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621.淡い地の星の海


「えと、これって、この石自体が光って......?」


「ええ、そうね。この、鉱石そのものが発光しているみたい」


近付くにつれ、はっきりと視界に映し出されるようになったそれが前方だけでなく、自分たちの真横にまでやってきたところでルシアたちは一度、足を止めた。

そうして、まじまじと壁の至るところに埋まっているそれを見渡した。

暗闇故に、そしてそれそのものが唯一の光源の為に、すぐ近くまでやってきても昼間や明かりの元で見るほどはっきりとはそれを見ることは出来ない。

けれど、どうやらそれらは一部が露出しているだけのようであるのは見て取れた。


まだ採掘されていない鉱石と言った出で立ちである。

とはいえ、それはきっとこんな光景なのだろう、とい漠然とした印象であって、ルシアが今までにその光景を実際に見たことがある訳でもなければ、見たところでここのようにその原石の形をしたそれらに気付くかというのも分からない話であるのだけど。

ルシアは本来のその光景というのは自分が思っているよりも地味で分かりやすく露出しているものではないと思っている。

見慣れた人しか、分からないようなものだと。

現実なんて、そんなもの。


だが今、ルシアたちの目の前にはまさに想像したままの光景が広がっていた。

鉱石が光っていることもあり、茫洋(ぼうよう)と全体を見渡す分にはこの黒一色で(ろく)に様子の(うかが)えないこの洞穴も何だかそれらしく見えたのだ。

ぼんやり淡い光もその周囲の岩肌くらいなら照らすことが出来るから、遠目からではまるで壁全体が輝いているようだった。

近付けば、ぽつぽつと夜空に散らばる星屑のようにばらばらと規則性も何もないものであると分かるが、それはそれで闇の中に鉱石だけがぼんやりと浮かび上がっているようで思わず、ほぅ、と息を吐いてしまうほどのものだった。


先程まで気丈にも震え、(おび)え、それを忘れようと懸命に進むミアさえ、それでも(わず)かに戦慄(わなな)いていたはずの唇がぽかんと開かれ、きょろきょろと同じく見開かれた瞳で周囲を見渡していた。

もう、そこに怯えは見えない。

今尚、暗闇の中に居るのだということをあの懸命な努力が何であったのかと思えるほどあっさり忘れてしまったようだ。

純粋な好奇心で無防備なさまを存分に(さら)して、ただただ溢した疑問に対して、ルシアは冷静に言葉を返す。

そんなルシアでさえも目を奪われたかのようにひたりと視線をそれらに釘付けていた。


人はこれを絶景と言うのだろう。

幸い、背後に敵の気配もなければ、彼らの持つであろう灯火(ともしび)の明かりが届いてくることもなく、たったそれだけが光るこの空間は(いわ)く、幻想的の一言だった。

淡い淡い、(かす)かとも言えるそれは暗闇の中だからこそ、一層に自己を主張し、主張し過ぎない。

この光景に一言だけで表すなら、優しい、と言うのではないだろうか、と淡い光同様にルシアはぼんやりと思いを()せる。


「なんの、鉱石なのかは分からないけれど...そういう性質を持った石なんでしょう。宝石の中にも光を発するものがあるわ」


「まぁ、そんな宝石が?」


ええ、あまり数が多くない上に割れやすくて、流通はほとんどしていないけれど、とルシアはミアの問い返しに鷹揚な(うなず)きを返した。

そうして、またまじまじとすぐ目と鼻の先にあるそれを見る。

ここにある鉱石はその種類のものであるのは間違いなさそうだ。

けれども、そのどれとも違うようだともルシアは判断する。


淡くとも、この場では光源足り得ているその存在はじっと見るにはチカチカと目を(くら)ませるのをルシアはほとんど抑制になりはしないと分かっていながら、瞬きだけで対処する。

これは暫くの間、視界にチラつくことになりそうだ。

一歩分、壁に近付き、それの一つを観察しながら、ルシアは思い出したかのように頭の引き出しに入っていた関連資料として結び付けられている知識を語った。

それはこの鉱石について、既存の知識と照らし合わせようとしてでのことであり、該当がないか探った結果であった。

ただし、近く抽象的なものしか思い浮かばずにルシアは目前の鉱石にあるかどうかも分からない名称をすっぱりと諦める。


すっと顔を上げれば、同じようにして鉱石を間近で眺めるミアの姿が見えた。

肩の力一つ入っていない様子は毅然として堂々としているのではなく、張っていた気が緩んだというのが正しい。

本当に無防備極まりない。

鉱石のお陰で薄っすらとではあるが、お互いが視認出来るようになったから、ルシアにはそんなミアの様子がよく見えていた。


ルシアは今度は道なりに前へ踏み出した。

ただ発光している以外は普通の鉱石のようだとひとまず、判断したからである。

幻想的な(またた)きが風景となって、背後へ流れていく。

あっという間に星空の世界へ入り込んでしまう。

それは本当に、星の海の中に一人、立っているようであった。


まだ壁伝いに進んだ方が良いけれど、手を触れていなくとも歩ける程度には明るい中を明かりがあることでちょっとだけ速度が上がった足で前へ。

眺めるように周囲に気を(くば)って、脳裏には感嘆以外の冷静な考察を。

とたとた、と数歩歩いた時だった。

ルシアが背後から聞こえてくる足音の数が一つ、足りないことに気付くのは。


はた、と気付いたルシアは背後を振り返った。

二歩ほど後ろの位置で周囲を見渡しながら歩いていたらしいミアが突然、立ち止まって振り向いたルシアに気付くのが遅れて、僅かに踏鞴(たらら)を踏み、きょとんと目を瞬かせているのが最初に視界に映り込む。

そうして、次に見えるのが丁度、星海の始まりの位置で呆然と立って、動かないニカノールであった。


「...もしかして」


いや、間違いなく。

つい零れた己れの言葉をルシアはすぐに打ち消した。

すぐに打ち消せるだけの事前情報がルシアにはあり、今のニカノールの心情もまた、全てではないがどんな種類のものであるのか、推測出来るくらいには予測がついたから。

今度こそ、引き出しから答えとなる該当情報を引っ張り出す。


「ねぇ、ニカ」


すっと指先を持ち上げながら、ルシアは静かにそうニカノールへ呼びかけた。

声量を抑えるつもりもないその声は洞穴の形状あってか、張っている訳でもないのによく響く。

そこで初めて、ニカノールは現実に引き摺り戻されたかのように肩を揺らし、瞬いた藤色だろう瞳がルシアの灰の瞳とかち合う。


ルシアは持ち上げた指を一つだけ立てて、真横の壁へと差し向けた。

視線はひたりとニカノールに固定されている。

だから、指す位置が案外、適当だ。

けれども、大雑把なそれでも何を指しているのかは分かるだろう。

この場で、指し示すものなど限られているのだから。

そして、それは適当に指し示したところで逸れないくらいにはそこら中に散りばめられている。


「――これ、貴方が見たものかしら?」


ニカノールの、そしてミアの意識がしっかりと自分へ伸ばされたことを肌で感じたところでルシアは小首を(かし)げながら、そう問い尋ねたのだった。

ルシアの脳裏にはニカノールから話を聞いたあの日の光景が、その音声と共に鮮やかな鮮度を持って、再生されていたのであった。


祝2年2カ月!!


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