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58.少年の真相(中編)


ミアと殿下だって?

何故、今、その名前が出てくるんだよ!


「ここ、でミア、とカリ、ストの名前が、出てくる、なんて、思わ、なかった、わ。ねぇ、貴方は何を、知って、いるの。何か、を知って、いると、言うの。ねぇ、貴方も、転生、者だと、言うの」


「転生者...?それはどういう意味だ、ルシア・クロロス・オルディアレス!!」


困惑、そしてルシアに説明を強制する声を上げるノベナ。

首を締める腕が(かす)かに緩んだのを感じて、ルシアは一気に塞き止められていた息を吐いた。

ゴホゴホと音を立てる(のど)に、生理的な涙を浮かべながらもルシアは真っ直ぐに視線をノベナへと差し向ける。


「...そのままの、意味よ。貴方には、前世という貴方になる前の、その記憶があるのか、と聞いているの。だから、カリストの為に、動いた。違う?」


それなら、ルシアを絶対的な悪とする理由も王子に肩入れするのも、ミアの名前が出るのも(うなず)ける。

それらを共通事項として知り得るのはあの小説の存在を知っているからではないのか。

だから、後に引き起こされる大きな騒乱を知って、その為の今回の行動ならば。

...ならば、私もまた、転生者なのだと話せばノベナは止まってくれるだろうか。


「は、ははっ。...あれが前世の記憶?そんな訳ない。あれは、あの地獄は間違いなくこの場所で僕だった、何度も繰り返した、その度に僕はここに戻ってくる。だからこそ、未来を知っている僕はお前を殺さなければいけない。殿下のお手を(わずら)わせるものか、この僕が殺してやる。僕の恩人を苦しませる元凶。今の殿下は何故だかお前を気に入っていて、少なからず傷付くだろうが、王妃の息がかかって後の大きなしこりとなるよりはずっと良い。――それこそが、僕がここに居る意味だろう...!!」


ノベナの目は炎のように熱い。

また首を締める力が入る、今度は先程よりも強く。

苦しい、息が止まる。

既に喉はひりついていて、(しゃべ)るのも億劫だった。

それでも、ルシアは言葉を続けずにはいられなかった。


繰り返す?

何度も見た、未来を知っている?

つまり、それは。

ルシアは見開いた瞳を彼に向けた。


「貴方、は、転生者、じゃ、ない...?同じ、人生を繰り返して、いる、という、の。だから、ミアと、カリスト、が、結ばれ、る、正しい、未来を知って、いる。...やっと、納得、いったわ。貴方がど、うして、こんな、ことをした、のか。ねぇ、彼らを恩人、と、言うのは、その繰り返し、の中での、話なの」


「...ああ、そうさ!あれは一番最初の時だった。僕は殿下に救われた。あれは死際だった、もう視界もほとんど見えなくて、音も遠退(とおの)き始めていた。ああ、僕は死ぬのか、と呆然と思った。あの劣悪な場所で死を待っていた。それなのに運良く、ただ生き残って。それからは言われるままに生きて。そんな何の自己もない無価値なままで僕は終わるのか...って!


けど、殿下がくれた言葉で僕という存在が無価値ではないと思うことが出来た。だから、死んだのに戻っていて死ねなかった二度目の時に殿下に味方しようと動いた。そこでミアに出会った。彼女は殿下とは別に僕にこの世界が明るいものだと教えてくれた。


...けれど何度、何度、繰り返しても終わらない。いつもいつも、前の人生を思い出す時はばらばらで、なのにいつも手遅れだった。既に事は進み始めた後だった。...一度だけ、ミアを連れて逃げたこともある。僕はミアが好きだった。そして、どうせ、また巻き戻ってしまうなら、と。何より大事にされているミアを危険から遠ざけることが何よりも殿下の願うことなんだと自分を正当化して。


でも駄目だった、より悲惨な結末にしかならなかった。だから、だから僕は殿下とミアの為にルシア、お前を殺す。殿下の手で殺させてはいけない。殿下は優しい人だ、いつだって心の奥でしこりになっていた。駄目だ、それでは本当に幸せになれない。――今回は今までの中でも特に早く戻って来れたんだ...きっと、今が最大の好機だ。これを逃したら、次は何十回も先になる」


ぽつり、とルシアの(ほお)へ涙が落ちる。

流しているのはノベナだ、ルシアではない。

ルシアが憎くて仕方がないという必至の形相をしながら、ノベナは泣いている。

ぽつり、ぽつりとまたルシアの頬を数粒の滴が冷やしていく。

ああ、そうか。


彼はそれだけを支えに、王子やミアの為に動くことこそが繰り返す意味だ、と自分自身のその繰り返しの生を正当化して、生きてきたのか。

そうじゃないと何度も繰り返す、もう呪いとしか言いようのないその人生の意味が見出せなくなるから。

使命があると思わなければ、意味があると思わなければ。

こんなことが、こんな理不尽が、無意味なのだと、意味なんてないのだと、そう知ってしまったなら。

それは一体、どれほどの恐怖だろう。

...私だったら、ゾッとする。


ルシアは一対の緋色を見据える。

しとどと涙を溢すその瞳は濡れて、まるで熟れた林檎のような色をしていた。

既にノベナから感じ取れるのは怒りではなく、慟哭(どうこく)、懇願と言われるものになっていた。

――怨嗟の炎はとうに消えて、全てを沈下させるような雨が降っている。

今度は震えによって、彼の手から力が抜けていた。

ルシアは楽になった喉で空気を吸い込んだ。


「けほ、...そう、そうなのね。貴方にとってルシアを殺すことだけが生きる理由だった。自分が壊れてしまわないように。その為に殿下とミアの為だと思い込んで」


「――違うっ!違う違う違う...!僕は殿下とミアの為に動いているんだ、だからお前を憎んでいる!そんな自分の為だけに、なんて...っ!!...僕は自分が死んだって良いんだ!僕ももう、この世界の異分子だ!生き残ってはいけない!お前という(がん)を取り除いて、僕も消えなくてはいけないんだ...!殿下の、この世界の為に...!」


「...いいえ、自分の為よ。ノベナ、貴方自身の為。だって、カリストやミアの幸せの為なら必ずしもルシアを殺す必要はない。彼らの前から、彼らの視界からルシアの姿さえ消してしまえば良いのだもの。ましてや、貴方自身が直接手を下す正当な理由にはならない。


――貴方が、貴方自身がルシアを殺したかったの。繰り返す世界の理不尽さに、ミアの示してくれたこの世界の在り方が嘘だと思わないように。全ての元凶がルシアだと思い込んで、ルシアさえこの世界から排除してしまえば良いのだと現実逃避した。それはただの八つ当たりでしかないわ」


「違う...!」


同じ言葉しか繰り返さなくなったノベナはまるで駄々を捏ねる子供のようだ。

迷子になった子供のように泣きじゃくっている。

そんな姿を見てしまえば、先程まで首を絞められていた相手だというのにルシアはノベナに怒りを覚えることが出来なかった。

ただ、狂いかけて壊れかけた幼子がここに居る。


「ルシアは殺すべきなんだ、あの毒婦(どくふ)は、悪女は...っ。居てはいけない。存在してはいけない。僕の手で殺さなければ。誰か別の人間では駄目だ、僕自身でなければ!」


「...可哀想な子」


ぽつり、予期せぬようにルシアの口から、そう零れた。

ルシアとしても出てから気付いた、同情の言葉。

それにノベナはやっと何かの違和感に気付いたとでもいうように涙に覆われた瞳を見開く。

その表情は目前に映る一人の少女が自分の知らない、何か得体の知れないものであるかのような視線だった。


「...違う。違う、違う...。ルシアは人に同情なんてしない...。あれは愚かで救いようのない女だ。()()()()()()計算高くもなければ、人に関心を向けることもしない女!いつだって、自分が全てで自分だけを見てる、自分の外を知らない無知な女!そうして、ただ毒に呑まれ、染まり、それが普通ではないことすら知らない愚かしい小娘!...お前みたいに毒をも喰らおうとする化物じゃない。――()()()()()()()!お前っ、ルシアを何処にやった!!」


慟哭も懇願も一体、何処へやってしまったのか。

最初に見せた憎悪よりもずっと深い闇を持って、怨嗟を持って、憤怒の炎が燃え盛るようにノベナは咆哮した。

...それにしても酷い言われようだ。

化物、だなんて。

確かに()は今のノベナにも王妃にだって今後も、呑まれるつもりなんて一切ないけれど。


「何処にやったかなんて、私は知らない。ただ言えるのは、私はルシアよ。それは偽りじゃない」


「違うっ!お前じゃない、何処へやった!!ルシアは僕が殺さなくてはいけないのに!」


ノベナは半狂乱に叫ぶ。

ルシアはその姿に哀れみを覚える。

同情とはそういうことだ。

ああ、最初は憎悪だと思っていた、先程までもそう思っていた。

そして彼もまた、そう思っている。

けれど、これはそんなものよりずっと熱い。


「...なんだ。貴方、ルシアを愛してたの」


そんな言葉がするりと口から零れた。

誰が愛した人を殺そうととするのか、普通ではない。

ノベナだって絶句している。

意味が分からない、確かにそうだろう。


けれど、これは間違いなく愛情だ。

そうでなくとも、同等の熱量だ。

こんなの憎悪だけでは到底、持つことの出来ない熱量だ。

とても(いびつ)に歪んでいるが、ノベナは何処までもルシアを求めてる。

それこそ、心中してしまいたいくらいに。

これは事実だ。


「愛していたのね。貴方は随分とルシアを愛していた。だって、そうでしょう?貴方はカリストの為、ミアの為と言いながら、二人を苦しめるルシアが憎いと言いながら、その瞳はただルシアだけを見つめている。貴方の標的は何処までもルシアだ。


...確かに最初は憎しみだったのでしょう。カリストやミアを苦しめる悪女。確かに憎悪は貴方の中に巣食っているでしょう。けれど、目は口程に物を言うのよ、ノベナ。貴方の目は自分の手で殺してしまいたいくらいにルシアを愛している。ただ、救いようのない愚かな女を救いたいだけ、誰にも奪われたくないだけ」


「違う!」


「違わないわ、全て。貴方のそれは憎悪によるものじゃない。なんて自己的な愛でしょうね。執着、と言った方が良いかしら。貴方はそんなことにも気付けないから、彼女を救う役目を私なんかに奪われるのよ」


歪んで歪んだ、愛という名の執着。

憎しみだけでは到底、ない。

それほどの熱量と執着。

ゲームも吃驚(びっくり)なほどのヤンデレだ。

それでも濁った緋色は真っ直ぐ過ぎるほどルシアを見ている。


時として、人は愛しくて愛し過ぎて憎んでしまう。

それだけ相手を想っているから。

そして、人はそれを愛憎と呼ぶ。

今回は憎悪が先だ、順序が違うこれはまた別物なのかもしれない。

だけれど、愛から憎悪に転じるように、憎んで尚、愛しく想うように。

憎悪と愛は混ざり、転じやすいもの。


けれど、そんな自身の感情に気付けないうちにルシアは私になってしまった。

私が私で居る以上、ノベナの助けたいルシアはここには居ない。

それはノベナにルシアは救えないということに他ならない。

...本当に哀れな子だ。


「何故、何故、そんなことがお前に分かる!!」


「分かるわよ、私だってルシアだもの」


貴方の救いたかったルシアではないけれど。

内心でそんな弁明を呟きながら、ルシアは軽く目を伏せて、静かにノベナに言い聞かせるように言葉を紡ぎ始めたのだった。


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