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646.そのトリガーは(中編)


ルシアは手を伸ばす。

イオンが自分に向けて、そうしてくれたように。

光を遮る為に腕を持ち上げて(かざ)すことも放棄して。

(もっと)も、庇ったところでこの光量なのだから、意味がなかっただろうけれど。


ルシアは白い世界で、その伸ばした指先すらも見えない真白の中で宙を搔いた。

目測量は咄嗟であればあるほど、誤差が生じてしまうもの。

それでも、ルシアはイオンへと手を伸ばし、そうして指先に掠めた何かを俊敏に感じ取って、手を一つ分ほどその奥へ。

今度が明確に何かに触れる。

ルシアはそれがイオンだということも全く分からなかったが、必死にそれを掴んだ。

これは竜玉の放った光が空間全てを埋め尽くしたその一瞬の間に行われたことであった。


イオンが触れたことで発された強烈な光。

それは長々とは続かずに一気に集束した。

後になって思えば、たった一瞬の出来事だったと言える。

ただ、当のルシアたちはあまりのことにお互いの安否を優先し、それを考える余裕はなかったのだが。

まるで、先程までの脈動も含めて、全てをその球体の中に押し込め直したかのようにその点滅さえも止んでいる。

それは当初の(ほの)かな輝きだけを残してそこにあった。


「な、に...」


この言葉を何度繰り返しただろうか、というその言葉をルシアは無意識に呟いた。

だって、今回のそれは本当に何に反応を示したのか、全く分からなかった。

発動条件が定かではない以上、過信はしていないし、警戒をしていなかった訳ではない。

けれども、このタイミングだった意味が分からない。

ルシアの意思に反応したようだった先程も、前回のそれも何らかの事柄に誘因されたのだろうという印象が強かったのに。


今回のそれはただ、ルシアがイオンへ手渡した――否、イオンがそれに触れたことだけだ。

意思を示した者が触れることが条件なのか。

でも、それならば前回の辻褄が合わなくなり、破綻する。

ひょっとして、そこもイレギュラーだったりするのだろうか。

もし、そうならもう手に負えない。


ルシアはぐるり、ぐるりと回る思考を只管(ひたすら)に回転数が落ちぬように維持しながら、視線は竜玉に固定していた。

イオンに手渡す時、ルシアはそれをイオンの差し出した(てのひら)の上に落とすようにして差し出した。

その為に現在はイオンの手の中にそれはあった。

比較的、光の弱まったそれは直視が出来る。

見目は最初に泉の中で掴んだそれを変わらない。

それが嵐の前の静けさのような前兆のようで何処か恐ろしい。


「イオン、やっぱりそれはこちらに――」


ルシアはふむ、と考えて一度、その竜玉を回収しようとした。

イオンが触れたという異例の発光。

それによって何かが起こされた様子はまだ見られないが、何が起きるか分からない。

それはルシアでも同じだが、ルシアとしては自分の時のそれは意思の呼応だと、それこそ本能的な部分が感じ取り、告げていた。

それもまた、過信すべきではないことではあるが、ただ触れただけで発光に至ったという事実を前にイオンに持たせておくよりは自分が持っていた方が良いと判断したのである。

勿論、それでもイオンが渋い顔をするだろうことは承知の上で、ルシアは今度はこちらが強引に出る番だとばかりに挑むような瞳を言葉と共にイオンへ向けようとして――それは途中で中断されることとなった。


「ル、ルシアさん...?どうされたんですか、あの、イオンさん――」


それは見上げた先のイオンの顔が思案顔でもなければ、眉を(ひそ)めた強張った顔でも、ルシアがそう発言するだろうと予想して渋い顔をしている訳でもなかったからだ。

横では不自然に声を途切れさせたルシアにやっと視界が晴れたらしいミアがおろおろと声をかける。

その過程で彼女もまた、イオンに振り返り、声を途切れさせた。

ルシアから見れば、どちらも正面のことである。

ミアが軽く目を見開いたのがよく見えた。


ルシアとミア、二人の少女の言葉を失くさせたその張本人イオンはただただ呆然と、己れの手の中を、その竜玉を眺めていた。

無表情、というには何処か幼げな無防備な顔だった。

イオンが人前でまず(さら)すことのない顔である。

それなのに、イオンはそれを晒して、(あまつさ)え立て直すことも取り(つくろ)うこともなく、尚も竜玉を注視していた。


まるで、それしか知らぬようなそんな顔、とでも形容しようか。

兎も角、イオンは一向に動きもしなければ、ルシアの声掛けにもミアの声掛けにも反応を示さなかった。

普段ならば、断りの言葉でも何でも軽い返答は返しているというのにだ。

それすらもない。

ルシアはいよいよ、眉を盛大に(ひそ)めた。

(いぶか)しげに見るだけだった視線を、(まなじり)を吊り上げる。


「イオン!」


果たして、イオンは竜玉に魅了でもされてしまったのか。

そうだったら承知しない。

ルシアはそんな心地でイオンの名を鋭く呼んだ。

そして、そのままイオンの腕を掴んでいた最後に一度、ぎゅっと握った後に手を離して、上へ向かって持ち上げる。

その行き着く先はイオンの(ほお)だ。

触れて感じたのは常から人より少し低めのイオンの体温。

冷え切っているようで、さらに低温となってしまっていて、まるで石像。


「――」


「――ん?」


ルシアがその小さな掌で精一杯、イオンの頬を包み、添わせたところでイオンが二度目の発光後、初めて何かを呟いた。

ぼそりと溢されたそれはずい、と身を乗り出すようにしていたルシアでも音を拾えないほどもので掌に伝わる振動を(わず)かに感知したルシアは素直に首を(かし)げる。

注視していた為にほんの少しの動きであったが、()()()()()()()()()()()とルシアは思った。

それが何かまでは分からなかったが。


「イオン」


もう一度、声をかける。

一度目より幾分、(やわ)い。

それはルシアなりの予告であった。

何を聞くにしても、顔を見なければ、表情を読まなければ、今のイオンから情報を得るのは難しい。

そう判断したルシアは頬に添えた手に力を入れて、竜玉に落ちて、表情の(うかが)いづらい顔を上げさせようとしたのだ。


だが、次の瞬間にルシアは再び固まる。

ぴたり、とまるで石像になったかのように目を見開くことすらも忘れたようにただただ固まる。

目が、合った。

イオンと目が合った。

自ら強引に顔を上げさせておいて何を当然なことを、と思うかもしれないが、それが唯一にして最大の要因であった。


(きら)めくアメトリンがそこにあった。

波打つような揺らめきを宿すアメトリンがそこにあった。

オーロラのように移ろいからこそ美しいと称されるようなグラデーションと目が合った。

一瞬、それが目だと、瞳だと、眼球だとルシアは認識出来なかった。

今までに一体、どれほど見てきたか分からない旧知の瞳であると言うのに。


普段から美しいものだと思っていた。

イオンの瞳はルシアにとってはそういうものだった。

けれど、ここにあったのはさらに数段上の代物だった。

魅了の魔眼なんていうものがあればこんな風だろうか、と思うくらいには惹き付ける生き物の持つものとは思えない輝き。

それでいて、無機質とも違う。

言わば、()()()()()


「――お嬢」


「!なに、...っ」


唐突に降ってきた声にルシアはびくりと肩を跳ねさせた。

そのくらいには思考が他に回っていなかった。

ルシアは反射的に受け答えて、どぎまぎしながらようやっとイオンと目を合わせる。

それを待っていたかのように、イオンは唇を再び押し開く。


「ニカノールを、助けられるかもしれません」


アメトリンが一層、輝く。

静かに告げられたその声だけがしん、と空間に溶けていったのであった。


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