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55.これぞ悪役


「貴女は何故、それほど落ち着いていられるのですか」


「あら、落ち着いてなんかいないわ。ただ、取り乱しても見苦しいだけで何も変わりはしないでしょう?わたくし、あまり感情が表情に出ないようなのだけれど、今はこの顔に感謝しなければね」


馬車の中、窓にはカーテンがひかれており、外の景色は見せてくれない。

それでも尚、何も(しゃべ)らず、何かが見えているように窓へ目線を向けるルシアにメイドは不可解そうに問いかける。


「...何を考えている」


「......さぁ、何だと思う?」


ルシアはメイドを見据えて、視線を返した。

落ち着いていないと言いながらも、その態度にもその口調にも全く焦りも(おび)えも見えないルシアにメイドは顔を(しか)めた。

その渋面は普段のルシアの行動に振り回された結果、疲れた表情を浮かべたイオンや王子のそれにそっくりでついついルシアは己れの引き起こしたことながら苦笑を溢してしまう。

そして、それはやはりメイドの気に障ったようで浮かべられていた渋面の中の柳眉がより(ひそ)められた。


「何を笑っている」


「ああ、ごめんなさい。少し思い出したことがあったのよ。...馬車が止まったわ、どうやら目的地に着いたようよ」


いつの間にか、馬車は止まっていた。

メイドが何かを言いかけるがその瞬間に外から扉が開けられる。


「チッ、...行きますよ」


「あら、舌打ちなんてはしたないわよ」


飄々(ひょうひょう)とした様子でメイドに返答しながら、ルシアは再び突き付けられたナイフにふと、4年前の事件を思い出した。

王子の代わりに誘拐された、というか、誘拐されに行ったあの事件である。

確か、あの時も最後の最後の方でナイフを突き付けられたっけ。

そう思えば、誘拐自体も二度目だなぁ。


こんな状況で何を懐かしむ暇があるんだよ!とこの思考回路を覗いている誰かが居たならば、そう叫ばれてるだろうなぁ、とある意味、呑気にルシアは考えながら、馬車を降りたのだった。



ーーーーー


「よくおいでくださいましたねぇ、王子妃様?」


建物の入り口を(くぐ)ると二階へと続く階段に立つ中年の男の声が響き渡る。

ホールのような形をしたこのエントランスは明かりを灯していないからか、それとも人が掃除に入った形跡がないからか、不気味に見える。

ルシアは男を見上げるように首を反らした。

間違いない、あれは(くだん)の伯爵だ。


「まぁ、貴方が望んだのでしょう?大体、王子妃様なんて到底、心にも思っていないのが見え見えよ」


馬車を降りたルシアが通されたのは一つの建物。

見たところ、離宮の離れにあたる役割を持つ建物で狩猟中に突然、雨に降られた時などの避難場所にもなるように森の中で点在して建てられてもののうちの一つのようだ。

だが、ここはどう見ても使われているようには見えない。

そこでルシアは思い出す。

確か、建物の中に老朽化が少々、進んでいることから既に立て直すことが決まっており、今回の狩猟会でも使用予定がなかった建物があったことを。


なら、馬車は離宮から北へ向かったのか、とルシアは内心で呟く。

ここは離宮のほぼ真北に当たる位置で、敷地の外れも外れ。

点在している建物の中でも最遠と言っても良いところだろう。

そんな状況になったら説教で済まないと思え、と王子に言われながらも叩き込まれた離宮の敷地を示す地図とそこに書き込まれた逃走経路をルシアは精細に思い浮かべて、現在地からの最善を練り始めながら、嚙み合わないような視線を遠く宙へと投げた。

あー、周囲の位置関係がある程度、割り出せたのは喜ばしいけれど、代わりにとっても怖いことも同時に思い出したわ。


「おや、随分と達者な口を利く。愚かで何も知らない無知な小娘と聞いていたのだがな」


「あら、それはどうも。わたくしの演技力が素晴らしかったのね」


皮肉げな伯爵の声を聞いて、ルシアは現実逃避のように投げ出していた意識を呼び戻して、受け答える。

ふふふ、この世界に産まれて10年。

前世でのスキルと組み合わせればこんなもんよ!


「小娘、今がどんな状況か分かっているのか」


「ええ、ただの手駒でしかない小者と対峙しているだけよ。ねぇ、そうでしょう?伯爵?」


「...この私を小者と言うか。今回の黒幕たる私を!やはり、愚かな小娘は愚かな小娘だったということだな!」


いつまでも怯え一つ顔にも身体にも見せないルシアに、伯爵は苦虫を噛み潰したような、得体のしれない何かを見るような目を向けながらも(ののし)りの言葉を吐く。

しかし、それを聞いてルシアは数度、(またた)いた後にすーっと口角を持ち上げた。

いつものような当社比の笑みではなく、誰もが悪役のそれと思い浮かべるような背筋に冷や汗を感じる(たぐ)いの薄く冷淡な獲物を転がす肉食獣のようなそれ。

表情筋が死んでいる割には随分と上手く浮かべられたように思う。


「そう、そうなの。貴方が黒幕なのね。わたくしはそれが聞きたかったのよ」


「おい、何故っ、そうも笑ってられるんだ!?お前は本当に状況を理解しているのか!!」


ルシアの笑みに気圧(けお)されてか、伯爵は焦ったように言葉を紡ぐ。

あーあ、この程度で取り乱すようでは小者と言われて仕方がない。

これならまだ現在、臨戦態勢を取ってはルシアを(にら)み付けているメイドの方がずっと大物だ。


「理解しているわ。わたくしが連れて来られたここが何処なのかもね。そして今にも、わたくしの護衛が王子と共にここへ向かって来ていることでしょう。...ふふ、彼処(あそこ)でイオンを昏倒させたのは失敗ね。お陰でここまで乗ってきた馬車の(わだち)がとても見つけやすくなったでしょう?」


ルシアは不敵に今度はメイドへ笑いかける。

今にもギリィ、と音が聞こえてきそうなほどメイドが歯を噛み締めた様子が視界に映る。


「...やはり、貴様はそちら側の人間か。伯爵、これは時間稼ぎです。この娘は今すぐ息の根を止めるべきです」


「待て、せっかく生きて連れて来れたんだ。殺すよりも何処かへ売り払ってやる」


今にも飛びかかってきそうなメイドに制止をかける伯爵。

おおう、下衆(げす)な企みをしてんなー。

人身売買にも手を出しているのか。

それはそれは真っ黒なことで。


「あら、それはちょっと困ってしまうわ。――だから、わたくしは逃げさせていただくわね!」


ルシアは掲げた手を振り下ろして、その手中にあったものを地面へと叩き付けた。

その瞬間、エントランスは閃光に包まれる。

まさしくそれは王子に護身用、もしくは照明弾の代わりに(もち)いるようにと持たされた目眩(めくら)まし玉だった。

王子の過保護と作り手であるノーチェやニキティウス、イオンたちが面白がって手をかけた結果、下手な照明弾よりもずっと効果を発揮する増強版である。


完全に不意打ちを喰らった伯爵とメイドは目を眩ませる。

(あらかじ)め、目を(つぶ)ってやり過ごしたルシアはその隙に乗じて、背後の扉を押し開けて森へと飛び出したのだった。


普通の令嬢ではない、と思った時点で扉を塞いで両手足を縛っておけば良かったね!!

こちとら悲しいかな、こういう修羅場は初めてではないのである。

まぁ、さすがに武器なし、救援の見込みなし、敵が慎重を期すタイプで見た目はか弱いルシアさえも縛って転がすようなタイプであれば、こんな大胆な手には出ずに様子を見たんだけども。


ルシアは森の木々を縫うようにして救援が来るはずの南へ向けて走り出したのだった。

まだまだ危機的状況は脱したとは言えない。

きっと、目が見えるようになれば追いかけてくるだろう。

けれど、とルシアは無謀にしか見えない行動に出たことに後悔はしていなかった。

そう、ルシアにも考えがあっての、この行動なのであった。


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