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575.少女の激励


走る、走る、道に沿って、その真ん中を。

通常ならば、迷惑行為でしかないそれを気にすることなく、無人の道をとにかく走る。

幸い、待ち構えられていたのにも関わらず、後方にも前方にも追手の姿は見受けられない。

残って足止めを買って出てくれた彼らのお陰だ、と確信的な心持ちでルシアはそのことに内心で女騎士やイオンたちへ向けて、感謝の言葉を贈ったのであった。


「こっち」


「ええ」


背後の喧騒が遠くなってきたところで先頭を行っていたニカノールがちらりとルシアたちを、その背後を見やって、そう言った。

また、それにルシアは前方のニカノールを、その目と鼻の先にある現在、疾走中のこの道の横っ面を空ける横道を見て、(うなず)き返した。


一つ、二つと数える間もなく、差し掛かったそこでニカノールが身体を(ひね)る。

向きは迷いなく、その横道に直線だった。

ルシアはそれに続き、ミアの手を引いて、その角を曲がった。

そのまま、今度はその横道を行く道として、駆ける。

そうして、ルシアたちはニカノールの誘導を受けて、何度も行き来した見知った道ではないその道を猛然と突き進むのであった。



ーーーーー

ルシアたちはその後も駆けた。

ただでさえ、細い道を繋ぐ路地をニカノールに付いて、右へ左へと折れ曲がる。

最早、迷路だ。

この街は大抵の街がそうであるように中央区以外はそういう作りになっているらしい。

しかし、それだけではなく、ルシアはニカノールが敢えて、蛇行しているのだと、逸れて遠回りをしているのだと理解していた。

単純明快、なるべく敵に足取りを掴ませない為である。


「......、――」


見慣れた道から逸れた最初の曲がり角以降、ニカノールは道の指示をルシアたちに出すことはなかった。

ただ沈黙のままに先を駆ける。

まるで、そのまま付いてこいとでも言うように。

そうする理由は主に二つ、敵に気付かれにくくする為と体力消費を(わず)かであっても減らす為。

まぁ、前者に関しては足音でほとんど意味を成していないのでどちらかといえば、聞き咎められて、進行方向を掴まられないように。

後者に関しては前以てというよりは全力疾走、それに集中している為に声を出すという行為に配分する余裕はない、というだけでもある。


後はニカノールが最終的なゴールは決めていても、途中過程であるこの順路を定めていないというのもあるのだろうか。

ほとんど、思い付きのような突発性で角を曲がっている。

勿論、順調にゴールと定めたであろう小道までは近付いていっているようだし、敵と出くわさないように道を選んでいる節はある。

けれども、思考するということは何かしらの法則性をそれに与えてしまう、とでも言わんばかりに、ニカノールは最低限のことだけを念頭に置いて、後は本能の(おもむ)くままといった様子で走り、角を曲がり、時には幾つもの脇道を無視して、突き進んでいるようだった。


ルシアもまた、沈黙を貫いたまま、ニカノールの背を追って走っていた。

ニカノールの一挙手一投足を見逃さんとばかりに意識は前に向けていた。

(ひとえ)にニカノールの挙動を時間にラグを作らず脳へ入れて、走る速度を殺さないまま後に続く為にである。

そして、ミアもまた一言も発しておらず、全力疾走の大股な足音が三つ分。

それだけが道に、両脇を固める建物の壁に反響していた。


「――」


走っていく最中、幾つか進む道を乗り換えたところでルシアはちらりと斜め後ろに視線をやった。

当然、そこに映るのはルシアのすぐ後ろを走るミアである。

彼女の片手はきちんとルシア自身のそれへと繋がっており、走っている為か、随分と折り重なる(てのひら)が熱く感じる。


ルシアはそのままミアの様子を盗み見る。

この全力疾走にミアが付いて来れているか、無理をさせていないかを見る為である。

勿論、彼女が疲弊して走れなくなってしまってはそれこそ本末転倒なので、彼女の許容値内の速度で走っている。

だが、許容値内での最大限、その全力疾走だ。

それに合わせているニカノールとやや辛いもののまだ余裕を保てるルシアとは違って、ミアにとっては今現在、それはそれは精一杯なことに違いない。


無理をさせていないか、見る為?

無理をさせているに、決まっている。

けれどもこれ以上、速度を落とすには状況は予断を許さない。

だから、限界のギリギリを見極める為にもルシアはミアの様子を(うかが)っていた。


――大丈夫だろうか、いろいろな意味で。

体力も気力もそのどちらにも心配があった。

体力は見ての通り。

再三言うが、生粋の令嬢であるミアはここまでの全力疾走を当然、したことがないだろう。

その上、足元の(くつ)は到底、走るのに向いていない代物だ。

似た形をしていても走りやすいルシアのものとは性能が違う。


まぁ、ルシアのそれもこんな状況を主な理由として選んでいる訳ではないのだが。

本来は楽に散策、情報収集などの外出をする為である。

逃げるように走ることを想定しての用意ではない。

だが現実、悲しいかな。

最も役立つ瞬間は今この時と同様、敵からの逃亡、若しくは戦場と化した中を駆ける時である。

最早、どうやってもそれを想定の内の一つとして脳裏を(よぎ)らせてしまうことに諦めを付けた。


「――ミア」


「!」


ルシアはもう前を向いて、ただ声をだけを小さく宙に落とした。

そして、すぐに答えなくて良い、聞くだけ聞いていなさいと言葉を重ねる。

これ以上、余計な体力をミアに使わせない為である。

ルシアがミアの様子を見やったのは、見た体力面は無茶を()いていると解っていても根本的な解決をさせてはやれないからである。

だから、様子を見極め、最善を尽くすようにした。


では気力面は。

ルシアは女騎士を置いてきたことに、ほとんど(なか)ば強制的にであったが頷いてしまったことにミアが内心がぐちゃぐちゃになっていやしないかと心配していた。

半ば、強制的に選ばせておいて、その心すら少なからず、(ないがし)ろにした自覚はある身としてはとことん身勝手なことだが、配る心を完全に失くした訳ではなかった。

氷のように凍てつかせた訳ではなかった。

――結論として、ルシアのそれはほとんど杞憂であった。


ミアはもう吹っ切れたみたい、というよりは切り替えたようだった。

全力疾走に顔色は決して良いとは言えないものだったが、それでも色を失くすほどの青褪(あおざ)め方もしていなければ、絶望を見たかのように後悔で一杯一杯の顔をしてもいなかった。

それは走り出す前に聞かせた言葉のお陰だろうか、分からないけれど。


ただ、ミアの顔は絶望に彩られていないだけで、決して顔色は良くないのも確かであった。

不安を顔の全面に出している。

当然だ。

それは人として当たり前のこと。

ルシアだって、そう。


そう見えないなら、顔に出ていないだけ。

そして、彼らと万全を期すと約束しているから。

全力をやっての結果ならそれを信じるのみ。


ミアの気持ちもよく分かるのだ。

けれども、ルシアは自分の出来ることの範囲をしっかりと把握して、任せられるところはきちんと任せる。

ルシアは彼らにだけは遠慮しない。

それだけの(きずな)、それだけの信頼。

彼らと自分の万全だけでなく、その者自体を信じられるように。


ルシアはミアの様子によっては何かしらの言葉をぶつけて叱咤しようと思っていた。

走り出す前のあの言葉のように。

それが鋭く深くミアの胸を刺そうとも、無理やりにでも前を向かせるつもりだった。

邪魔になるとか、足手(まと)いとか、それすら言ったって良かった。

それがミアを傷付けると分かっても。

前を向かせる為なら一度、心を折ってやるくらいの意気込みはあったのだ。


だが、実行するに至らなかった。

それを理由に自分の護衛たちは置いてきたというのに言わない。

それはミアが消極的で何もかもを投げ出そうというような顔をしていなかったから。


ルシアの心配が、意気込みが杞憂に終わったのは偏に。

ちゃんと前を向いていたから。

ミアはもう、あの言葉だけで前を向いていた。

さすがはヒロイン、可愛らしくもここぞという時に強いのは大変素晴らしい。


ルシアは走りながら再度、ミア、と彼女の名前を呼んだ。

それはもう一つの憂慮、彼女の気力面を(おもんぱか)った末での判断だった。

しかし、それは必要のないと判じた叱咤の為ではなく、ほんの少しルシアに芽生えた勝手なお節介の為。


「大丈夫よ」


先程までの冷酷さは何処にいったというのか、本人が思うよりも優しい声音でルシアは言った。

そこに素の微笑みも乗る。

一瞬、全力疾走をしていることすら忘れてしまいそうなくらいに穏やかなそれにミアは気を取られた。

それだけ、ルシアのそれは全幅の信頼を置いて安心させるようなものだった。


大丈夫よ、とルシアは繰り返す。

残してきた女騎士もイオンたちも、そして自分たちも大丈夫なのだと、負けやしないのだというように。

何故か、本当にそうだと思わせる響きを持ったその言葉はルシア自身が本心からそう思っているからこそなのだろう。


ルシアはこの状況を悲観してはいなかった。

ただ、前を向け。

ミアへ示したようにルシアは自身もそれを胸に前を向いていた。

何事も気の持ちようと言うように、それは案外、重要なのだ。

そして、覚悟は他人に言われて決めるものでもなければ、他人のそれに便乗して決めるものではない。

己れで決めるものだ。


「行きましょう、ミアさん」


三度目となる言葉をかける。

ルシアの最大の、お節介。

叱咤するのは止めたと胸中で言いながら、これはただ自分が言いたいように言っただけと言い訳して、そう紡ぐ。

これは(まが)いようのなく、励ましの言葉であった。


「――はい!」


そうして、返って来た返事は元気よく、しっかりとしたものであったのだった。


最近、遅れる分、一話一話が長くなっている気がする...というか、気のせいじゃないよね、あれ可笑しいな。

(ユルシテ)


追伸

昨日はお騒がせしました。

あの鈍痛は何だったのかというほどすっかり手の痛みもなくなりましたので、通常通りの投稿をやっていきます。

今後も応援よろしくお願いします。


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