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623.輝くは、藤の花


「へ...?」


ルシアの問いかけにミアが素っ頓狂な声を上げる。

言葉の意味がよく理解出来なかったのだろう、きょとんと(またた)いて、首を(かし)げる。

そのまま、問い返さなかったのはあくまでルシアの視線がニカノールに向けられ、その問いもまた、同様にニカノールに対してかけられたものだということは理解したからであろう。

会話に割り込むのはあまり褒められたことではない。

また、それ以上にルシアの様子に、そしてニカノールの様子に口を挟んではならないと感じ取ったらしい。

ミアは思わず、溢してしまったらしい一音だけを置いて、その後は押し黙り、状況の行く末を見守ることにするようだった。


そんなミアの一通りを視界の端でちゃっかり納めていたルシアは何も言わずにそれを受け取ることにした。

今は目の前に集中すべき、とニカノールから視線を逸らさない。

そうして、ニカノールの返答を待つ。


『――これ、貴方が見たものかしら?』


ルシアがニカノールに差し向けたのはこのたった一言。

あまりにも言葉が足りないそれをミアは汲み取り損ねるのも無理はない。

これ、というのが、この光る鉱石であるのは理解出来る。

だが、あまりに脈絡なく発せられたその言葉はその唐突さだけでなく、ミアにとっては違和感があるようだ。

まぁ、確かにルシアのその言葉が何に基づいて発せられたのか、その根本を知らなければ、そう思うのも無理はない。

だって本来、こういった場面で尋ねるならば、ニカノールの自分たちでは気付くことの出来ない何かに気付いているような常ならぬ様子を見てのことならば、告げる言葉は見たものか、ではなく、知っているのか、と紡ぐだろう。

言い回しというものは案外、簡単に違いが出るものだ。

そして、人は言葉を交わす中で知らず(つちか)ってきた知識と感覚でその違和に気付く。


「......そう、だね。うん。これだ。あの日、見たのはこれ、だよ」


暫くの沈黙、邪魔をする音も聞こえてくることはなく、それはニカノールが破るまで続いた。

ルシアたちもこの洞穴に入ってから何度か枝分かれの道を進んできている為にどうやら、幸運なことに敵はこの洞穴に気付いたのだとしても、別の道を進んでいるらしい。

とはいえ、それも今、ルシアにとっては二の次のこと。


「――では、ここはあの坑道に繋がっているとみて、まず間違いないようね」


深呼吸の後にルシアは静かにそう口にした。

深くは聞かなかった。

聞かずとも、分かっていたからこその問いであり、ルシアの求めたのはニカノールの(うなず)き一つで、たったそれだけで良かったのだ。


「ええと、どういうことでしょうか?」


「ああ、ごめんなさい。勝手に話を進めていたわね」


やっと、口を挟むことが出来たらしい(いま)だによく分かっていない様子のミアの言葉にルシアはそちらを向いた。

彼女を置き去りにして、話をしていたことに関しての非をルシアは認めている。

だから、ルシアはぽつぽつと簡潔にミアへ先程の会話の意味を説明した。

ここはルシアたちの目指していたあの深山の坑道に繋がっているらしき場所であり、それを判明するに至ったこの鉱石の群れは遠き日の少年だったニカノールが彼の坑道で見たものと一致するということを。


ルシアは再び視線を脇へ、壁の光るそれへと向ける。

ミアにはそもそもの発端、竜玉探しに至った経緯とその竜玉の在りかの目ぼしい場所としてこの山を、そしてその坑道を指定し、それをひとまず前提として動いていた理由をニカノールが幼い頃に一度、それらしき宝玉を見たのがその場所であったと説明している。

だから、今のルシアの短い説明でもミアは必要なだけの事情の大枠は理解出来たらしい。

ああ、ここが、と感嘆混じりにミアも再び周囲へ視線を巡らせる。

――帰らずの魔法については、ほとんど何も言っていないからこそののんびりとした様子なのだろう。


そう、これが件の鉱石であり、その坑道へと繋がっているのだとしたら――ここにも帰らずの魔法がかかっている可能性が高い。

それが意味するのは、ルシアたちもここに囚われてしまった可能性がずっと高いということである。

今のルシアたちは何の準備も解決策も用意出来ぬまま、敵から逃れる為に飛び込んだ愚か者に他ならない。

その魔法をどうにかするすべを持ってさえもいなければ、その糸口すら見当が付かない。


「......ねぇ、ニカ」


「ルシアお嬢さん」


壁の一面を眺めながら、今後の展開を考えていたルシアはそっと視線を引き戻して、ニカノールへ声をかける。

問いかけた時よりも気遣うようなそれ。

先程はどうしても証言を得る為に問わねばならなかった。

このような状況なのだ、確定事項は多いに越したことはないし、ほぼ確信を持っていたとしても詳らかに出来るものはしていた方が後々、こじれることもないものだ。

勿論、実際にそうなるとは限らないけれど、ほんの些細なことで取り返しのつかないボタンの掛け違いを起こすのだから、その要因を作ってはならない。


けれども、ルシアはニカノールのことを(ないがし)ろにしたい訳ではない。

だって、坑道に近付くというのは、この鉱石を一致するものだと証明するということはニカノールにとって、あの日を思い出す行為だ。

――今となっては生存すらも確認出来ない幼馴染との最後の冒険のあの日を。

自分が、行こうと言ったから始まったあの日のことを。


ルシアはニカノールの語る昔話を聞いて、竜玉探しに協力する理由を聞いて、ニカノールの意気込みとその覚悟は知っていた。

今までの間にもきっと、何度となく思い出して、鮮明に思い出して、復習してきたに違いない。

ルシアもそれを当てにするところはあったし、否定をせずにニカノールに手伝わせてきた。


それでも、ルシアはニカノールを。

ニカノールの心情を思うことがあった。

多分、きっとニカノールは。

あの日のことを、自分の発端で飛び込んだ坑道でのことを、居なくなった幼馴染のことを。

自分のせいだと思っているんじゃないか、と。

何もかもを自分のせいだと責めているんじゃ、ないかと。

そう、感じることがあったのだ。

その覚悟と事に当たるその姿勢に、その必死さに。


だから、ルシアは今更なことと思いながら、不用意に思い出させるような、その時のことを引き摺り出すような言い分になってしまったことに少しだけ呵責(かしゃく)を覚えていた。

だから、ニカノールに言葉をかけようとした。

慰め、という訳ではないけれど、何か元気付けるような、そんな言葉を。

しかし、何を言ったら良いのか、ルシアは言い倦ねて、言葉を途切れさせた。

それと言うのも、自分が何を言ったところで、と思ったこと、そしてそれが本当にニカノールの為になることなのか、自己満足なだけじゃないのか、と迷ってしまったからである。


だが、ルシアが尚も何かを告げようと口を開きかけた時、それを止めたのはニカノールであった。

ルシアはニカノールに先を譲る。

今は自分の言い分より、ニカノールの声を聞くべきだと思ったから。

わざわざ、それを口にはしない。

しないけれど、視線で先を促した。


「俺は、大丈夫。行こう、この先へ」


そうして、ニカノールが吐き出したのは強い意思の篭った言葉。

後悔なんて、自責なんて二の次というように前へと望む真っ直ぐな藤の色。

自信ありげに笑ったその顔を、覚悟の決まった人特有の輝く瞳を、ルシアはきっと忘れることはない。


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