568.銀が示すは、紫が示すは(後編)
白銀が、初代竜王の相棒の色だと認識されているように。
宵星の、その一言だけで竜王とその直系の長子たちを思い浮かべるように。
他にもある単語がある物を指し示しているということはよくあること。
それはイストリアだけの話ではなく、各国でも言えること。
別段、それ自体が特別な単語という訳ではない。
他国の出身者からすれば、曰くを知らぬ者からすれば、何故、その単語がそう結び付くのかと疑問に思うものがほとんど。
ただ、事情を知る者だけが当然のようにそれらを結び付けるのだ。
けれど、今回のこれは。
誰もが漠然と知っているほどに浸透された共通認識。
それもそのはず、結び付ける先がとても大きい。
個々人が身内だけで通る話をするような小さな枠の話ではない。
単位は、国だった。
例えば、色。
イストリアは王族だけの色があるからか、色であれば白金と青が国そのもののイメージカラーのように捉えられている。
同様に王族の持つ色からタクリードは赤と黄金を、アクィラは海の澄んだ色から水色を。
アルクスであれば黄色、エクラファーンであれば黄緑。
各国それぞれが国旗などにも使っているからか、このように認識されている。
だから、こればかりはどの国の国民にとっても公然たるものだろう。
それだけこの大陸の国々は長い間、形を変えずにここにある。
そして、これは色に限った話ではなかった。
タクリードであれば獅子と砂漠、アクィラは海と船、エクラファーンは鹿と十字架、アルクスは砦で大樹。
スカラーは大槌、ディステルは花束、シーカーは杖。
各国の名を挙げられてそれらを思い出すように、逆にそれらを聞いて、各国の名を脳裏に浮かべる。
これらもまた、国旗に刻まれているものが主で、そうでないものも各国で当たり前のように親しまれている意匠だ。
その印象が、強いとも言う。
そのどれもが、当たり前のようにその国の意匠として認識されているのと同じようにそれらが何処にでも存在する必ず、その国のものでなければならないという訳でないのも常識の範囲内のこと。
そう、誰もがそれらをありきたりで独占出来るものではないことを知っている。
知っている上で、然も当然のように各国の顔としてそれらを扱うのだ。
これを誰かは矛盾と言うだろうか。
けれど、得てして認識とはそういうもの。
誰もが同じものであり、同じものではないのだと無意識に分けて考えているからこその矛盾、が成り立っている。
ただ一つだけ、イストリアだけが事情がちょっと違う。
イストリアだけがその単語を出されれば、どの国のどんな地位に居る者でも満場一致でイストリアだと答えるだけの意匠を有している。
別段、それが意匠として他の国で使用されることは禁止されている訳ではない。
だが、その特異性からどの国で見かけてもそのもの以上にイストリアを思い浮かべる。
それだけ、イストリアと切っては切り離せず、他の国には存在しないもの。
それは今回の件で大きく関わってきている――竜である。
これだけはイストリアにしか存在しないもの。
だから、だからこそ。
ルシアたちは今回の件をただスカラーでのことだと切り離せずにはいられない。
きっと、竜玉を必要としていなくともこの話を聞いたなら、ルシアたちは程度の違いはあれど、調査の手を伸ばしていたことだろう。
そのくらいにはイストリアと関わりが深く、他国でここまで馴染んでいるのは滅多にないことなのだ。
これはそれらを前提としての話である。
老爺は、夜の女王と言った。
そして、それが紫紺の瞳を持つ竜であるとも。
竜、これだけですぐさまルシアの思考回路にはイストリア、の名が浮かび上がった。
少なくとも、その竜がイストリア出身であるのは紛いようのない事実なのはそれこそ常識も常識のことだからだ。
何故、その竜がこの地に居たのか、それは分からない。
老爺は明言しなかったが、ルシアにはその竜がこの地に居たのは随分と前のことのように聞こえた。
最後の竜王の長子たる先王が没してからのここ数年であるならば、それでもあまり納得はしないが、まだ理解出来る。
けれども、それよりも前にイストリアを離れた竜が居るなど......果たして、それは。
有り得るのか、本当に。
そこまで思ってしまうことなのだ。
ルシアの思い違いであるならば、ただの杞憂で考え過ぎ。
そこまで深い事情もない可能性だってあるし、それがどうした、ということだってある。
なのに、こうして引っ掛かるのは。
やっぱり、夜の、という単語はそれを助長しているのだろう。
先程、前提として各国それぞれのものだという共通認識が成されている意匠として幾つかを挙げたが、それはイストリアだって同じで、また竜だけがイストリアの意匠という訳ではない。
それが唯一の独占的なものであるから一等、印象が強いだけの話でもう一つ。
イストリアには代表的なものがある。
それは初代竜王の相棒、白銀の竜でもなく、竜王の長子だけが受け継ぐことからその力と同一視を受ける宵星でもない。
いや、それらも理由の一つであるが、どちらかと言えば、それらは含まれる側であり、言いたいのはもっと大雑把な括り。
白銀が竜と結び付き、その中の一つに組み込まれるように。
宵星が含み込まれるその単語は、夜。
夜、も他の国と同じ、それ以上に独占出来ぬものでありながら、それが示すはイストリアと言われている。
そう珍しいことではないだろうその枕詞。
夜の、と称されるものは案外、少なくないもの。
だけども、その中に公然としてイストリア、の名前が並ぶ。
イストリアの、と付くだけで夜、は本来とは違う意味を持つ。
イストリアの意匠は竜と夜なのである。
厳しい冬とて、イストリアの特徴。
それでも、それ以上に夜が印象と捉えられるのは偏に宵星だけではない。
王族の持つ青が、それだけ深い紺青だからである。
故に王族の瞳はよく夜空の色に喩えられる。
王子の紺青をルシアが冬の夜空と喩えるように、それは当然のように生活の中に溶け込んでいる。
王族の青が紺青が即ち、夜の色だと言われている。
初代竜王と白銀の竜がモデルであるらしきあの一頭と一人の物語。
内容が創作であるのか、実話を基にされているのかは別として、それと非常によく似た境遇にあったらしい紫紺の竜を、実在していたらしきその竜を、ただの偶然と片付けるほどルシアは現実を甘く見ていない上に、この世界の在り方を疑えていない。
だからこそ、そこに追加されたイストリアを示すもう一つの言葉を見逃せないでいる。
夜の女王であったというその紫紺の竜を、見逃せないでいる。
然りとて、あまりに有名なその組み合わせが無意識下に浸透された結果、影響を受けた結果でない、とは言えないのも事実であり。
ただ、本当にその竜を示すにその言葉が相応しいだけだったのかもしれない。
また、完全にそれらを含まない完全なる私見である可能性だって、無きにしも非ず。
それを知るすべはルシアにはないけれど。
こればかりは当事者だけが知るものである。
そして、部外者には予測は出来ても当事者たちの真実を知ることはほぼ不可能である。
けれども、あまりにも親和性の高過ぎるそれらを、これまでの符号を。
無視するのはあまりにも。
ルシアはそのことをはっきりと呑み込んで、こくりと喉を鳴らしたのであった。
そして、夜が示すのは。




