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600.悪役だからこそ(前編)


「――ごめん、ごめん。俺が、俺が敵を連れてきてしまった...!!」


「......良いの、ニカは悪くないわ。そもそも、貴方は職人であって、戦う者ではないのだからそう思い詰めることなんてないのよ」


まさに悲痛、そんな風に歪められたニカノールの顔を見下ろしながら、ルシアは静かに柔らかく(つと)めた声で言葉を紡ぎ、微笑みを向ける。

安心を誘う顔、強張った顔など言語道断だから。

けれども、計算してというよりはそうしたいと、ニカノールを安心させたいのだとルシアが思ったからでもある。


「充分、やってくれたわ」


(ねぎら)うように、(なだ)めるようにルシアが紡ぐその言葉たちは本音である。

理詰めのようなそれは取り乱し気味のニカノールにも分かってもらえるようにという理由もあるが、理屈の方が物事を捉えやすいルシアだからこその言葉でもあった。

ルシアは後押しするように重ねて、言葉を紡ぐ。

ニカノールは口を引き結んだまま、ルシアを見つめ返していた。


だって、全て本音で事実だ。

ニカノールがミアとルシアを除き、他の同行者たちとは違って、非戦闘員であることも。

それなのに、足止め役を買って出てくれたことも。

むしろ、ここまでよくやってくれたと言って良い。

賞賛されるべきこそあれ、責め立てる道理がない。

晴れやかささえ感じさせるほどすっきりと言い切ったルシアにニカノールは苦渋に満ちた顔をした。

それにルシアは苦笑う。


先程からニカノールが浮かべるそれらの辛そうな顔が傷の痛みからのものではないと分かっていた。

それは精神的な理由によるものだ。

足手(まと)いだけでなく、戦犯であると自分を責め、それなのに周りは許し、気遣いの言葉を寄越(よこ)すのだからより(みじ)めになってくるといったところだろう。

何も出来ない、足を引っ張る。

それは常にルシアが王子たちに対して思うことでもあるが故にニカノールの気持ちはよく分かった。


「どうしても、自分を責めるというのなら、早くその傷を治して貢献してちょうだい」


「......」


ルシアは柔和に笑いながら、ぴしゃりと言い放つ。

ニカノールは反論する言葉を失ったようだった。

伊達に王族として籍を置いてなどいない。

そう言わせるほどの迫力あるそれ。

黙々と治療をしていたセルゲイもほんの一瞬、手を止めてしまうほどに。

治療はもうほとんど終わりに近付いていた。


周囲には赤一色となった布やらルシアの持ってきたものやらが散乱していて、見るも眉を(ひそ)める状態にある。

しかしながら、ニカノールは止血も出来なければあわや、という状態であったことを思えば、絶対安静ながらも治療を終えられそうなのは不幸中の幸いなのだろう。


「さて」


「......ルシア、お嬢さん?」


自責に顔を歪ませるニカノールを落ち着かせることが出来た。

傷も楽観視してはいけないけれど、この分だと任せておけば大丈夫。

冷静なる状況把握、そしてそれを踏まえた上で自分が今すべきこと。

――出来ること。


唐突に、まるで何かを切り替えたかのように発したルシアの声に怪訝そうな顔で呼びかけたのはそれ相応の顔をしたルシアを正面から見ていたニカノールであった。

それにルシアは意図して、にっこりと微笑みかける。

だが、それ以上は何も言わなかった。

代わりに振り返って、斜め後ろに立っていたミアを(かが)んだ体勢のまま、見上げる。

ミアは急に向けられたそれに、普段ならばその位置からの視線を受けることがない故にたじろぐ。


「あ、あの」


「ミアさん」


「!は、はい...!」


じっと見据えられたそれにミアは何事かを聞き返そうと必死に言葉を紡ごうとする。

ルシアはそれを最早、微笑ましく思いながら、今は時間がないのだとばかりに言葉を奪った。

はっきりと呼びかけてしまえば、ミアは反射して返事をするから。


「ミアさん、ここを替わってくれる?私と同じように構えておくだけで良いから」


「え」


治療もあと少しでしょうから、ほんのちょっとの間よ。

そのくらいであれば大丈夫だろう、と言わんばかりに改まったようにミアを呼んだルシアが告げたのは今、ルシア自身の行っていた治療するセルゲイのサポート、その代替だった。

突然のそれに対応出来ず、目を(またた)かせる。


しかしながら、良くも悪くも返答を待つつもりもなかったルシアはすっと立ち上がって、ミアの正面に立った。

不安げに揺れるミアの瞳を見下ろしながら、ルシアは一枚だけ自分の手に残っていた布をミアの持つそれに重ね置いて、共に抱えていた包帯もまたその手に握らせる。

元々、ミアは隣に立たせており、ルシアの手にあるものが不足し切る前にその都度、ミアの元から補充をしていたのである。

要は荷物持ちをさせていたのだ。

それ故に広げられた手、すぐ傍という距離、あまりにも鮮やかで無駄のない一瞬の犯行であった。


「何、するつもり...」


「心配しないで」


そうして、その軽やかさのままに真っ直ぐ家の奥へと進み出ようとしたルシアにニカノールが先程よりもずっと眉を寄せた顔で尋ねるもルシアはにべもない。

何をするつもりか、という視線を三つも背に負いながら、ルシアは淡々と無視して突き進む。

暖簾(のれん)の奥に消えたその姿をそのまま追っていれば、そうしないうちにルシアは戻って来た。

それは本当に短時間でほとんど行って帰ってきたようなものだった。

だけども、そうではないのがルシアの手に納まるものでよく分かった。


ルシアが手にして戻ってきたのはその手に納まる程度の大きさのもの。

それは紐だったり、小型のナイフ、複数の用途に応用出来る工具と明らかに意図を含んだその選択。

それは先程の家探しの間にルシアが目にしていて、憶えていたものである。

それは逃走に役立つだろうものである。

すぐに思い当たったのだろうニカノールは勿論のこと、常時、険しい顔であったセルゲイの顔も一層、深く険を持つ。


「勝手ではありますけれど、こちらの品々をお借り致しますわ」


「――出ていくつもりか」


「えっ!?ルシアさん、それは本当ですか」


それにも素知らぬ振りをして、ルシアは綺麗な笑顔でセルゲイに返事を求めない持ち出す(ことわ)りを入れる。

そうして、淡々とセルゲイ曰く、出ていく準備を整えていく。

低く問い尋ねられた言葉、誰よりも反応したのは状況を呑み込み切れていなかったミアだ。

慌てたようにルシアへ駆け寄ろうとして、自分の役目を思い出して動けず、踏鞴(たたら)を踏む。

ルシアはそれにええ、と無情にもあっさり肯定を返したのであった。


うわ、600話。


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