627.やれることがそれだけなら(後編)
「......」
沈黙が落ちるのはある意味、予想通りであった。
時間がないとは言えど、簡単に答えられる事柄ではないだろうと思ったからである。
実際にミアとニカノールは困ったように口を閉ざしたまま、視線を彷徨わせた。
ルシアはそれを真っ直ぐに見やる。
逸らしも催促もしないのはその必要がないからだ。
そんなことしなくとも、最終的に紡ぐ言葉は決まっている。
そして、それはルシア自身だけでなく、ミアもニカノールも分かっているのだとその表情からもよくよく伝わっていたからだ。
そう、自分たちには進む、以外に出来ることはない。
選択肢はない。
立ち往生も退却も出来ぬならば。
勿論、それが正解かなんて分からないし、そんな確証があるから提案しているのでもない。
ただ、それしか出来ることがないというのなら。
実際の話、他に選択肢が一切、ないという訳ではないだろう。
それこそ、それをルシアたちが望むのか、どうかの話であって、若しくはルシアたちが気付けていない可能性というだけで。
だけども、ルシアは結局、自分はこうして、こう言っただろうとも思ったのはやっぱり、――ここにミアが居るからだった。
ただただか弱いだけの少女。
危険極まりない中で最も足手纏いな女の子。
そして、こんなところに居るべきではないヒロイン様。
主人公の帰りを待って、優しく迎え入れる愛らしい乙女。
それがどうして、こんな戦いの起こっているその最中で、こんないつ何が起きるかも分からない場所で敵が迫っているような場所でその姿を晒しているのか。
ルシアはその過程を全て知っている。
この街で何も始まっていないあの時に出会って、ひょんなことから協力を得ることになったあの日から、共に居たのだから知っている。
芯のある目をして、同行を申し出たあの瞬間を知っている。
とはいえ、それがどうしたんだ、と人は言うだろう。
そして、ルシアらしくない、とも言うだろう。
けれども、ルシアにとっては。
何より、ここにミアが居ること。
それが全ての後押しになっていたのだろうと。
結局、選択して進む舵を切っていたのは自分であって、彼女はそれに付いてきただけなのだと理解していても。
ただそれだけで、ミアが、ヒロインが悪役である自分に自らの意思で追従してくれているというだけで、何よりも頼もしいことではないだろうか。
頼りなさげに眉を下げるこの少女が居るだけで。
これは説明しようとすれば、王子にも話していない前世がどうの、という話からせねばならぬ上にそうであれ、と若しくはそうはなるな、と押し付けることにもなると思えば、絶対に口には出来ないことである。
現実だって、変わりはしない。
なるようにしか、ならない。
でも、真っ直ぐに視線を向けるのにも、そして悠然と笑んでみせるのにもその事柄はこんなにも自信を付けてくれるのに大いに役立つことだった。
また一つ理解できなかった自分を知る、その感覚をルシアは享受する。
ルシアから余程良い笑みを向けられたミアはその意味を理解出来ずに一つしかない選択肢を舌に乗せることさえも躊躇って浮かべた悲壮感すらも漂う顔をその全てを忘れたような間抜けたな顔できょとんと首を傾げていた。
そんな可愛らしい姿でさえもルシアの勢いを削ぐには物足りない。
ルシアが何日かけても見つけられなかった手掛かりを、ルシアが何日かけても開店してくれなかった店を、いとも簡単に辿り着いて、事を先に進めてしまう彼女を。
惑わしの小道も自力で抜けられなかっただろうミアを。
偶然が二度あっただけ、と切り捨てることも出来たけれど。
その二度が偶々、ルシアの不運な事項と重なっただけ、と言うことも出来たけれど。
それを正しく認めることは悪いことではない、とルシアは思えて。
確かにあれだけ奔走した結果を容易く手に入れる姿が小憎らしくない訳ではないけれど。
でも、それがあったからの今を、過去が積み上がって出来る現在を。
ルシアはそういうものであることを、知っているから。
だから、ルシアはどんなことでも過去を否定しない。
どれだけ恥と思うことであっても、不幸で思い出したくないと思ったとしても、それがなかったらどんなに良いだろうと考えたとしても、同じだけそれを破却する。
そして、今を生きる。
変えるというなら、今を、そして未来を望んで奔走する。
最早、自分が自分でないみたいにルシアは吸い寄せられるようにそれを悪手と知りながら何の準備もない状態でこの洞穴に飛び込んだことを。
そのくらいなら、一か八か物陰で敵をやり過ごした方が良いと理解して、帰らずの魔法に囚われる危険性を。
自ら敵の居る檻にオートロックだと知りながらも鍵を持たずに飛び込む所業だ、自殺行為だというそれも。
しかし、と進んできての今がある、と思えるから。
ミアの協力を得たこともここまで連れて来たことも存在そのものが背を押してくれると思う非現実的な感覚も。
自分の出来ないことを出来る者が居る。
それがか弱い少女だとしても、そうであるなら。
補うって言うのは悪くは、ないのだ。
だからこそ、ルシアは今も真っ直ぐで居られる、そう思えた。
漸く、二人の口が開き、音を吐く。
異口同音、ルシアが想像した通りのたった一つの選択肢だというその言葉。
それを紡ぐ二人にルシアは意図して勇気付けるように。
自分がしてもらったことを返すように笑みを浮かべて、その手を取ったのであった。
昨日はお騒がせしました、日付が変わるぎりぎりで何とか動けるようになりました。
いや、ほんとに脱臼はいやね。




