650.吞み込まれたそれらは(後編)
『......実は、取れなくなっちゃったんですよね』
『......』
『え!?』
何から、とはイオンは言わない。
けれども、ルシアは追求しない程度には次の展開が読めていた。
本来なら、普通なら考えられないことだけれども、そういうことなのだろう、と。
だから、黙して待つのは答えが分からないからではない。
イオンの口から、自分自身で言わせる為である。
おたおたと視線を彷徨わせているミアには悪いが、今は置いておく。
ルシアの鋭い視線を注がれ続けたイオンはついに耐え切れなくなったのか、漸う再び口を開く。
『あの、ええと、最後に握り締めた時に何だか縮まったんであれ、と思って。ほら、石ですからそう簡単には潰れないでしょ。だから、可笑しいな、と。これでもし、潰していたら潰していたで問題だし、と思って、それで掌を開いたら――』
ニカノールをその背に背負いながらも器用に頬を掻きながら、虚空を見つめるイオンをルシアはじと、と見上げる。
身長差の関係で表情が上手く見えない。
けれども、ルシアは今、イオンがどのような顔をしているのか、容易に想像が付いた。
きっと、先程まで以上に子供っぽいばつの悪そうな顔をしているに違いない。
イオンがやらかした、際に見せる顔である。
そして、それは身内や自身に対してのことに関わるものに限る。
と言うのも、他人相手にそのような隙だらけなことをしないし、隙だらけな顔を晒さないし、そもそもそれで相手が被害を被ってもイオンや身内に不利益が生じることはまずないのでけろりとしているし、でまぁ、要するにかなり性質の悪い時に見せる顔ということである。
『――埋まっていたと?』
『あー、えー、まぁ、はい』
言い淀んでいる分、捕まえやすかった言葉尻を先に口にしてやれば、イオンはかなり唸った後に諦めたようにこくんと首肯した。
どうせ、返答は変わらないというのに往生際の悪いこと。
ルシアは嘆息した。
因みに額の部分は何故か手の甲を貫通して落ちました、とあの刻まれた文字のあるアンティーク調のブローチの台座をへらりと取り出して見せるものだから、さらにため息は深まった。
そうして、吐き出す言葉は一つである。
『馬鹿なの?』
率直且つ端的な一言、心底、呆れ返った声音でのとても容赦のない言葉だったと記しておこう。
イオンはそれにどんな顔をして良いのか、分からないと言った様子でやっぱりへらりと笑い、ルシアに手招き、屈んだ末の頭を叩かれたのであった。
「――手を見せて」
「ああ、はい」
さて、回想終了。
そんなやりとりがあった訳でルシアは額に手をやって、暫しの間、頭痛が痛い、と言ったような顔でため息を吐いていたのだが、いつまでもそうしている訳にもいかないと頭を振って、まずは当面の問題を解決することにした。
この場合はそのイオンの掌に埋まってしまった紫水晶である。
ルシアが言えば、ブローチの台座を差し出していた手を引っ込めて、もう片方の手を差し出す。
確かに思い違いをしているのでなければ、イオンがブローチを乗せた、そして握り込んだ方の手である。
ニカノールを抱えてのことだったので、動作に手間がかかったものの、イオンはあっさりとその手を掌を上に大きく晒して、ルシアへ差し出した。
なので、ルシアは遠慮なく、それを覗き込んだ。
そこにあるのは確かにあの紫水晶で、申告通りにそれはイオンの掌に埋まっていた。
それでも、減り込んだ印象が少ないのは貼り付いているようにも見えるからだろう。
丁度、台座部分をイオンの掌に置き換えたかのような形だ。
イオンの言う縮んだように感じたというのはつまり、台座の部分ということか。
まるで、最初からそこにあったかのように鎮座するそれにルシアはほう、と息を吐いた。
なんともまぁ、不思議なことが起きるものだ。
今度はその手を取り、その宝石と掌の皮膚の境い目をなぞる。
少し擽ったいのか、イオンが身体を揺らすが、ルシアはその手を止めない。
指先に引っ掛かりを覚えなかった。
少し力を入れてみるもびくりともしない。
こんなところまでぴたりと添わせて、産まれ出でた時からそこにあったかのようだ。
たとえ、人の身体に宝石が生えることなど、普通は有り得ないとしても、である。
「感覚は、その他に問題点は、何か違和感は」
「えーと、掌にあるので物理的な違和感はとてもありますけど、それ以外は。石自体には何も感覚はないですし、そこから何かが供給されてる、なんてこともありませんね」
ルシアは触れながら、イオンへ三つほど問いかけた。
宛ら、問診のようなそれは意味合いとしては間違っていない。
言葉としては徹底的に足りないし、読み取り間違いの発生しやすい羅列であっただろう。
けれど、ルシアはそれでも良かった。
それはすぐに浮かんだ言葉を口にしただけで聞きたかったことの大元は今度の行動に問題があるか、ないかということだったので。
感覚、というのはその宝石の部分に感覚があるのか、ということである。
問題点は、違和感はというのも同じく、身体に何らかの変調を来してはいないのか、という問いかけであった。
元々、ルシアがその紫水晶について尋ねたのは竜玉と呼応するなら同種のものか、若しくはそれに準じるものではないのか、と思ったからだ。
それなら、代わりになるのではと軽い気持ちで問いかけたのだ。
まぁ、嫌な予感というものが本当は過っていたのかもしれないけれど。
兎も角、そんな可能性を持つものをこんな形であれ、取り込んで大丈夫なのか、ということだった。
固形で残っているからこそ、竜玉のエネルギーを取り込んだニカノールとは別の意味で恐ろしい。
しかし、イオンは淡々と所感で答える。
触れることを止められなかったことから予想をしていたが今のところ、表面化される問題はないらしい。
あまりに見当違いなことに苦笑いするイオンを見て、ルシアはほんの少し呆れ、ひっそりと安堵し、それからひとまずは納得することにしたのだった。




