571.最善たるか、悪手となるか
閑散としたこの道に、またどんどんと中央から外れへと向けて走っているのもあって、人で出くわす様子は全くとしてない。
今の状況下では気配に気を配っている余裕などない。
音すら自らの音で掻き消してしまっているのだから、探るも何もないのだ。
けれど、変わらず人気はない場所であるはずなので、第三者に気を配る必要はない、はずだ。
――出くわすとしたら、それはまず間違いなく。
「......」
ルシアは険しい表情で道を駆けていた。
後方は気にしない。
イオンたちが抑えていることもあるが、今、意識を割り振るべきなのは自分たちの向かう方向、前方だ。
いつ、敵影を見ても良いように、すぐに臨戦態勢を取れるように。
とはいえ、戦闘員ではないルシアなので、出来るのは充分の距離を取って、初手で人質とならないことぐらいだ。
けれども、そうした小さな隙を失くすことが予断を許さない状況下では何よりも大事であることをルシアは知っている。
取り敢えず、今は前へ。
走れ、少なくとも安全を取れる場所まで。
出来ることを出来る限りで最大限に実行するのだ。
身体を動かせ、限界など考えずに前へ。
だが、ルシアはそれと同時にがんがんと鳴り響く脳裏の警鐘を無理やり押さえ付けて、思考回路を急速に回していた。
現状の把握を前提として、敵は何者か、この襲撃の意味は何か、このタイミングだったのは。
そして、ただ駆けるのではなく、もし襲撃があった際の打開策を決して多くない手数の中で幾重にも練る。
フル回転をさせて、最善策を掴み取れるように。
――相手はただの破落戸ではない。
それはイオンたちと別れる前から敵の様子を窺っていたルシアが掴んだ感触からも確かであった。
では、何者なのか。
今のところ、敵対するような何かがあった訳でも、そんな存在がこの間に見え隠れしていた訳でもない。
王子たちからのさり気無い忠告もなかったことから、あちら側で問題が発生した結果のことでもない。
ならば、これは一体全体。
新手か、気付かぬ振りに踏んだ地雷か、それとも過去の代償?
分からない、何一つとして断定出来る要素が手元にもなければ、それを探す暇もない。
ただ、何かしらの統制が取れている上に、ただの観光客を狙った襲撃というには場所も状況も整い過ぎており、強い意思を感じることだけが確かであった。
この場合の狙いは竜玉?
それとも、自分たちの方か。
心当たりが一つでないだけで複雑化してもう、面倒だ。
舌打ち一つ、打ちたくなるのも仕方がないことではないか。
さすがにミアたちも居る前でそのような真似は出来ないと変に冷静な考えが浮かんで、無理やり呑み込んだけれども。
その代わりというようにルシアは盛大に顔を顰めた。
皆、走るのに神経を注ぎ、視線は前に据えられているので見られることはないと踏んでの取り繕いのなさだった。
――王子は勿論、別行動中だからこの場に居ない。
今朝、別れた時も進んでいった方向は反対側と言っても過言ではなかったから、救援は望めない。
クストディオも何処へ調査に行ったのか、分からない為に来るかどうかは一か八か。
彼に関しては不明瞭が多過ぎて、計算出来ない為に当てに出来ないし、不確定要素以上にはなりはしない状態ではそもそも勘定に入れるべきではない。
不在として、ルシアは端から手札から省く。
そりゃあ、イオンとノックスを残してきた為に今、この場にはれっきとした戦闘員は女騎士だけという状況。
クストディオの戦力が凄まじいこともあるが、単純に戦闘員が一人増えるだけでぐっと状況が楽になるのだ。
救援に駆け付けて欲しいに決まっている。
けれども、そんな希望的観測をルシアはしない。
来てくれたなら、御の字。
基本はないものとして、残りの手札を探る。
たとえ、それがどれだけ少ない数であろうと使えるのもは片っ端からでも使う。
最も効率良く、良い結果を掴めるように組み替えては作戦を練る。
敵は数が多い。
幸い、前方からは来ていないだけで多かった。
その上で街中戦とあっては立ち回りも変わってくる上に一番、戦場に身を置くには望ましくない分類に属するミアが居る。
もし今、接敵したら。
場慣れして少なくとも、最低限の動きは理解しているルシアでさえ、非戦闘員。
それ以上の、本物の蝶よ花よと育てられた生粋の令嬢であるミアを連れてでは圧倒的に不利。
不味い状況だ。
けれども、イオンたちと別れて飛び出してきたことは悪手という悪手ではなかったことがさらに性質が悪い。
それはつまり、それだけ厄介で鬼気迫る状況だということ。
ただの情報収集の帰りのはずが、ぐるりと一変して戦場と化した。
それほどに現状は予断を許さない。
どうか、このまま接敵せずに店まで辿り着けますように。
常ならば決してしない、そのような受動的なことをルシアは祈るように願う。
前方には敵が居ない。
それを信じるほか、ない。
勿論、根拠なくただ祈るだけのルシアではない。
ルシアは効率主義者で現実主義者だ。
信じると宣いながらも、脳裏の片隅では常に計算を繰り広げている。
今回もほんの一縷の望みではあったが、多少の予測はきちんと持っていた。
ただ、それが何処まで通用するかは、それことが神のみぞ知るところといったところか。
少なくとも、敵がルシアたちの向かう前方に居たならば、既に挟み撃ちをされているはずだ。
何故かというと既にルシアたちは一直線を駆ける中で横道を何度か過ぎているから。
挟み撃ちは逃げ道を残しておいては意味がない。
だから、ルシアはハイリスクと知りながら、それ以上に眼前のリスクを前にこうして逃げるが最善だと判断し、行動した。
少なくとも、あれがあの状況で一番打てる最善であることは事実であった。
そう、悪手では決してないのだ。
しかし、状況は刻一刻と変化する。
本当の意味でその都度、取った行動が最善か、悪手か論ずることが出来るのは全てが終わった後である。
結果によって、その後に続く出来事によって、最善はいとも簡単に悪手へと変わり、悪手もまた好転に繋がることもある。
結果良ければ、賛否両論あろうと何だかんだ言って、それも真理だとルシアは思う。
――そうして、その予期は現実となる。
「......っ」
ざっ、と靴の裏が削れるのも構わずにルシアたちは最早、ブレーキなしに駆動させていた足を勢いよく止めた。
制止がなくとも、全員が一斉にそう行動した。
行動せざるを、得なかった。
ルシアは目尻を鋭くさせて、奥歯を噛む。
きっと凄い形相になっていることだろう。
令嬢らしからぬ、決して人前で見せてはいけない顔だ。
けれども、それを食い止めるすべを今のルシアは知らない。
最善だったはずなのに。
そんな言葉は砕いて、吞み込んだ。
意味がないからだ。
低確率を引くなんて、とも言わない。
ルシアはその場で腰を低く落として、いつでも動き出せる態勢を作りながら、前方を睨む。
きっと、相手にはこの程度はへでもない。
分かっているけれど、尚も睨む。
店まではまだ少し、距離があった。
けれど、この分ではもうそこへ逃げ込むことは出来ない。
逃げ込んだところで勝機はない上に老爺まで巻き込んでしまう。
それは見当するまでもなく、ただの事実。
ギリ、嚙み締めた歯の軋む音がする。
今、まさにルシアたちの目の前にはイオンたちが相手している者たちの仲間と思わしき者たちが待ち構えていたのであった。
すみません、完全にバトルへシフトチェンジしてしまっているのは私がそっち方面に引っ張られている証拠です(再三言うが、ジャンル異世界恋愛とは。もう、ハイファンタジーにジャンル変更しようかな)
元より、この展開だったけど、白熱しやすいのはほんと、私のせいです、ごめんなさい。
しかもカリスト居ないしね。
いや、ほんとにすまん。




