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61.名のある六番目と名のない九番目(後編)


「...何故、貴方がここに?」


「...今回の件では貴女様からの依頼も含め、少々思うところがありましたので。こちらでも調べさせていただきました」


ルシアはオスカルへ尋ねる。

返ってきた淡々とした返事はやはりノーチェを介して、手紙でやり取りしていた人だと感じられた。

理知的で無駄を(いと)いそうというか、たった一言二言でとても効率至上主義の香りがする。


オスカル、ノーチェ、そしてノベナ。

今、ここに揃う彼ら三人は間違いなく、我が国の王宮へ仕えている密偵であり、番号(ナンバー)持ちの三人だ。

つまり、同郷出身。

ノーチェこそ、今は王子の側近としてあるものの、全員が国王直属諜報部隊に所属していた。


...ああ、ノベナだけ名前がないのね。

ルシアはふと、思い至って眉を下げた。

オスカルもノーチェも含め、番号持ちに数字以外の呼び名がないことはノベナを調べるにあたってオスカルから手紙で聞いていた。

ただ、オスカルとノーチェは王宮で各自の今の仕事に就いた際に、前者は国王から後者は王子から名前を授かったと言う。

どちらも己が主に名をもらったのだ。


しかし、ノベナに関しては諜報部隊の一隊員でしかなかった為か、名前がない、とのことだった。

ああ、でも、とルシアは繰り返す人生の中で王子か、ミアに名前をもらったこともあるのかもしれない、と想像した。

あまり気軽にこの話を振って良いのか難しいところだけど聞けば、ノベナは答えてくれるだろうか。


「あら、そうでしたの。けれど丁度、動けなくて困っていましたの。来てくださって、とても助かりましたわ」


ルシアがオスカルではなく、ノーチェに視線を合わせたまま言い放つ。

その視線に篭められた意味合いは正しく伝わったらしく、ノーチェはきまり悪そうな顔をする。


「例のお願いについてもわたくしの我儘を聞いていただいたことに感謝を。少し、想定外ではありましたけれど、あれはとても役に立ちましたわ」


「――いいえ、私は貴女様の指示に従っただけに過ぎません。...しかし、本当によろしいのでしょうか。貴女様はその我儘でここで始末しておけば、起こらずに済んだはずの起こり得る全ての責任を負う覚悟がおありで?」


ノーチェによって上半身を起こされたルシアはこちらを見据えるオスカルの瞳を見返した。

真っ直ぐ射貫くような眼差(まなざ)しが問うのが何かを読み間違えるルシアではない。


「ええ、全てはわたくしの言い出したこと。何度も申しますけれど、これはわたくしの我儘なのです。その我儘を通す為の覚悟があるのか、などと今更とも言える無粋な問いをしなくともわたくしは宣言しましょう。覚悟などとうに出来ておりますわ。けれど、それにわたくしの命を懸けるとは申しません。だって、そんな状態には決して致しませんもの」


オスカルが聞いたのは本来であれば、罪人となるノベナを身の内に入れること。

一度、腐った果実は新鮮には戻れない。

腐ったものがあれば、他も(いた)む。

それでも彼を腹の内に収めるのか、とルシアに聞いている。

一滴でも毒が入ったワインは毒か?というように、腹の中で広がるかもしれない毒の一滴を飲む覚悟はあるのか、と。


そんなの最初に交渉した時に腹を(くく)っているに決まっている。

それにもう、彼は毒じゃないと知ったから。

だから、ルシアはボロボロの全身に残る最後の体力を総動員して、口角を持ち上げてみせた。

自信満々に、余裕綽々に見えるように。

ただし、灰の瞳には覚悟が本物であると示す高温の炎を宿らせて。


「...然様でございますか。では、そのように私の心に留めておきましょう」


「ええ、そうしてくださいな」


瞳を一度、伏せたオスカルは次の瞬間にはもう、射貫くような瞳から何も感じない、きっといつもの彼の瞳へと戻っていた。

ルシアの言い分に一応は納得してくれたらしい。

少なくとも、覚悟はあるのだと。

...もし、覚悟なく資格なしと判断したらどうするつもりだったんだろうか。


彼は一介の密偵ではなく、暗殺者の技術も持っている上に諜報部隊長を(つと)めるような人だ。

他の密偵でもここに居る同じ番号持ちである二人でもなく、彼が(おさ)に選ばれているあたり、実力と手腕は相当なものなのだろう。

彼なら裏を悟らせずに迅速に始末してしまうのは容易(たやす)いことだろう。

そして、きっとそれは一見して事故にしか、見えないはずだ。

調べたところでルシアでは何も出てこないに違いない。

おお、怖い怖い。


「ノーチェ、貴方が何処まで掴んでいるのか知らないのだけれど、ノベナは既にわたくしの預かりになったのよ。わたくしがカリスト様へ説明するまで手出しは無用だわ」


「...承知、致しました」


ルシアはもう、オスカルは大丈夫だと判断して、ノーチェに視線をもう一度、向け直した。

そうして、自分より身分が上の二人の会話だったからか、割り込みはしなかったものの、(いま)だに納得いかなそうな顔をしているノーチェに釘を刺した。

ノーチェは暫くルシアの目を、意思を、真意を確認しようとするかのように覗き込んでいたが、やがてため息と共に(うなず)いた。

さすがに4年に渡る付き合いだ、ルシアが言い出したら聞かないのをよく知っている。


「...では、皆と合流致しましょうか。ノーチェ、カリスト様は今、何処にいらっしゃるの」


「殿下なら離宮の離れにあたる建物に。真北の、この離宮の敷地内でも最も外れにある現在、使用不可となっている建て直し予定のあれです。...丁度、今頃、黒幕の――伯爵と対峙しているころじゃないですかね」


淡々と情報を述べながら、最後に少し思案気味に首を(かし)げながら、所感を語ったノーチェはそんなことを教えてくれる。

ああ、そうか。

王子たちはそちらにもちゃんと気付けたらしい、良かった。

けれど、そっちに居るのなら、最早、離宮に近いここから王子たちと合流するのは大変だ。


「...そう。――ねぇ、ノーチェ。貴方であれば、わたくしが何と言うか、分かるわね?」


「...あー、はいはい。喜んで殿下の元まで運ばせていただきますとも。テルセーラ、戦力から外れるが良いか」


ノーチェはげ、とあからさまに顔を(しか)めた後、(なか)ば投げ遣りに心得たとばかりに答えて、ルシアの身体を支えていただけだった腕を今度はルシアの身体の隙間に差し入れて抱き上げる。

決して、体格が良い訳ではないノーチェだが、密偵として(きた)えている彼には(よわい)10歳の少女など、簡単に持ち上げられた。

そうして、ノーチェはしっかりとルシアを抱えて直しながら、オスカルへ向けて、真剣な声で告げる。

オスカルはそれを最初から分かっていたように視線だけで返す。


確かに抱えながらは戦えないから、必然的にノーチェは戦力外だ。

けれど、ルシアが動けない上に自力で掴まることすら以上、背負うことも出来ず、結局は誰かが抱えなければならない。

必然的に一人は戦力外になるは変わらない。

...ごめんなさいね、動けないくらいの怪我をして。

まだ逃げるくらい動ければ、せめて掴まれる程度の体力があれば、彼らの手を塞がない方法もあるんだけど。


とはいえ、もう終局である。

伯爵が用意していたであろう敵もほとんど一掃されているだろうから然程、危険はないはずだ。

ノーチェ一人くらい、戦力外でも大丈夫だろう。

第一、ノベナだけでも充分、過剰戦力な気もするし、判断材料になるほど彼の実力を見た訳ではないがオスカルはその上をいくのだろうとは想像出来るし。


「ごめんなさいね。オスカル、頼みました。勿論、ノベナ。貴方も付いて来てくれるわね」


「ええ、お任せください」


「...僕に拒否権はない」


顔だけ向けてノーチェに重ねて頼み、ノベナにも声をかける。

にこやかに(こうべ)を垂れて、了承するオスカルに対して、ノベナは否定的な言い回しをしたが、ルシアはそれが了承であると取る。

これは単純に彼の責任を持っている以上はルシアがノベナを監視すべきであるからの言葉である。

ノベナに関してはルシア預かりになっていることを周囲に示すには傍に置く他ない。


そうでなければ、所在不明の先程まで確かに敵側だった者が野放しなど、誰も見逃しはしないからストッパーとなるルシアもオスカルも居なければ、今度こそ、ノーチェのような問答無用の攻撃にノベナは沈むことになるだろう。

確かにノベナは強いが、いくら何でも多勢に無勢では勝てない。

それでは、ここまで頑張った意味がなくなってしまう。


「では、行きましょう。カリスト様の元へ」


ルシアはの号令で番号持ちの三人は歩き始めた。

ルシアはこちらの怪我に響かないように歩いてくれているのだろう振動の少ない揺れに身を任せながら、意識を飛ばさないように気を付けながら、目を伏せた。

そうして、ルシアはあれだけ戻らない、と誓った離れの建物へと向かうのだった。


長々とルシアとノベナにお付き合いくださりありがとうございました。

次話からしばらく出番のなかったカリストがやっと登場します。

とりあえず次話にて今回の事件は終了の予定です。

それ以降はまた、カリストの出番がぐっと減りそうではありますが、また出番が増えるまでルシアの無双っぷりを楽しんでいただけたら幸いです。

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