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651.重要で有り難い情報と佳境へ進む足


「まぁ、ちょっと邪魔ですけど何か害がある訳でもなし、取れる時には取れるでしょうから」


「呑気なこと」


イオンの(てのひら)から取れなくなってしまった紫水晶をルシアはどうしたものかと眺めたが、有効な手段は思い付かず、再び(ひたい)を押さえたところであっけらかんと落とされた言葉にルシアは思わず、即座に鋭い声を飛ばした。

呆れ満載、じと目は続行。

しかし、当のイオンはへらりと笑うだけである。

そこにあのばつの悪そうな顔はない。

何というか、(のど)を過ぎればもう怖くないとばかりに開き直ったらしい。

そういう男である。


「ああ、一つ報告を」


ルシアは何度目かになる嘆息と意識の切り替えを実行して、前に向き直した。

いい加減、動かなければならない。

余計な時間の消費をしたのだから、その分、速やかに進まなければ。

外がどうなっているのかも分からないし、ここはひと段落付いたというだけの話で全体ではどうなのかもまるで分からない。

それを把握する為にも迅速に。

ルシアがそう思い、決意を新たにした時だった。

再び唐突にイオンが然も、今さっき思い出したかのような言いざまでそれを告げたのは。

まだ何かあるのか、と胡乱な目を向けたルシアにイオンは構わず、口を開く。


「ここさえ抜けられれば殿下たちと合流出来るでしょうが、戦闘中の可能性が高いです。それを考慮して動くなら、坑道の入口が見える前に新たに十全な態勢へ備えておく方が良いでしょうね。まぁ、その前に出れるか、どうかなんですけど......」


そうして、するりするりと毛ほども深刻そうにすることもなく言葉にされたその内容にルシアはピキリ、と何かが立てた音を聞いた。

だが、それはイオンには聞こえなかったようだ。

つらつらと自身の見解まで入れて、先を考えながらの言葉であるのが(うかが)えた。

しかし、今のルシアにとって、それを素直に受け入れるには看過出来ないことがあった。


「――何ですって?」


「え?ですから、この洞窟()いてはその先の坑道には厄介な魔法がかかっているんですよね?だから、そこをどうにかしないと――って、あ、もしかして、お嬢がもう、解決策を見つけてくれていたり?」


ルシアは静かに静かに言葉を紡いだ。

聞きようによれば、低く地を這うような声である。

だが、何か差し向けた相手にだけはそれを読み取らせないような不思議な力でも宿っていたのかもしれない。

そのくらいにはイオンは気付かぬ様子で見当違いな捉え方をした末の先程の言葉尻を繰り返し、その上で呑気なまでにへらりとルシアへ尋ねてみせる始末。


「そんなものはないし、私が言いたいのはそこでもないわ!!」


「うわっ、ちょっ、お嬢!」


心なしか、わなわなとその唇が戦慄(わなな)き、眉間に(しわ)が寄っているように見えるが、ルシアは下を向いてしまっていて、表情がイオンにもミアにも読みづらいものとなっていた。

特にイオンがどうしても視点が上からになる為に覗き込まなければ、(うかが)えない。

だから、先のことも踏まえて、ついに我慢の限界が来たとばかりにばっと顔を跳ね上げさせたルシアの表情が眉を吊り上げたものであることに、そして繰り出された声量に気付かなかったイオンは思わず、()()った。

因みに仰け反った要因にはそのままの勢いでルシアに鳩尾(みぞおち)(こぶし)を喰らわされたということもあった。


ルシアのついつい手が出てしまった会心の一撃、である。

イオンにとっては決して、痛むほどのものではなく、むしろ、ルシアの拳を心配するほどの威力ではあったのだが、唐突であれば、驚くもの。

基本的にそんなことがあれば感知して避けることなど造作もないイオンであるが、ルシアのそれだけは避けず、警戒しないものとずっと前からの流れであった。

だから、イオンは割合、ルシアの唐突な攻撃には純粋に驚くのである。

それでも、滅多に見せない顔ではあるのでルシアはここぞとばかりにもう一発、見舞わせたのだった。


「それで?外にカリストが居るというのはどういうことなの。きちんと説明しなさい。貴方、合流していたの?」


「あ、いえ、ここに来るまでにノックスさえ見つけられなかったんで正真正銘、誰とも顔を合わせていませんが、山の麓に」


ニカノール、落としますって!!というイオンの降参の声を聞いて、ルシアは三度目の拳を入れた後、やっと手を下ろして、イオンを見上げた。

一発、余計に追加したのはまぁ、おまけというやつである。

そもそも、この程度のことでバランスを崩すとも、(あまつさ)え背負ったニカノールを落とさすという失態を(おか)すとも思っていないからこその暴挙なのだ。

言葉自体に停止の能力はない。

ある意味、れっきとした信頼が見えた一件であったが、それを指摘するものはここには居なかったのであった。


追加まで喰らわせたルシアは素知らぬ顔でさっさと切り替えたかのようにイオンを問い詰める。

目はやはり口ほどもものを言うもので、何故、ここまで言わなかったのかと盛大に詰っていた。

それにイオンは(ほお)を掻きながら、斜め上を見上げ、答える。

きっと、紫水晶のことやらで後回しにしていたのを今になって、言ったに違いない。

言うタイミングを逃していたのだろうし、その中での最速を思えばルシアでも今であったので言葉や視線ほどには心境はイオンを責めるつもりはなかった。

けれども、イオンには気不味かったらしい。

吹っ切れたはずがまたばつの悪そうな顔に戻っていた。

ルシアは嘆息する。

そして、もう何でも良いから説明を優先、と告げて、イオンに先を(うなが)したのであった。


イオンがルシアに告げたのは確かに肯定ではなかった。

だがしかし、話を聞いていくうちにそれは全くの根拠をなしに言っているようではないことに気付く。

イオンはやはり、ルシアの予想通り、セルゲイの店へ寄ってからここに来たという。

そして、そこでセルゲイと会った。

彼からは他の名を聞かなかったらしいが、そこに女騎士とノックスが残していっただろう印のようなものを見つけたらしい。


そして、極め付けがこの山に着いてから。

山に入ってすぐ、前回の時に付けた坑道への目印、その最初のものを結わえた木の枝に追加されて紐が結わえられていたのを見たという。

本来は取れやすい事情がない限りは無駄である為に重複して結わえることはない。

なのに、新しい紐がそこにあった。

知る者だけが同じく知る者に向けたメッセージだとイオンは受け取った。


では、誰がそれを残したのか。

女騎士ではない。

彼女は深山には来たことがないはずだ。

ルシアたちでも、ないだろう。

追われている身、怪我人と非戦闘員、見やすいように高い位置の枝、そんな時間のかかることをすべきではないし、セルゲイのところにも情報を落としてきているルシアたちにはそう旨味がない。


ならば、後はノックスか、王子たちか。

果たして、それは悩む必要がなかった。

そこに結わえられた紐は()()だったからである。

つまりはノックスと王子たち、どちらもが残したという証拠。

だから、イオンはどちらもこの山に既に来ているとしてた単独で突っ切ってきたのである。

かなり無理な進み方の上、目印通りに進むというよりは直線で目指したのでどうやら、王子たちを途中で抜かしてきたようだった。

それでも、ここまで到着が遅れている理由を思えば、入ることを躊躇(ちゅうちょ)しているのか、それとも。


それがイオンが彼らが外で交戦中だろうと読んだ理由である。

入ることを躊躇(ためら)っていたのだとしても、これだけの時間があれば追手と遭遇しているはずだからだ。

何せ、無駄に数が多いので。

本当に何処から集めてきたものやら。

まぁ実際、その通りである。

ただ、この深山に入る前に合流していたノックスと王子たちが別々に印を残したのはどちらもがこの山に集結している、ということを分かりやすくする為の配慮である。

その辺りの頭は回る頭脳の持ち主なので。


「――分かった。今は、良いわ。取り敢えず、目的はこれで定まった」


イオンの話を一通り聞いた後、ルシアは強引にそれらをひっくるめて呑み込んだ。

言いたいことはそれこそ山のようにあるが、それを言うべき状況ではないし、遅かれ早かれその情報が入った、という事実だけでも十分、有り(がた)いことなのだから。

ほんの少しだけ青筋が残ってはいたけれど、ルシアは何も言わずに前を向いた。

わざわざ口に出して宣言したそれにミアがきょとんとする。

それを見たルシアは思わず、不敵に笑いかけた。


「外へ、出るわ。彼らと合流する。それが私たちのやるべきことよ」


まぁ、当初通りで何も変わらないのだが。

そんなことを思いながらも、足場を固めるかのようにルシアは堂々と告げたのだった。

そうして、踏み締めた次の一歩は文字通り、足取り確かなものであった。


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