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613.合流に向かい、

※引き続き、カリストの視点となります。

後半はイオンの視点です。



「――お前のお陰で助かった...って、もう居ないのか」


代わり映えしない入り組んだ迷路の小道を駆け足で抜け切って、開けた通りに出たところでほっと息を吐く。

絶え間なく、歩みを一度として止めずに動いたから出た息ではない。

体力面でそれを苦にする者はここに居ない。

全員が飄々(ひょうひょう)と、まだまだ余力を残している。

このくらいは何の影響にもならない者ばかりだ。


それでも、ほっとした息を吐いたのは心境などからくるものだろう。

半信半疑、どう見ても雲を掴むようなその行為。

暇がある時ならば良いが、緊急事態の最中である今、小鳥の案内に付いていくなんて、本当にそれで良いのかと辿り着くまでに何度も自問自答したに違いない。

斯くいう、カリストも確信を持ちながらも過信をしない性格故にここにきちんと着くまでは辿り着けない可能性も捨て切れずにいた。


しかし、カリストの確信めいた直感は外れることなく、フキョウの案内は正確に一度、引き受けたことはやはり、最後までやり通すとでも言うように裏通りまでカリストたちを導いたのであった。

まるで、最短距離を突き進んだと言われても信じられるくらいには遠回りをしたような感覚一つ抱かせることなく、辿り着くことが出来た。

前回、来た時とは違う出口。

けれども、裏通りに抜けたことは肌でも感じられ、見渡す周囲の様子からもそれは(うかが)える。


だから、カリストはすぐに上空を見上げて、ここまで連れてきてくれた小さな案内人に感謝を告げようとして、その姿が既に視界に映る範囲の空の何処にもないことを知る。

そうしたカリストの空を見上げるさまはまさしく、ルシアとミアが裏通りへと着いた際にした行動とほぼ同じと言って良いほどの一致を見せていた。

見上げる空も、そこに探す存在も同じである。

この時のカリストは知りもしないことだが、後にルシアから聞いてそれを知ることとなる。

一つ違うのは既に空にはその他の異物が存在しないことである。

ルシアたちが辛うじて見れたその去り際の姿すらカリストは捉えることが出来なかった。


どうやら、カリストたちが惑わしの小道を抜けたその瞬間にそのまま飛び去ってしまったらしい。

後ろ姿すらも見れなかったというのは、そういうことだろう。

忽然と消えたと言っても良いフキョウの鮮やか過ぎるまでのその去り様。

本当に大した徹底ぶりである。

それにも関わらず、その後ろ姿を見たルシアたちは(しば)しの会話をしてから空を見上げ、その姿を探したというのだから、つまりはほんの少しの間、少なくともカリストたちの時よりは長くそこに留まっていたこととなる。

とことん、ルシアだけは特別らしい。

これもまた、後から知ることだが。


それにしても、通じる通じないは別として、一言ならぬ一鳴きすらも残さずに去っていくとは。

もうここには用なんてないし、お前たちに構う必要性もない、と言わんばかりの素っ気無さだ。

何とも、あの小鳥らしいと思うのはルシアの話とたった短時間だけの接触だったが、そのほんの少しだけでもその気質を感じ取ってしまったからか。

そもそもフキョウは一体、何処に行ったのだろうか。

ここに居たくなかっただけかもしれないが、何か行かねばならない場所でもあるというのだろうか。

――どうして、あの惑わしの小道をいとも容易(たやす)く案内出来たのだろう。


「殿下」


「――ああ、ルシアが付いているなら十中八九、セルゲイの店だろう。すぐに向かおう」


何もない空を思案げに見上げて、既にない姿のその先を考えていたカリストはフォティアに呼びかけられて、すっと視線を引き下ろす。

この場では自分だけがそう呼ばれることの出来るたった二文字の固有名詞。

この場でなければ、自分個人だけの呼び名でも何でもないその呼びかけにそれでもそこに詰まった意味を、言外の言葉を瞬時に理解して、皆まで言われなかったことに対して、数個分の会話を飛ばして、返事を返す。

こちらも最短距離を突っ切った、そんな会話を繰り広げる。


(はた)から見れば、食い違っているのか、若しくはずれた会話をしているように聞こえるだろうこれはカリストたちにとってはそう珍しいことでもない。

現に慣れた様子でフォティアたちは返事をし、会話を終わらせて行動に移し始めている。

それは全員がそれなりに先を見通せるだけの知識と経験があるからこそ出来ることでもあった。


そうして、カリストたちは再び駆け出した。

今度は案内もない。

しかし、月の位置や立ち並ぶ家々や店舗の様子から裏通りの中でも大体の位置の見当を付けることは裏通りの地図さえも頭に叩き込んでいるカリストたちには可能なことだ。

迷いなく、最初は方角を絞って駆ける。

惑わされることはない為に気兼ねなく。

前回の訪問の際にも目的地であった向かう先のセルゲイの店へと武人ならでは体力や脚力を思う存分に唸らせて。

ただ、真っ直ぐに突き進んだのであった。



ーーーーー


「なら、お嬢たちは山の方へ行った、と」


血に塗れた板の床。

散乱するその赤はきっと、色が酸化でくすんでしまってももう、綺麗に取ることは出来ないだろう。


「......ああ。最後まで見届けた訳ではないが、方向からして間違いないだろう」


踏み荒らされて、泥汚れも酷い。

まるで、住人のことを一切、考えないような荒くれ者が大勢、好き勝手に土足で上がり込んで散らかしていったに違いない。


「怪我をしているのはニカノール?」


静かな夜の風が吹いた。

入口一つのこの室内において、その通り道は(おの)ずと絞られ、凝縮されたそれは(かたまり)となる。


「――ああ」


ギィ――、と風に押された扉の音が響く。

年季が入って古めかしいものの、開け閉めはそう苦労せずにあったそれは今や、蝶番(ちょうつがい)がいかれてしまったのか、ギィギィと(うるさ)く音を奏でる。


「じゃあ、俺もそっちに向かうんで」


――彼は、何の未練もない様子で背にしていた半開きの扉へとあっさりと身を(ひるがえ)した。

ここにはもう用はない、と何処かの小鳥を彷彿とさせる素っ気無さで。

引き留められたとしても、振り返らないその頑固さで。


「紫の」


背後から老爺の声がする。

いっそ、(おごそ)かと言っても良い低音で響くそれ。

紡がれたそれはこの街に来て、何度も耳にした色の名前。

最早、不可解過ぎて聞くだけで眉を(ひそ)めてしまうそれ。


「――加護があらんことを」


その言葉に何の意味があるのか、彼は確認しないまま、背後を一度として、振り返りもしないまま、真っ直ぐに禁足地とされた山へと足を向けたのであった。


時系列がめちゃくちゃです。

すみません。


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