628.いざ、行かんとするその勇気
「それじゃあ、まずは真っ直ぐ直行する?」
綺麗な絶景を前にそれに一切触れることなく、全く美しいものを見ているとは思えない目で眺めながら、そう提案するのは藤の瞳の青年である。
きょろり、と見渡し、窺い見ながら、隣の少女へ振り向き、視線を落として、何とはなしの提案をする。
そう、いつだって提案する時、最初の一言はそんな軽々しいものなのだ。
何たって、何一つ決まってはいないんだから。
決まってないなら、まずは大まかに方針を定めるだろう。
そして、それがあまりに細か過ぎれば、今度は融通が利かなくなって、それ以上、他を考えられなくなるから、このくらいの大雑把が丁度良いのだ。
そうして、そこから肯定やら否定やらが飛び交って、もう少し具体的な道になってくる。
そこまで来たら、やっとその輪郭を見やすいものにする為にカチッと定めてやって、肉付けしてやって、最後に深みを出す為の細部の装飾と味付けで策戦というものは出来上がるのだ。
どんなものだって、過程は同じである。
ただ、大味で素の味を活かすでもなく、露呈させるならくだらない出来上がりになるだろうし、緻密に味の嚙み合わせまで計算すれば、国中を巻き込んだような大騒動だって起こせるだろう。
それが不味かろうが、上手かろうが、根本的なところは一緒である。
作り手が誰で、何処まで凝っているのか、そしてターゲットは誰なのか、規模は、伝手は、それにかけられる予算に道具は、要はそれだけのこと。
だから、どれだけ重要なことだろうと最初はこんな何とはなしの、ほんの少しはそう思った理由があるくらいの、却下されたって別段、腹も立てないようなことから始まるのである。
「...うーん、そうね。確かに一番、調べたい場所ではあるのだけれど。一番、何かが起こるとしたらやっぱり、あの中央でしょう。それなら、周りから調べるのもありだと思うわ」
そして、それに対する銀の髪を揺らす少女の返答は同じくまだまだ輪郭さえ出来ていないような曖昧なもの。
だけども、そこから形をするように肯定をして、否定をする。
そうして、自分の意見を吐き出していく。
「えと、じゃあ、周囲の見えてるところから、周りますか...?」
「どちらかというと見えづらいところから、ね。見えていないところに何かあって、それに背後を取られる方が怖いでしょう。それなら、見えている部分を後回しにした方が良いわ」
次に会話に加わったのはこういったことに不慣れなのか、遠慮がちに眉を下げる蜂蜜をとろりと溶かし込んだ双眸の乙女である。
一つ前の少女の発言を汲んで、それならこうするのか、と形を定める為の一歩を施す道筋を作る。
これも十分に大事なことだ。
話を進めるのにも、形を作っていくのにも。
そして、それにもう一人の銀の少女が冷静に返す。
合理的な判断でそう返す。
説明されれば、蜂蜜の少女も確かにその通りだ、と目から鱗が落ちるような顔をした後、首を縦に振った。
じゃあ、その中で何処から。
それなら、近くて見えていない壁側が良い。
その次は。
時計回りに行こう。
ここから見えている場所は。
見えづらい場所を済ませたらすぐに。
中央は。
最後にしよう。
ぽんぽんと、本当に彼ら、彼女らにとって、大事な大事な事柄を決めているとは思えない速度で会話は進み、次々にと決まっていく。
輪郭だって早くも見えてきた。
後は空いた細部を埋めるだけ。
言葉が交わされるごとに決まる、否定されてもその言葉で決まり、それですら決まらなくても妥協案や良いとこ取りで二、三回のやり取りで決まる。
まぁ、それこそが話し合いというものである。
これは策戦会議という名の三人の話し合いであったのだ。
ーーーーー
「――なら、それで決まりね」
そう言ったのは銀の少女――ルシアである。
やっぱり、こういう時、纏めてしまうのは癖づいてしまっているのか、誰に何を言われずともそうしていた。
それは勿論、今の締め括りだけではなく、策戦会議の最中でもそうだった。
会話を先導し、自分の意見も頻繁に出しながらも二人の言い分を簡単にして汲み取りやすく、そして反映させやすく砕いていたのだ、ルシアは。
とはいえ、本人は自分の中で話の整理を付ける為にもごちゃごちゃと訳の分からぬ方へと脱線していかない為にもしていたことでほとんど無意識、苦にも思っていやしない。
この洞穴に入ってきた時と全く同じように意思表示をしやったルシアたちは話し合いに移行した。
ただ、あの時のより刻一刻と迫る敵の気配がないのでその分は悠長である。
まぁ、ルシアとニカノールは気配がまだ届いていないだけで付近には、少なくとも、この洞穴は発見されて追ってきているのだろう、と思っているのだけども。
しかし、それをわざわざ確認する必要もなければ、敢えてミアを怖がらせる必要もないと判断している。
少なくとも、気配が届かないうちは安全だと踏んでいるからのことだった。
そうでなければ、もっと分かりやすくピリピリしているだろう、それこそあの一か八かの時のように。
さて、そんな感じで始まった話し合い。
決着が着いたのは三人がこの洞穴の端に着いて、話し始めてからそう経っていないくらいでそれだけとんとん拍子に決まったことを指していた。
かと言って、適当に決めた訳ではない。
一応の理由は持ち合わせている。
根拠はほとんどないけれど。
強いて言うなら、セオリーを踏んだというくらいか。
まぁ、全てを簡単に箇条書きして簡略化して、本当にシンプルに何が一番、起きると嫌で、何を優先したいか、それだけで作り上げた策戦である。
でも、理に適っている。
「外周から。最初はこの洞穴の脇、壁側、見えないところ。それから時計回りに見えているところ。徐々に中心へ」
並べ立てるようなそれは正しく箇条書きのそれだ。
だけども、ルシアの紡ぐそれに藤の青年と蜂蜜の少女――ニカノールとミアはこくんと頷いた。
先程まで話し合って、決めていたことなのだ。
今の最終確認であって、否定する段階はとうに過ぎている。
だって、これは可決されたことなのだ。
「――準備は良い?」
「うん」
「はい、行けます!」
気合い十分、気負いもない。
恐怖もなければ、惚けてもいない。
丁度良い塩梅で凛と背筋を伸ばす。
呼びかける言葉もそれに対する返答も。
今からあれだけ躊躇ったその場所へ踏み込もうというのに随分と軽やかだ。
でも、それが良い。
そうして、三人はすい、と持ち上げた足を前へ出す。
揃って、遠慮なしに出されたそれの行き着く先は今居る場所と同じく草木一つ生えていやしないのに息づく、輝かしい青の世界。
ただし、いやに慎重に間違っても大事を引き当てないようにもそれは下ろされる。
顔にはどうしたって、緊張が走って硬かった。
だけども、態度だけは自信満々に、瞳だけは真っ直ぐな色を宿らせる。
こうして、ルシアたちはその神秘的な場所へと踏み込んだのであったのだった。




