(そな)わるその本能には逆らえない。

それを押さえ付けてまで取る行動というのは本来の在り方ではないからか、酷く不自然で奇妙に見える。

しかし、無機質であると言い切るにもまた奇妙な存在。

ここは前世とは違う世界、ロボットの三原則が通用しなかったとしても、いや、一部は当て嵌まっているように見えてしまったからこそ、あれらが何であるのか、その大枠さえもルシアは全く判断の付けようがなかったのであった。


そう、全てがちぐはぐなのだ。

一貫性のない、と言っても良いかもしれない。

あれらはどの特徴も持ち、そのどれかに区分するには逸脱していた。

生物は無機質になれない。

その逆もまた。

だから、ルシアの本能はその在り方に拒否反応を見せた。

きっと、その一瞬でそれを看破してしまったからこそ覚えた感情だった。

現にミアは驚きこそすれ、嫌悪を抱いてはいない。


ルシアが険しい顔をして、身を固くしているうちにもイオンは次の足を踏み出していた。

また一歩、それは下がる。

今度はその次に近い位置に居たそれも同様に腰を上げて、後退(あとずさ)る。

決まり切った動きのように、二体が全く同じ速度、身体の動かし方で止まる時まで同時であったさまはより顕著にその動作が機械的なものだと思わせる。


イオンは正面を向いたまま、さらに進む。

ルシアの様子には気付かない。

多分きっと、どういうことかを考えていると思っている。

若しくは本当に問題がないのかと観察していると思っている。

だから、後数歩も進めば、確認するように振り返ることだろう。

思い通りにならない表情と違って、ルシアの頭の中は冷静にそのさまを予測する。

そうして、そこで初めてイオンはルシアが顔を顰めていることに気付くのだろう。


イオンが進めば進むほど、その動きに連動する個体は増えた。

イオンが近付いたそれらだけが腰を上げて動き、一定距離を保って下がる。

距離の問題なのか、最早、その歩みの邪魔にはなりはしないからか、最初に動いたものから徐々にその場に腰を下ろして、再び沈黙をするようになる。

全くもって、微動だにしないでそこに座す。

退いた場所で動きを止めるから、どんどんと搔き分けるように進むイオンの通った場所がぽかりと空けられることとなる。

それはもう道と言っても良い代物で、徐々にそれが出来上がっていくさまは(さなが)ら、モーセのあの海だった。


まさに異様、まさに異端。

何より、それをイオンが気にしていないことが、当たり前のように受け入れてそれを実行していることが。

それらがイオンに従ってるように見えていることが。

思えば、それらは一度もイオンを襲わなかった。

いつしか、視線を向ける先はそれらからイオンへと移り変わる。

ついにルシアはイオンが振り返る前に表情を引き締める。


「――イオン」


「はい?何ですか...お嬢?」



紡いだその名に前方を行く当人は振り返る。

そして、今やっとルシアの鋭い視線にその表情に予想通りに目を(またた)かせた。

ルシアはそれに応えない。

今はこちらが優先だ。


「これは、なに」


首を(かし)げるイオンにルシアは問う。

あれだけ調べて、あれだけ見て、今も目の前に居るそれらについて、ルシアは問う。

聞いたって意味のないことを、事細かに説明されたところで理解を拒んでしまいそうなことを問う。

それは視線以上に鋭い声だった。

これは何だ、何ものなんだと問い(ただ)す。


「...何って、お嬢も調べていた通り、通称番人とされるものです」


「......」


イオンの返答はそれは珍しいくらいに見当違いなものだった。

いっそ、清々しいほどに、ルシアの聞きたいことではない。

ルシアは無言でイオンを見つめる。

イオンはその目を見てか、はぁ、と一つ息を吐く。


「そんな目をされても、それ以上の説明を俺は出来ませんよ。これはそういうものとしか」


でも、お嬢が近付きたくないのならもっと遠くへ動かしますか。

困ったように、イオンはルシアの本当の問いに対する答えに首を横に振る。

自分も詳しくも知らないのだ、とでも言うように。

けれども、その後に続けられた言葉は何の気負いもなく平然としたもので、まさにそれらの扱いを知っている者の発言であったことにイオンは果たして、気付いているのだろうか。

そんな風にルシアが思っているのにも関わらず、イオンはそれを実行に移してしまう。

どけ、邪魔だとイオンが言えば、それらは一斉に再び立ち上がってさらに大きな幅の道を作った。


音声で指示通りに動く機械そのものの動きであった。

隣のミアのように純粋に凄い、とどうなっているのか、と目を瞬かせることが出来たらどんなに良かっただろう。

だが、ルシアの優秀な脳はそれを許さない。

果たして、ここに王子が居たならば。

そんな詮無いことまで考え始めてしまう。


「イオン」


「?...はい、何でしょう」


ルシアはもう一度、イオンを呼んだ。

イオンは首を傾げながら、完全に身体ごと振り返って、ルシアの話を聞く態勢に入る。

ルシアは一歩、そしてそのままイオンの前まで進み出る。

あれだけ気味悪がって、足を退きまでした番人たちの合間を颯爽と進む。

パタパタと背後から聞こえているのは慌てたミアの足音だろう。

敏感になった神経は丁寧にそんなものまで拾ってくる。


「貴方、何を知っているの」


イオンとの距離が二歩分となったところでルシアは歩みを止める。

その距離ではより身長差故の角度が出来る。

ルシアは顎を上げて、イオンを見上げて言葉を紡ぐ。

そうして、その唇が(かたど)ったのは竜玉を用いた治療をやって退()けた時からルシアが一等、イオンへ向けて言いたかった言葉であったのだった。


いよいよもって、イオンのね?

まぁ、皆さまお気付きでしょうがね。

何せ、この男は記憶喪失ですもんね?

普段は全くそんな素振りみせないけども。


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