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603.問答の行き着く先は一体、何処


「ということですので、厚かましいとは思いますがもう一度、お願い致します。この子を預かっていてくださいませんか」


「ルシアさん......!!」


ニカノールが絶句している理由を正確に認識していながら、ルシアは沈黙は肯定とばかりにセルゲイへ向き直って、にこりとそう言った。

言っていることは悪役演じたその時のものと同じ。

ただ、こちらは礼儀正しくお願いという形。

――ルシアの為ではなく、ミアの為。


ミアが叫ぶ。

それは言葉の表面だけを受け取ってか、それともそれでも尚、置いていくと言うルシアの心境さえも見抜いてか。

ミアはルシアのように(さか)しらに推論を持って、暴くことはない。

でもきっと、ミアは真の部分で全部を見抜いているのだと思うことがルシアにはあった。

だから、きっと。

ミアはルシアの言い分、その言葉の理由が意味が、自分にあるのだということに気付いていた。


「ミアさん」


「はいっ...!」


もう何度目かになるぴしゃりとした声はいつだって空気を引き締めるのに最適である。

だからこそ、ルシアはそれを(もち)いた。

今回は焦りもあって、このままでは徐々にヒートアップしていきかねないミアを強制的に止める為。

落ち着かせるには少し足りなくても、勢いを()ぐには打って付け。


あとは今から言うことをよく聞くこと。

これはそういう何かを言い聞かせる前に使うものでもある。

そして、今から言うことを決して途中で(さえぎ)るな、ということでもある。


「危険が少なからずあるのは承知の上。解ってる。だからこそ、貴女を連れてはいけないわ」


「...私が、足手(まと)いだからでしょうか」


ルシアは本当に言い聞かせるように言った。

それに返すはすとんと落ちるような素直な問いかけだ。

人が人ならば、皮肉や嫌味か揚げ足取りか、と思ったことだろう。

けれども、ミアはミアのそれはあまりにも真っ直ぐに純粋に言われたまま受け取ったのだと解るほどに、吞み込んで尚、(のど)を痛ませるそれをそれでも知りたいのだと口にする。


足手纏い、それはどうしようもなく事実だった。

ただの令嬢、それもほとんど冗談でも何でもなく、蝶よ花よと育てられた生粋の貴族令嬢。

純粋培養とはまさにこのこと。

本人が生まれ持った性質も相まって、その迫力たるや(すさ)まじい。


それをルシアはきちんと見てきた。

最初に出会ったその日から随分と間を空けて、そしてじっくりと関わった今日日に至るまで。

ヒロインなのだ、と。

何度、この少女を見てきたか。

何度、そう感嘆し、再確認するかのように呑み込んできたというのか。

そして、そんな彼女を危険が差し迫り、本当に他人を気遣う暇などない戦場に連れていくのは絶対に出来ないことだということも見てきたからこそ、より声を大にして、言えることだった。


でも、ルシアが言いたかったのは本当はちょっと違う。

それはもう、事実なんだけれど、本当に言いたかったのはむざむざ危険に身を(さら)す必要はないということだった。

ここが安全とは限らない。

でも、飛んで火にいるかの(ごと)く、多少の損失まで覚悟の上で危険に飛び込んでいこうとしている自分と共にくるよりもずっとずっと安全なのは(まが)いようもない事実であるのはルシアが一番、よく知っていることだった。


馬鹿げたことをしようとしているその身で何を言うかと思うかもしれないが。

それでも、ルシアは知っていた。

どれがどのくらいの危険で、何処がどれだけ安全なのか。

勿論、自分のやろうとしていることが考えなしの馬鹿のすることだと知っている。

知っているなら、どうしてそれを選ぶのだと言うかもしれないが、百人に百人が言うのかもしれないが、知っているからこそ危険だって(おか)せる訳で。

ある意味、どの程度までならば、と推し(はか)って危険に飛び込んでいくルシアは考えなしの馬鹿よりも性質(たち)が悪い。


だから、ルシアが言いたいのはそういうこと。

自覚があるからこそ、自分の限界ギリギリで見積もっているからこそ、押し留める。

ミアが足手纏いであるのは事実でも、その事実よりもルシア自身が彼女に割ける余力がないと解っているという事実こそが(うなず)けない理由なのである。

それでもきっと、ルシアは安全な場所に居て欲しいなどとは口にしない。

近しいことを言い置いても明言をしない。


(さと)い人ならば、きちんとその意味を汲み取るだろう。

しかし、そうでない者たちはルシアのその言葉を取り違えて、見当違いな解釈をしたり、傷付いたりするだろう。

ルシアはそれに勝手だと言うことはしない。

それで(なじ)られたとしてもそう、とだけを答えるだろう。

そうして、甘んじて受け入れるのだ。

それはつまり、取り違えられたのだと解っていること。

取り違えられやすいのだと知っているということ。


しかし、ルシアはそれをこれといって直そうとしなかった。

直せるだけの技量を持つのに、しなかった。

今だって、ミアはルシアの言った言葉に囚われている。

額面通りに取り違えたのだろうその言葉がまだ胸の内にあるに違いない。

(わず)かに傷付いた顔をしたのをルシアは見ていた。


けれども、ルシアは弁明すらしない。

いっそ、(ひね)くれている。

だけども、ルシアはこのスタンスを変えるつもりも毛頭ないのだから世話のない話だ。

最早、これこそがルシアたる、と言っても良いのかもしれない。

――そう、ルシアは捻くれていた。


「...私が出ていけば、敵も引き付けられるはずよ。分散出来れば、それは誰にとっても良いことだわ。何事にも役割がある。この場合、それは私が適任だと思った。怪我もなく、貴女よりは動ける上にこの容姿と恰好を記憶されている」


そう、とも、いいえ、とも言わずにルシアはほら、その通りだろうとばかりに優しくない利点を(あげつら)った。

消去法まで持ってきて、他に案があるなら言ってみろというのは実際にニカノールへ言ったばかりである。


狙いはこっち。

だから、自分が出る。

実質、囮になるというのはどうしようのない事実だ。

ルシアがただただ囮として、それだけの為に危険を冒すなんていう釣り合いの取れていない目的の為に実行しようとしている訳ではなくとも。

真実は形を変えても、いつだって何処だって事実そのものは変わりやしない。


ただ、それをそのままストレートに口にしなかったのはミアがそれで引き下がるでも固まるでもなく、引き留めようと強引にでも、それこそ他のことは今、まさに敵影が迫っていることは関係ないとばかりに納得がいかないと追い(すが)るのが目に見えていたからである。

追い縋りこそしないながらも、強引に襟首掴んででも止める勢い、その在り方がよくよく似通った人物をよく相手しているが故にルシアの脳裏の警鐘がけたたましく鳴り響いたからでもあった。


「――もう、行くわ。連れては、いかないから」


何かを言う間もなく、告げる。

今度こそ、強制的にルシアは話を切り上げたのはこの後、堂々巡りになるほかないだろうと読んでのこと。

駄目押しとばかりにミアへ向けて、もう一度。

悲痛な蜂蜜がより一層、(ゆが)む。

その奥では老爺の眼窩(がんか)が他でもない自分を捉えているのだと分かる鋭さで向けられているのが視界に映った。

今度こそ、ルシアはくるりといっそ軽やかに外へと続く扉へ向き直す。


「――待って」


さぁ、今度こそ。

引いた分の一歩をルシアが前へ踏み出したその時だった。

またも背後で声が、上がる。

言うまでもなく、それはニカノールであった。

何だかんだ、冷静な声で制止するのはニカノールであった。

ミアを説き伏せたと思えば、止めてきたのは。


ここでもか、(なか)ばげんなりとした勝手な苛立ちを覚えながら、ルシアは目を(すが)めた。

振り返りはしない。

そういう、意思表示だった。

また、言葉で返せばミアが足場を整えて、訴えかけてくる。

それこそ、延々と続いてしまう。


正直言って、時間がない、時間がないと言いながら。

ニカノールの話からでは推測を付けるに難しいそれをそれでも、(かんが)みながら。

そろそろ本当に余裕がない、と思ったからこその強制的な話の切り上げでもあったのに。


待って、ともう一度、念押しとばかりにニカノールの声が響いた。

怪我人とは思えない。先程までとは打って変わった真剣な声音。

勿論、今までのも決して真剣でなかった訳ではないのだろう。

ただ、その声は格が違うとはこういう時に使うのだろうと思わせるのに十分だったとだけ。


ルシアは振り向かなかった。

この()に及んでも振り向かなかった。

けれども、止めた足が話を聞く、のだと言っている。


「......それが、本当に最善、なの」


煮詰めて、煮詰めて、これ以上はもう何も出やしない。

それほどまでに絞り切った、それはセルゲイと変わらぬぐらいに(しゃが)れていた。

けれども、すっと耳を刺すその声はルシアを縫い留めるには十分だった。


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