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594.夜闇の中を歩くは裏通り


「改めて、ここは裏通り。このスターリの街でも特に没頭して物を作る者たちが住んでいる場所。そこに利益は関係ない。彼らは生粋の職人であっても、生粋の商人ではないから、自分の作ったそれらに他人が付ける価値なんて興味もない。ただ、自分の望む形を追求する。実現させる為の研鑽を、技量を積み上げて磨く。けれども、職人の作る利を念頭に置かないものは得てして、何よりも素晴らしいものを作り上げてしまうのもまた世の常ね」


故に雑多。

そして、他人から見ればガラクタ。

時に本人さえも作ってしまえば、もう用はないとばかりに放置していて、とんでもないものが乱雑に置かれていることもある。

故に何よりも技術の発展しているこのスカラーの中でも群を抜いて、標準の高い技量を持った人間が集まる場所。

そして、生活能力や人間関係の構築といった人間社会に生きるには少々、難のある人ほど多く住んでいることもまた同義の場所である。


「外に出ないから、知られていないだけでここが何にとっても最先端よ」


よって、法に縛られないものだって多くある。

そんな無法地帯でもあるのだ、ここは。

だが、それだけ自由であるということ。


ルシアたちは表通りよりずっと少ない数の灯りが全体ではなく、所々だけを照らす道を歩いていた。

空は闇に呑まれ、(とばり)も下り切ってしまっていて、辺りは薄暗い。

こんな中ではゆっくりと歩いていても気を抜けば、はぐれてしまうだろう。

そんな配慮からの手繋ぎは継続中だった。

最早、それが慣れてきてしまっていて、ルシアにもミアにも戸惑い一つなければ、気負うということもない。

まぁ、最初が最初だっただけに有耶無耶になっている節はある。


ルシアは変わらず、ミアの手を引きながら、ミアにこの裏通りについての説明を行っていた。

朗々と語るように言葉を紡ぐ。

それはここの性質であったり、もっと些細なことであったり。

基本中の基本であることも含めて、ルシアが知る裏通りの情報を思い付くものから順にその唇から放った。


あんまり浮かんだままを次に次にと口にしていたので、その情報は順序も何もあったものではなく、この裏通りの様子のように雑多である。

しかしながら、関係のない話は一つもなく、そのどれもがこの裏通りについて繋がっていた。

時々、茶化すような口調でどうでも良いような情報を入れるにも関わらず、だ。

そこがルシアがルシアたる所以とも言うのか。


夜だ。

夜だった。

ミアに語って聞かせながら、途切れないそれに口を挟んで良いのか分からず、相槌だけを打つ気配が(わず)かな空気の揺れで伝わってくるそれもこれも。

喋っていなければ、しんと静まる辺りの様子も自分たちの起こした揺らぎで冷える空気が(ほお)に触れ、撫でていくさまを気付くのも全てが全て夜だった。


もう、夜がやってきていた。

時間にしてみれば、とっくの疾うに宿へ戻って寝る支度だってしようもの。

書類仕事に追われるルシアでさえ、である。

そのくらいには夜の最中、というにはまだ真夜中ではないだろうけど。

ルシアは今、自分の感覚でしか推し(はか)れない時刻を思って、そう内心でぼやいた。

充分、遅い時間だ。

でも、日付はまだぎりぎり変わっていないだろうと無茶を繰り返しても滅多にずれることのなかった強靭な体内時計で(ささや)いてくる。


しかし、とぼとぼと歩くこの裏通りの道は灯りのせいか、そのコントラストでただの暗闇よりもいっそ闇が濃く思えた。

日が暮れ切る前に視界のほとんどを埋め尽くしていた黄金の黄昏が夕暮れの赤よりもずっと急激に明度を下げる為にその様子が焼き付いて、よりそんな感覚がするのだろう。

ぼんやりとだけ視認出来る道を慣れないミアが転ばないように気遣いながら、あえて暗順応した目を保つように灯りの真下を避けながら、ルシアは歩いた。


ただし、暗がりは怖いだろうミアには出来るだけ灯りに近付けさせる。

煌々と、それはどういった原理で出来ているのか分からなかったが、蝋燭(ろうそく)もない外灯だった。

なのに、放つ色は橙に始まり、赤く黄色い炎の色だ。

人が恐れ、しかし必須として生活に取り込む文明の始まりのそれ。

恐れながらも、人はそれに安堵を覚える。

それは夜の闇が、寒さが、そして食の安全性がまさに命の危機と直結していた(いにしえ)の時代の名残だろうか。


ルシアは淀みなく語りながら、歩みも一定以上の速さにも遅さにもならずに歩いていく。

裏通りについての情報を引き出しながら、頭の片隅で不思議な場面で現れたフキョウを思い出す。

小さな案内人もまた不思議で、まさにファンタジーそのものの体験だった、と思い出す。


地図が効かないのは惑わしの小道であって、裏通りまでがそうと言う訳ではない。

尤も、地図らしい地図は元々、作られている訳でもなく、ルシアたちの手元にある訳でもなかった。

それは基本的に住人以外が単独行動することは考えられていない為。

ただ、それでもルシアが薄暗さ以外の理由で歩みの勢いを緩める様子がないのは簡易的なものをニカノールに書いてもらったことがあるからだった。

そもそもの話が惑わしの小道の攻略、その後は深山の坑道についてだった為にうろ覚えも良いところだったそれを何とか引っ張り出しながら、ルシアは進んでいた。


その間もきちんと周囲の様子は把握していく。

得られる情報は出来るだけ。

暗がりで見づらかろうと関係ない。

拾えるものはつぶさに疲労。

ルシアはそうやって、自分たちの出た位置を判断、そして取り敢えず、中央へ向かって歩き、そこから知っている道を探す、という策を実行していたのだ。

それが最も確実だろうから、というのは理由で単純なことだった。

惑わしの小道でのことに続き。それ以外に有益と言えるだけの策がなかったこともある。


今、ルシアたちが目指しているのはセルゲイの店。

唯一、しっかりと知っている場所で顔を合わせて話をした人が居るその場所。

何より、分断された皆がこちらに来れたなら集まるであろう場所、というのがルシアの認識だった。

間違いなくそこへ来るはず。

前以て、話し合っていないからこそ誰もが確実性を優先すると信じて。


勿論、彼らがこちらに来なかった場合も考えてのこと。

あちらの任意の場所へ出るにはやっぱり、裏通りの住人の案内が要るからだ。

その伝手を使わせてもらう為にもセルゲイの店へ行くのが望ましいということ。

ルシアはそれらをミアに説明していない。

これだけ話していて、一欠片として出ていない。

なのに、申し訳なさそうな顔も(おくび)にも出さずに裏通りの情報だけを語る、語る。


ただ、セルゲイというルシアたちがこのスターリの街へ来た理由である鍛冶師の店がこの裏通りにあり、既に一度、訪れていること。

ニカノールがそこの鍛冶師見習いなのだということ。

今、そこへ向かっていることだけは伝えたのだった。


セルゲイの性格上、引き受けてくれない可能性も残念ながらある。

敷居を(また)がせてくれすらしないかもしれない。

けれども、こちらは緊急事態なのだ。

何を言われようと、どんな顔をされようとミアの保護だけでも押し通してみせる。

ルシアは何よりも固い決意として、それを胸に納めた。

こうした時のルシアは図太く、そして大胆で躊躇(ためら)いなく傲慢である。


「ああ、やっと知っている道に出たわ」


「!じゃあ、――」


ある地点まで来てから立ち止まったルシアは今まで休ませなかった口を閉ざして十二分に辺りを見渡し切ってから、ほっと息を吐くようにそう言った。

ルシアのその様子もあってか、ミアがぱっと表情を明るくする。


「ええ、後少しよ。もう少しだけ、頑張ってね」


ルシアはそれに柔らかく微笑んで、そう声をかけたのであった。


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