587.彼女はこの物語の
ルシアとミア、再び二人で歩き出す。
ゆったりとした足取りながら、それは確かにしっかりと古びた石畳を踏み締める。
目的地ははっきりとしている。
ただ、その行く為の道筋を知らぬだけで。
ゆったりとした分、小さく軽い可愛らしい足音が二つ分。
コツコツ、と叩くように石畳が鳴る。
偶に混ざる違った音は砂利や割れた石畳の破片を踏んだ音だろう。
二人は終わりの見えない小道を歩いていた。
壁の色や素材は変わる。
しかし、それは何の目印にもならない。
十字路、曲がり角、曲線の道、規則性の一つもなければ、確かに俯瞰して見たなら繋がっていないと可笑しいところが繋がらず、行き止まりにもなっていないここはやっぱり滅茶苦茶だ。
ルシアは普段ならば、必ず用意している脳裏の地図も端から頭に浮かべていない。
故に二人の歩みは本当に出鱈目だった。
こちらも意味がないからと規則性を付けようとしていないのだ。
ただ、当てもなく寂れた小道を行く。
中には坂道も下り道もトンネルだってあった。
前回では見られなかった光景だが、惑わしの小道内には他にもこういった構造があるのだろうか。
「......」
沈黙で歩くのはこれで何度目だろう。
でも、ルシアはミアに声をかけられない。
あんな会話をしておいて、雑談なんてしてられない。
けれども、ミアとてルシアに雑談を振れる状況でも心境でもないだろう。
元々、ミアから気安い会話をルシアに振るのはまだ少し抵抗があるようだから余計にだろう。
それでも、ルシアからも他愛ない会話を振ることは出来ない空気が既に出来上がってしまっている。
ただ、それはルシアが、またはミアが作り出しているものであって、どちらかが気不味くとも一言でも話し始めれば、すぐに緩和されるものであることをルシアは知っている。
知っていて黙っているのは会話を弾ませて、和気藹々とする気分ではないからである。
これがミアの表情がいっそ青いと表現出来るほど白くなっていれば、ルシアは自分の気分など理外に放って、ミアの気分を上昇させる為に例え、ミアの返答が頷き程度の乏しいものだったとしても一人、言葉を紡ぎ、会話を繋いだことだろう。
それを今、しないのはつまりミアの表情がそこまででないということ。
果たして、これは良いことなのか。
良い、ことなのだろう。
程良い緊張感にルシアは反対に肩の力を抜いている。
静寂の中を漂うのように足取りも当てのない行く道も相まって、何も定まっていないように見えるルシアは何だか何処へ行こうという訳でもないのに泳ぐ水槽の中の金魚のようにひらひらとしていた。
その手に繋がれたミアだけがただただ連れていかれるままに付いていく迷子の子供のよう。
しかして、ルシアはこれをずっと続けるつもりは端から毛頭ないのである。
そうでなければ、あんな風に性質の悪い願いをミアに向けはしない。
そうでなければ、このようにこの小道の中を歩き回ってなど居ない。
その様子からは傍目、ぼんやりとした曖昧さしか読み取れなかろうとルシアは本気で目的と据えた事柄を遂行しようとしていた。
背後からでは見えぬ、よって誰も見ることの出来ないその双眸だけが芯を持って、輝いている。
それはこの薄暗がりで猫の目のように際立っていた。
けれども、ルシアの意気込み空しく、裏通りへはいつまで経っても抜けられる様子がない。
そもそもの手掛かりになりそうなものすら見当たらない。
というよりも、手掛かりらしい手掛かりと言えるものが果たして、この場にかけられた魔法にあるものなのか。
魔法を欠片として使えなければ、周りにもそれを主として使えるほどの実力者は居なかったルシアである。
知識欲が大きく、物知りであるとはいえ、詳しいことを言えるほどにはルシアは魔法について、造形が深くない。
だから、ここの仕組みも調べはしたけれど、在り来たりなことしか知っていない。
餅は餅屋、分からぬことを突き詰める哲学も嫌いではないけれど、時間がある時に限る。
何より、ルシアたちの知りたいことはその有り様であって、隅々まで網羅したその精緻な形容や根幹ではない。
要するにルシアの持つ惑わしの小道についての情報は利用することを前提としたそれに必要なものが中心であるということ。
まぁ、あの時はここまで逼迫した状況下に案内人すらなく裏通りへ向かうこととなろうとは思っていなかったのだから、仕方がない。
だって、そうだろう。
スカラー編でこんなこと。
これはルシアが悪いのか。
少なくとも、ルシア自身の思っていたよりも鮮明に細かいところまでこの小道の特性を記憶していたその脳は何かしらある、と無意識に感じ取ってはいたようだけれど。
ふいに唯一、それを生業というよりも息を吸うのと、手を動かし、足を動かすのと同じようにやって退けていた青年のことをルシアは思い出した。
ほんの少しの間の交流しかなく、話をしてみたいと思った矢先にはもう、その場には居なかったアイスブルーのあの青年を。
砂漠の覆う地で、昔からの友人の仕組んだ大掛かりな茶番の最中で出会った彼は確かにルシアの思い浮かべる魔法をいとも容易く使っていた。
ここに彼が居たなら、この小道の魔法を正確に読み解いて、解説してくれるだろうか。
いや、しないだろう。
ルシアは独りでに思い浮かべたその考えを打ち消すように反語を紡ぐ。
それは同時に浮かんだ彼の青年の印象が、最後に見た時のそれで、きっと親切に教えてくれるような性格をしていないと思うには十分だったから。
そこまで考えて、ルシアはすぐにそれ以上を考えることを止めた。
空想も嫌いじゃないが、生産性のないそれにいつまでも構っている訳にもいかないからだ。
その青年がここに居る訳でもないし、ましてや助けてくれるなど有りようもないのだから、今、考えるべきはそれじゃない。
ないものねだりは要らぬとばかりにルシアは視線を逸らしていなかった前方を改めて、向き直すような心地で見据えた。
既に感覚では敵を撒いてから十数分、小道に入ってからは優に四半刻は経っているだろう。
薄暗く、壁に挟まれた惑わしの小道。
見える空はほんの僅かでとても狭い。
しかし、全く見えない訳ではないそれが緋色をしているところを見るに、ルシアの時間の予測はまず間違っていない。
余程の幸運でなければ、抜けられない。
分かっているし、自分にあるのは悪運だけだということも知っている。
だけども、こんな状況下、やっぱり焦ってしまうのも仕方がないとは思わないか。
しかし、ルシアはそこではた、と気付いた。
ふいに訪れた天啓のようなそれは先程の彼の青年の時とそう変わりない。
変わりないが、今回ばかりはその当人がここに居る。
ルシアは急に足を止めて、振り返った。
惰性のようにルシアに手を引かれて歩いていたミアは突然のそれに対応出来ず、立ち止まることも勢いを殺すことも出来ずにポスンと音を立てて、ルシアにぶつかった。
そして、慌てて身を引いて、ルシアに謝罪を告げる様子はあわあわとしていて可愛らしい。
しかし、ルシアはそのどれにも反応を示さなかった。
まじまじとミアをルシアは見下ろした。
あまりにじっくりとしたそれにミアは困惑顔で見返す。
その間もルシアはある考えに囚われていた。
荒唐無稽さでは先程までと同じ、なのに何故かちょっとだけ信憑性があるような気がしてくるそれ。
ヒロイン補正、ここでこそ出番では!?
僅かに見開いた瞳で未だに余すところなくミアを見つめながら、ルシアが思ったのはそんな一言に凝縮されるような事柄であったのだった。
ヒロイン?
最近、一話の文字数それなりに稼げてるのはほんと偶々だったり。
多分、直近の展開を細かいとこまで書いたメモが割と余裕あるからかもな。
気付いたら、下限2000字としていたはずが、ここ数日のは最低でも3000字以上だもんね。
時間のオーバーは多いケド。
そこは一応は切りが良いとこ区切りなので、仕方がないね。




