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564.『すべてのはじまり』


たった一枚の絵。

見た最初こそ、筆舌に尽くし(がた)いほどの壮大さを感じ、感動を覚えたそれはルシアたちの探し求めていたもの。

一頭と一人の宗教画のようなそれ。

全体的にぼやかされたそれは、それでも鮮明にその場面が浮かんでくるよう。


見ているうちに慣れとでも言おうか、美しく素晴らしい作品であると思うこと自体は変わらない。

けれども、そこにあるものとして、資料探しをしているその背景に溶け込むほどには意識を奪われずに居られたもの。

今と前とで、何一つ変わらないはずのそれ。

特別でありながら、資料の一つとして数えていられるはずだったそれ。

なのに今、この心の在りようだけが今と前とでその絵を全く違うもののように見せていた。


さわさわ、と風に揺れた木の葉がやがて、木の全体を揺らすように。

少しだけ、ほんの少しだけだけれども。

たった一瞬、その玉響(たまゆら)(よぎ)った、(もろ)く形にするにもままならなかったそれをルシアは掴んだ。


何がきっかけであったか。

それを聞かれても、ルシアは答えられない。

それほどにそれは突如として、過程を飛ばしてやってきたかの如く、その解だけが唐突にルシアの脳裏へ浮かんだのである。

蝶の羽ばたきが遥か彼方で台風を引き起こすということもあるのだ。

もしかしたら、ルシアが意識的に拾えないほどの小さな何かがその解を(もたら)したのかもしれない。

兎も角、そんなきっかけらしいきっかけではないものをきっかけとして、ルシアはその存在の正体に気付いた、というよりは思い出した。


ああ、これは挿絵にあった絵だ。

ルシアは深い納得のようなものを憶える心地でそう内心、独り()ちた。

それはこの絵よりも一層、ぼやかされたものだった。

絵、そのものがというよりは遠近感の描写であったようにも思う。

ただ、ルシアが覚えているのはたった一文だけの説明がなければ、そうと思えないくらいのものだったということだけ。


パッと見て、それに一頭と一人が描き込まれているようには到底、思えない。

けれど、説明を読んで見れば、確かにそのようにも見える。

そんな模様のような、存在だった。

たった一文、然れど一文とはよく言ったもの。

それほどにはっきりとしていなかったもの。

ルシアが覚えていなかったのも無理はない。


そんな些細なものを覚えていたとするならば、それだけ繰り返し読み込み、最早、一文一文の全てを(そら)んじられるレベルとなっていることだろう。

それなら、そもそもの話、ここでスカラー編を覚えていないのだと嘆いていない。

こうして、思い出せただけでも奇跡に近いのだから、もっと褒めてほしいくらいだ。

それもこれも感じた既視感と懐かしさが記憶を呼び起こしたからに他ならない。


「......」


ルシアはするりと猫のように物音立てずに立ち上がった。

椅子の音すら立てぬその所業は最早、神業の域だが、ルシアがそれを身に着けた理由は(ひとえ)に執務中などの王子の邪魔をしない為だったり、王妃を筆頭に面倒な人たちの居る場所から気付かれず、静かに立ち去る為なのだから、何とも才能の無駄遣いのような、(あなが)ち用法としてはこれ以上ない使い方をしているようなその動作でルシアは椅子とテーブルの隙間から自身の身体を引き抜いた。


見事に上手く(こな)されたそれに周囲の皆はルシアが立ち上がったことにさえ、気付いていないのではないだろうか。

周囲に満ちるは相変わらずパラパラと本の、または紙束の(めく)られる音が複数、である。

先程は顔を上げたイオンも先程のことがあったからこそ、唯一、ルシアが立ち上がったことを認識していそうだったが、それだけでは声をかけることも作業を続ける手を止めることもしないつもりのようだった。


誰にも止められないことを良いように解釈して、ルシアは移動の為に足を踏み出した。

コツリ、と(くつ)の底で床を叩いた音が(かす)かに空気中を揺らした。

さすがにルシアは密偵たちのように足音までは消せない。

ましてや、ある程度は動きやすさを重視しているとはいえ、令嬢用の靴。

硬い素材のものが多く、音が立ちやすいのだ。

音を立てることを利点にしている部分もある。


だが、ルシアはそれでも微かに立つ程度で納めたのだから、大分、多才である。

当のルシアがそれを正しく認識しているかは別として。


ともあれ、ルシアは足を踏み出した。

テーブルを回り込むように横を抜けていく。

この間、音はほとんど立っていない。

手元の資料に集中し切って、周囲の景色一つも視界に入れることが出来ずにいたとすれば、動くルシアに気付かなかっただろうか。


現にミアなどはルシアに気付かなかった。

動物は視界に映る動くものを自然と目で追ってしまう。

人とて動物なのだから、とそれに配慮した位置取り且つゆったりとした動きをルシアが取ったことも要因であろう。

ルシアは目線こそ、一方で真っ直ぐに逸らすことなく、向けられていたが、そうした配慮を(おこた)るほど、それにばかり意識を奪われていた訳ではない。


コツ、カツリ、とほんの(わず)かに足元で音が立つ。

これに耳聡いイオンは勿論のこと、周囲の様子に意識の幾分かは常に割いているノックスとクストディオも気付いて、やっと顔を上げた。

その時にはもう、ルシアの行き先がイーゼルに立て掛けられた絵の前であることは明確となっていた。


「......ルシア様?」


思わずといったようにノックスが声を上げた。

そう大きかった訳でもないその声も静かなここではよく響く。

ルシアの様子に気付かなかったメンツもこの声には意識が浮上したのか、顔を上げ、いつの間にか移動していたルシアにぱちくりと目を(またた)かせて、周囲の様子を(うかが)っていた。


全員の視線がルシアに、その華奢な背に向く。

しかし、ルシアは構わずに歩いて、絵の前まで辿り着いた。

絵まで数歩、腕を名一杯に伸ばせば届く距離。

ルシアは一端、そこで足を止めて、絵を眺めた。

そこがやっぱり、全容が収まる丁度良い距離だった。


黙り込んだままのルシアに周囲もまた、何も言えずに様子を見守っていた。

固唾(かたず)を呑む、そんな空気さえ流れているようであった。

その中でルシアがふいに動く。

一歩、二歩と前に進んだのだ。

絵に近くなって、手を持ち上げるだけで触れらるような至近距離。


「――『すべてのはじまり』」


「...え?」


ルシアは呟いた。

少し距離を空けた他の皆にはぎりぎり聞き取り切れない絶妙な声量。

それは初めてこの絵を見た時に何だか分からないまま呟いた単語そのもの。


あの時は本当に何故、するりと自分の口からそんな単語が突いて出てきたのか、ルシア自身、分からなかった。

でも、今は明確にそれを理解した上で口にする。


『すべてのはじまり』


それはその名の通り、この絵のタイトル。

――そして、ある書物に明記された確かな名称であった。


ちょっとぐだぐだです。

ごめんなさい、収集付けるの難しいのよ。

喉元さえ過ぎれば......!!


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