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572.次の接敵


最初に立ち向かったのはこの場で唯一、確かに戦闘員である女騎士だった。

彼女は目前で待ち伏せていた敵影を見た瞬間には既にひらりと腰に()いていた細身の剣を抜いて、構えた。

職業柄、きっと自分の役割を把握していたのだろう。

そして今、まさに接敵したことで誰よりも前に出た。

この状況に(おちい)ったならそう動く、最初から決めていたかのようにすぐさま彼女はルシアたちの前へ躍り出たのだ。


ほぼ同時に動いていた一番手前に居た敵の剣撃を女騎士は受け止める。

それらの、全てが一瞬のうちに起きたことだった。

キン、と金属の打ち合う音が高く反響したところで場慣れしていないミアがようやっと理解が追いついたのか、恐怖に彩られた必死の声で女騎士の名を呼んだ。


「ご心配なさらず!」


(つば)迫り合いのその最中でそれでもからっとした声で女騎士が視線は敵に固定したまま、背後のミアへ返答を返した。

まるで、安心させるようなそれには取り(つくろ)いのようなものは見受けられず、確かに言葉通りだと体現するように彼女の動きには迷いがなく、危ういと思わせるところがなかった。


――きっと、自身が思っているよりもこの女騎士は強いのだろう。

武人でもなければ、目下、武器の(たぐ)いの(ことごと)くを排除されているルシアは決して、彼女らの力量を測れるほど目は肥えていない。


けれども、普段ともに居て、間近で見る機会の多いそれらが一級品であることそして令嬢にしてはあるまじきだが、頻度という言葉が出てくるくらいには回数見てきたことそれらを合算して、見てきたものとの相対を比較する程度には頭が回ったことで本当に大まかではあるが、目の前の女騎士が数ある貴族家の一つに雇われているにしては随分と高い腕前を持っていることには気付いていた。

だが、先程の発言でルシアは己れの護衛たちを思い出したのだ。


それが敵を挑発することもあると知りながら、時には茶化したように言って退ける彼らの姿を幻視した。

そうして、それはその主を安心させんとするその行為は――敵への挑発よりもまず、自身を奮い立たせる言葉となる。

それが合図となったかのように言葉を終えた後には彼らの動きが格段に上がる。


それは、彼女も同様であったらしい。

若しくは武人たる者の(さが)なのか、それとも護衛という立場を(にな)う者の性なのか。

果たして、その両方なのか。


少なくとも、見る限りではこの女騎士は王立騎士団にも入団出来たのではないだろうか。

それほどの実力は優に持っているだろう。

男女の性差がありながら、決して彼女は押し負けていなかった。

ミアへ宣言するように声を張り上げたが直後、彼女はぐんと切り結んでいた剣を押し切って払い、敵の一人を地面の上へ転がした。

剣の腹で頭蓋を殴打されたその者はうんともすんとも言わずに動く気配はない。

完全に気絶しているようだった。


ノックスほどではない。

けれども、確かな実力者の技量にルシアは(わず)かに表情から険を抜く。

――この状況に陥ってしまえば、最初に出張ってもらうのは彼女の他になかった。

しかし、ルシアは女騎士の実力を知らない。

腰に刷いたその獲物を抜いた時の姿を知らない。

なまじ、自分の周囲の人間が優秀過ぎることを理解してしまっているから参考にならないそれらではどの程度までなら許容範囲なのかを測れない。


正直に言ってしまえば、不安がそこにあったのだ。

もし、彼女の実力が予想よりもずっと低ければ、と。

実力を見誤ること。

当人でなくとも、否、彼らに指示を出す責ある他人であるからこそ、それを失敗してしまうということは何よりも忌避するべきことだ。

もし、失敗してしまったなら。

幾ら、考えてもそれはゾッとしないことだった。


けれど、良い意味で予想が裏切られた。

そう言って良い女騎士の実力にルシアは不安の一切を打ち消した。

ここで全ての警戒を解くような愚を犯しはしないものの、それでも不安要素が一個消えたことで一気に真っ直ぐ前を見据えることが出来るようになったのだ。


――それにしても、このレベルの騎士を抱えているなんて、ブエンディア家の財力たるや。

何かしらの事情持ちにしたって、普通に考えてこれはまずないことだ。

きっと、財力だけではない力があるのだろう。

そして、それは少なからずミアのアドバンテージだ。

これもさすがはヒロインということなのだろうか。

こうした産まれながらの引きも強い。

けれど、今はそれに助かった。

ルシアは先程までと似ているようで全く違う引き締めた表情を浮かべて、つぶさに敵の様子を戦況を観察したのであった。



ーーーーー


「ミアさん、私の後ろに」


こちら側の最後尾、ミアを背に隠しながら、地面を強く踏み締めた。

幸い、飛び道具の類いの所持は見受けられない。

後ろはそれこそ、イオンたちが相手しているからだろう、あの場で駆け出した後もこの接敵をするまでに追手に捕まることもなかったなら、その後も背後からの足音は聞こえてきていない。

絶対、なんてこの世で一番、不確証な言葉を使うつもりもないが、ルシアは己れの護衛たちを信じてもいた。


実際、この騒音の中でルシアは音を拾っている。

入り混って、大きくなって、聞き分けのしづらい中で耳を澄ませている。

ルシアの聴覚は普通の人間のそれと同じだ。

けれど、ルシアの凄まじい集中力は(うるさ)い音の洪水を全体ではなく、一つ一つに意識を向けて、聞いている。

拾い切れるなんてことはない。

だが、騒音の中だからこそ異質な音は拾えたりするものだ。


そりゃあ、静寂の方が余程、聞き取りやすいのは当然だ。

けれど、無理だと(はな)から諦めずに悪足搔きだって言われたとしても一つ残らず、聞き逃すまいと気を張っていれば、拾えるものもある。

別に一つ一つを聞き取ると言っても、全てへ意識を平等に配分する必要はない。

要は戦闘の音と背後からの音が聞き分けられたなら良いのだ。

同じ足音でも周囲で鳴り止まない複数の不協和音と遠くからの徐々に大きくなっていく(かす)かなものとの違いを聞き分けられたなら良い。


音を、周囲と背後とを別々に警戒しろ、とルシアは自分に言い聞かせる。

女騎士の技量は素晴らしいものだ。

けれども多勢に無勢、ニカノールが上手く合間に攻撃を挟んでいることで錯乱出来ているが、周囲にまで意識を向け切ることは出来ないだろう。

ましてや、微かな足音を拾うまではきっと難しい。

だから、ルシアは解りやすくそれを引き受けた。

口では言わないだけで態度で任せて欲しいと示す。

それはきちんと女騎士にもニカノールにも伝わって、二人は目の前の敵だけに集中出来ている。


数日間を共に過ごしたとはいえ、他愛(たわい)ない会話こそすれ、お互いの技量すら知らぬ有り合わせのメンツ。

分断もあった上での咄嗟に組んだ三人でありながら、それでも取れたこの連携は上手く嚙み合っている。

通用しているのがその証拠。

非常によく出来ていた。


この状況でそれが出来ているのは(ひとえ)にたった数日間に戦闘などの技量は知らなくても、お互いの考え方やこういう時に取る行動自体はある程度、予想が出来るくらいにはなっていたから。

それが連携に繋がっている。

後は戦闘時故の尖らせた神経が普段は拾わないものも拾った結果か。

どちらにせよ、全員が冷静に動けていた。


「......」


ルシアは尚も周囲警戒を引き受けながら、場合によっては指示を出せる用意をしながら、眉を(ひそ)めた。

また険しさを増したその顔が見ているのは今の戦況。

全体を見渡せる位置に陣取ったルシアは俯瞰してならではの視点でこの後に取れる選択肢を思考しながら、口元を引き結んだのであった。


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