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605.ある従者の一方、その頃(前編)

※今回はイオンの視点になっております。


紫と黄色。

補色であって、故に対象的なその二つの色を同時に納めた物珍しい一対の双眸(そうぼう)を、彼は遥か彼方(かなた)、宙へと向けて、放り投げた。

夜の(とばり)が落ちる中で橙色の灯りだけが確かな光源の中で対立する二色は緩やかに溶かされて、混ざり合う。

まるで、飴細工のようなその瞳は淡く淡く輝く。

まるで、それそのものに意思でも宿ったかのように。


見上げた空は青だ。

夜の紺青、藍の色。

(またた)く星だけが銀色に(いろど)る。

ここはスカラー、スターリの街。

だというのに、その色は自国を、そして彼には主人を思わせる。


「...あー、思ったより、時間がかかったなぁ」


ふぅ、と息を吐くように彼――イオンは顔を下ろした。

正面に視線を向け直せば、辺り周辺、地に伏せた(やから)が見える。

全て、イオンが叩きのめした敵である。

(うめ)き声も上がらないほどに容赦なく気絶させたもので、生きている人間がこれだけ集まっているというのに物音を立てられる意識がある者はイオン一人だけであった。

元々、静寂の落ちる街外れの道。

イオンもまた、無意識下で物音を最小限に抑える動きをする為に空気の揺れすら耳につく。


イオンはもう一つ、息を吐いてから壁に刺さった短剣を引き抜いた。

それはイオンの愛用しているものだった。

イオンの主であるルシアが王宮に入るようになった頃に持つようになったもので、お忍び中にルシアと共に選んだものである。

イオンはそれを大切に長らく愛用している。

故に使用頻度の為か、多少の傷などが年季の入った風体で新品のようにはいかないが、丁寧な手入れによって十分、良い質を保っている。


それを今回もイオンは使用していたのだが、戦闘の合間、ある瞬間に複数の敵を相手取る最中で後ろの敵を牽制する為に投擲(とうてき)したのであった。

大事に愛用している物。

とはいえ、戦闘中には何があるのか分からないものであるし、何より物は物。

いくら、大事であろうと使ってなんぼのそれを出し惜しみしてむざむざ命を危険に(さら)すのは愚の骨頂。

命あっての物種、というのは散々に主人から言い聞かされた言葉であった。


勿論、これがルシアの物ともなれば、また話は違ってくるが、あくまでこの短剣はイオンが個人的に大事にしている私物である。

そして、使用してこそのものである。

また、ある日から固い決意を胸に師事した自国の騎士団団長にも自分が死んでいては守れるものも守れないという思想を教わったので、イオンはそれがどれだけ大事なものであろうが、場合によっては最大限に活用したし、窮地には捨て石にするのも(いと)わなかった。


...普通はもう少し、躊躇(ためら)うものらしい。

その辺り、いっそ冷淡なほどイオンは割り切ることが出来た。

だから、割とこの短剣は丁寧な手入れとは裏腹に粗雑な扱いを何度となく受けて来た過去がある。

だが今日に至るまで、これが刃(こぼ)れ一つ知らないのは奇跡であって、多分、こうなることを予想出来たルシアが金に糸目を付けずに頑丈さを第一に選んだからなのだろう、とこうして危うく壊しかねない使用をしたその後にイオンは度々、思うのであった。


戦いの最中、イオンが投擲したその短剣は狙った通りに後方の敵の(ほお)を浅く切り裂いて、ぶすりとそのまた背後の石造りの家壁に深々と突き刺さったのである。

弾かれることが普通。

万が一、(わず)かに刺さったとて、斜めを向いただろうそれはそうしないうちに自重で地に落ち、音を立てるのが関の山だ。

しかして、イオンの投げた短剣はイオンが抜くまでそれはもう、見事に垂直してそこに突き刺さっていた。

ルシアがこの場に居たならば、どんな筋力だ、と呆れた目を寄越(よこ)したことであろう。

しかし、それと同等のことを言うものは居ない。

投擲で突き刺した時と同様にいとも簡単にそれを抜き払って、腰に差し直したことも。


今回もまた、刃毀れ一つない。

さすがに途中で回収する訳にもいかず、その後は別の武器やら肉弾戦を主に、時には敵の武器を奪って、やり通した。

それを成せるだけの力量をイオンは持っている。

ただ、その中でも特に短剣が馴染み良く、手加減にも使い勝手も良かったから普段使いしているのである。


イオンは周囲を、今度は情報を拾う為に見渡す。

途中から容赦なくぶん殴ったりしていたのでやはり、敵は起きる気配がない。

付随してか、赤色もあまり目立たないようだった。

落ちる敵、落ちる武器、そこに舞った砂埃も落ちる。

多勢に無勢にもあったもんで、移動しながら、戦場を移していったイオンは一本の道のようになったその痕跡を見る。

多分、きっと道沿いに歩けば、そこにも敵が落ちている。


そう、イオンは一人であった。

ここにルシアたちと別れた際、共に残ったノックスの姿はない。

しかし、それは別にノックスが動けない状態にある、という訳ではなかった。

ただ単純にお互いのやりやすさを考慮したやり取りを視線だけで交わした後に自ら別方向へと別れたのである。

要するに半分引き受けるから半分は頼んだ、というところ。


お互いの実力をよく知っていて且つ、縦横無尽に一人で立ち回る方が性に合っているということも知っているからこその戦法というほどでもない戦法だった。

無論、長年の付き合い分の連携は出来るし、ルシアのことになれば最大限に発揮されるが、それでも根本的なところは役割分担するきらいのある彼らは個々人で動くことが実は非常に多いのであった。

何だかんだ言って、同じ護衛、同じ主人に仕える仲間と言えども、従者に騎士に密偵、三者三様、違いがあるのは当然のこと。


だから、イオンは今、何処に居るか、どのような状況にあるのかも分からないノックスを然程、心配はしなかった。

自分にも倒せる敵が倒せないということはない、という信頼がそこにある。

特に戦闘に一番特化しているのは他でもないノックスである。

一対多数に秀でているのも。


「......もう、お嬢のところに向かっている頃合いだろうなぁ」


すっと細めた瞳でイオンは瞬時に現状を予測し、計算をしていく。

今、誰がどういう状況で何をしようと動いているか、そしてそれらを加味して自分はどうすべきか。

目下の問題を片付けたから、次の行動に移るのは当然で、その為に考えるのも当然である。


戦闘を終えたばかりのイオンは現状を把握出来るほどの情報をほとんど持ち合わせていない。

直近までの状況と自分の相手取った敵の様子、そしてルシアを筆頭に見知った者たちの行動予測だけで引き出せるだけの情報を引き出し、整理する。

その間にも周囲を見渡して、拾える情報がないかと見ていくのも忘れない。


「まぁ、ノックスとはそのうち合流出来るか」


思いの外、連携してきた上にイオンの取った舵の方向が悪かったのか、想定よりも多い増援、不規則な動きをする輩も居て、時間を食ってしまった分、全ての事象が先に進んでいる体でイオンは思考を巡らせていた。

幾つかの可能性を逡巡した後、イオンはぱっとそれらをあっさり手放すように肩を(すく)めて、そう発したのは切り替えの良さであり、ある意味、脳筋らしい清々しさである。

その都度、対応すれば良いという考えで、実際にそれで対応出来てしまっているだけの潜在能力があるだけ手に負えないのだが、イオンはそれを直すつもりは毛頭なかった。


しかし、イオンの呟きは決して何の考えもなしのもの、という訳でもない。

多少、楽観視が入っていないとも言えないが、こうした場合の足止めに残った誰もが敵から逃がしたルシアたちの元へ向かっているだろうことは明白なのである。

二手に別れた際、イオンが最後に見たノックスの向かった方向はルシアの向かった方とは別だった。

なので、寄り道しない限りは合流出来ない。

すれ違いになる可能性が高い上に分断後にどの方向に何処まで行ったか分からないので正確な位置も把握出来ていないし、尚も移動しているだろう。


あくまで知っているのは分断されたその瞬間に進んだ方向。

それなら、ルシアを逃がした方へ向かう方が良い。

その方向ならば、ノックスもイオンと同じ方向をそれと認識している。

ならば、その過程で合流出来る。


だから、イオンもまた、そうすれば良い。

元々、自分が別に動かなければならないような余程のことではない限り、イオンはそうするつもりであった為に抵抗はない。

何より、今までの経験がその行動を裏付けしていた。

故にそうすれば、自然と同じく行動しているだろうノックスとも合流できるだろうというのが先の発言の意図であった。


「さーて、お嬢は安全で居てくれると良いですけどねぇ」


イオンはあっけらかんとして、伸びをする。

ノックスに追い付くか、それともルシアの居る場所に着くが早いか。

そもそも、ルシアたち四人は一緒に居るだろうか、それとも。

行動を起こしつつ、イオンは予測を立てていく。

いくら、脳筋で割り切ったからとはいえ、考えることを完全に放棄する訳ではない。

思考を完全に止めること。

それは愚行である、とイオンは知っている。


どんなことにも対応するには前以て準備が要るもの。

それは必ずしも物、であるとは限らない。

心持ちだったり、予測による注意した行動だったり、そんなものも含まれる。

イオンが本当に()けているのは脳筋ながらにそれらを考える頭があるということ。

その上で野生の勘のようなもので察知し、瞬時に対応をしていく。


このようにイオンは決して、ルシアたち並みに思考を巡らせることが出来ない訳ではない。

ただ、同時進行で行動にも移すというだけで。

これで、熟慮をしていたならば、脳筋とはさすがのルシアも呼ばなかっただろう。

ただ、イオンは良くも悪くも出来が良かった。

脳処理と共に動くことが出来た。

故に性質(たち)が悪いとルシアは言う。


しかし、だからこそ、イオンはぐっと伸びをした後に躊躇いなく一歩を踏んだ。

向かうはルシアたちを逃がした方角。

なに、当分は自分の倒した敵を目印に戦いながら来た道を戻れば良いだけである。

(もっと)も、近道も利用出来るところは利用するつもりでもあるけれど。


はてさて、あちらはどうなっていることやら。

過去の全てを思い出し、待ち受けているだろう事柄にイオンは苦い笑みを溢したのであった。


結局、ぎりぎりでした。

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